茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第五幕 温めてきた絆

思いがけない

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(なるほど。一理あるな……)

陽翔は思