茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第五幕 温めてきた絆

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(縁談……東雲くんに……? 嘘……そんな……じゃあなんで私を……?)

百子は愕然としたが、よくよく考えれば不自然なことでも何でもない。陽翔は少しばかり日焼けをしているが、目鼻立ちが割とはっきりしており、にっこりと笑ったその顔だけで人が寄ってきそうな見た目をしている。そこに裕福な家出身で、ギリギリとはいえ20代となれば、世の中の女性が放っておくはずもなく、陽翔に縁談が来るのも至極当然だ。

「なんで……なんでそれを早く言わなかったの? 縁談なんて蹴らなくても良かったのに。私を選ばなくても、東雲くんには選択肢がたくさんあるのに」

百子の顔が段々と蒼白を帯びていくのを見て陽翔はしまったと思ったが、後ずさりする彼女の手を両手で掴む。

「違う……! おれは百子じゃないと駄目なんだ! 他の女なんてどうでもいい! 母が持ってきた縁談は、全員俺の金か肩書目当てだったんだ!」

陽翔は一度手を離し、百子の両肩をがっしりと掴んで血を吐くように口にした。百子はびくっとしたものの、眼鏡の奥はいつになく真剣で曇りが無く、彼が嘘をついていないことはじわじわと飲み込めた。とはいえ、先程とは意味が異なるが、再び心の底に燻るモヤモヤが煙となって立ち込めていて、お世辞にも良い気分とは思えなかった。

「隠してたのは悪かった……俺は2年前から縁談が持ち込まれてたんだ。大学を卒業しても俺に浮いた話がなかったからだろうな。母がしびれを切らして持ってきた縁談はろくな物じゃなかった。確かに紹介された女性は美人揃いだったが、その目は明らかに俺を見てなかった。それかあちらの親御さんが俺か俺の両親の金に興味を持ってたこともあったな」

釈然としない百子は、陽翔の手を振りほどこうとしばらくじたばたしていたが、彼が消沈して話し始めると力を抜いた。そして彼の語った内容にただただ驚くばかりだ。百子からしたら、相手の家が例えお金持ちだったとしても、そのお金が自分のものになる筈はないので、お金目当てに結婚というものは全く理解できないのである。安定した職の人間と結婚したいのならば理解はできるが。

「俺は嫌気がさして、母の持ってきた縁談は皆断るようになった。そこから俺と母はすれ違って、実家にはあまり帰ってない。妹がいる時はそうでもないが。両親は俺よりも妹が可愛いからな」

百子はまさか陽翔が彼の母とぎくしゃくしているとは思ってもおらず、懸念が暗雲となって心を覆っていくのを感じる。百子としては、多少の不安はあるものの、陽翔と結婚し、お互いに助け合って暮らしたいと思っているが、そのためには頑固な父を納得させねばならない。それなのに陽翔のご両親に挨拶にも行けないとなると、これは詰みなのではないかと思ってしまう。

「えっと……東雲くん、私も東雲くんのご両親にご挨拶に伺いたいんだけど、その……」

「ああ、挨拶しに行っても大丈夫だと思うぞ。俺が色気づいたとか色々騒ぐだろうが、別に絶縁してるとかでも何でもないからな」

百子は恐る恐る聞いてみたが、彼からの返事があっさりしていて、へなへなとソファーにもたれた。その拍子に彼の両腕が彼女から離れる。安堵しても良かったが、百子としては懸念材料が絵の具をでたらめに混ぜたように灰色となって心を覆う。

「……ひょっとしたら私は東雲くんのお母様に歓迎されないかもね」

コップが灰色の水で満たされ、それが溢れるかのように、ぽつりと百子は口にした。彼の母の気持ちになってみれば、自分が紹介した者を息子が散々蹴った挙句、どこの馬の骨か分からない人間を連れて来るとなれば、お世辞にも良い気分にはなれないだろうと思うのだ。彼の母からの評価も、どうしても辛くなってしまうのは容易に想像がつく。

「分からん。それは会ってみないと何とも言えない。俺は母じゃないし、ひょっとしたら百子を気に入るかもしれんし。まあ不安な気持ちは分かる。俺も今日百子のお父様に認めないって言われてきたばっかりだし。俺のことを認められないと言われた時は悲しかったが、初対面だしお父様も色々と不安があるだろう。俺だってお父様の立場になったら同じこと言ってるだろうし。だからそれは仕方ないと割り切ることにした。そんなことよりも俺は百子が俺の両親に会いたいって言ってくれた方が数十倍も嬉しいがな」

陽翔の眼鏡の奥がにやけているのを認めた百子は、じわじわと自分の顔に熱が集まっていくのを感じて、思わず口元を両手で押さえる。その手がどけられたかと思えば、彼女は彼の腕の中に収まっていた。彼の体温と彼の匂い、そして早鐘を打つ心臓の音が百子の五感を刺激して、一気に体温が上昇する。

(これって……私の発言はもしや告白なのでは)

顔を上げると、陽翔の優しいキスが額に、頬に、唇に降ってくる。頭もなでられ、百子は陽翔の大きな背中にそっと手を回す。

「百子、俺のことが好きか?」

陽翔の柔らかでいて、熱を帯びた光が百子の瞳を射抜く。顔を赤くして口をわななかせて答えない百子に、陽翔はその耳元で低く囁いた。

「じゃあお前に分からせてやる。俺がどれだけ百子が好きなのかを」

そう告げた陽翔はネクタイの結び目に手を掛けてそれを引っ張る。その動作にドキリとした百子だったが、彼がネクタイを性急に解いたと思えば、視界が青色の闇に覆われてしまった。

「え、ちょっと、何で?」

百子がキョロキョロとしたところで、目の前の青い闇は霧散しない。だが自分の後頭部に僅かに締め付けられる感触と、衣擦れの音が耳に入ったことで、百子は陽翔に何をされたのかがようやく飲み込めた。

「東雲くん! 何を……んんっ!」

そして青い闇の原因を振りほどこうと両手を後ろに持っていったのだが、それを察した彼に両手首を捕まれ、彼の手で押さえつけられてしまう。抗議しようとした百子が口を開くも、彼の唇が塞ぎにかかった。そのまま彼の舌が百子の舌を、歯列を、上顎を這いまわり、逃げ腰になっていた舌を熱心に絡める。

「だめったら! 東雲くん!」

彼の舌の熱が、唾液が絡むと百子はふわふわとした心地に身を委ねそうになったが、今回ばかりは彼に乗せられるわけには行かなかった。唇が離れた隙をついて、百子は陽翔の額に自分の額をぶつける。骨と骨のぶつかる小さな音が鳴ると、百子の両手の拘束が緩んだので、陽翔の手を振りほどく。そして青い闇に手をかけた。

「……そんなに嫌だったのか? 目隠し」

青い闇が取り去られると、陽翔が肩を落として自分の額をさすっているのが目に入った。大した威力ではないが、彼を驚かせるには十分だったらしい。

「違うわよ! そっちじゃないわ! 目隠しするならこのネクタイはだめよ! だってこれ絹じゃないの! 絹は摩擦に弱いから、こんな扱いしちゃだめなのに! しかも東雲くんが今履いてるそのスラックスだって、その辺の安物でもなさそうだし! シワになったらどうすんのよ!」

百子の思わぬ剣幕に、陽翔は額から手をどけて目をぱちくりさせた。

「……すまん、百子……」

「謝る相手を間違ってるわよ! 謝るなら乱雑な扱いをしたネクタイとスラックスでしょう!」

彼女がここまでガミガミしたところを陽翔は見たことが無いのでたじたじとしていたが、陽翔はネクタイとスラックスに謝罪の言葉を述べる。そしてズボンを吊るすために立ち上がり、部屋のクローゼットの前に立ち、ベルトを外してズボンを脱ぐと、背中に柔らかく温かいものが触れた。そして彼女の両手が腰に回される。そして回された両手はシャツ越しに腹筋を、胸筋をゆっくりと撫で回しており、彼は彼女の手と背中に当たっている2つの柔らかい感触を認めて全身の血潮が滾るのを感じた。

「百子?」

「……さっきは怒ってごめん」

気落ちした声がぼそりと聞こえたので、陽翔は気にしていないと首を振る。彼女をどれだけ愛しているかを行動で示そうとした陽翔だったが、彼女の発言で状況も考えるべきだと感じたからだ。

「いや、助かった。確かにそんなに安物でもないからな。スーツは微妙だがネクタイは確かに絹だし。ご挨拶に行くのに安物をつけていくのは変だろ。でも高いものはそれ相応の扱いがあるんだったよな……百子のおかげで思い出せたよ」

そう言いながらも陽翔は彼女の両手が脇腹を這っている間に素早くズボンを吊り下げ、彼女の方に体を向けてその体を抱き締める。ちょうど顔を上げた彼女と目が合うと目元を緩め、どちらともなく唇を合わせた。

「んっ……」

百子の両手が陽翔の首の後ろに回り、陽翔は思わず彼女を腰を抱きとめる手に力を込める。そして彼女の唇を軽く食みながらやわやわと背中や頭を撫でた。陽翔が唇をついばむようにキスするので、百子は彼の唇にそっと舌先を這わせた。陽翔が驚いたのか、わずかに口が開いたのでそのままゆっくりと彼の肉厚な舌を舐める。そして彼女は陽翔が絡ませようと蠢く舌をするりとかわし、彼の舌を軽く吸う。吸い終わった後に力が抜けてしまい、主導権を奪われた百子は陽翔の舌が口腔を這い回るのを許してしまった。逃げ腰になっていた舌を彼に絡めとられ、吸われてしまい、二人の唾液がどちらのものかも分からないほど混ざり合い、くぐもった声は陽翔の口に吸い込まれた。口の端を唾液がつたいそうになったと感じた百子は、陽翔に舌を絡められ、自らも絡めながら唾液を飲み込んだ。

「エロいな、百子」

銀糸が束の間二人を繋いでふつりと切れた。くったりと百子が体を陽翔に預けるので、陽翔はすぐそばのベッドに彼女を誘導する。ベッドに腰掛けた二人は、向かい合って再び唇を重ねた。

「んんっ……」

陽翔の大きな手が耳をやわやわと撫で、首筋にそっと触れる。彼の唇が離れたと思えば、今度は耳にキスを落とされた。リップ音にびくっとした百子だったが、陽翔が百子のTシャツの中に手を入れたのですぐに注意が逸れた。

「可愛い下着着てるんだな」

彼女のTシャツを脱がすと、桃色のブラジャーに包まれた胸がゆるく上下していて、陽翔は生唾を飲む。いつもはお風呂あがりに肌を合わせているので、これはこれで新鮮であり、陽翔の情欲を昂ぶらせていた。

「なんでよ……洗濯干す時とかに見てるから知ってるでしょ」

「そりゃそうだが、やっぱり百子が着てるから可愛い。着てない下着なんてただの布だ」

百子は彼の言葉に首を傾げたが、そんな疑問は彼の耳元のリップ音と、自らの悩ましげな嬌声に隠れてしまった。
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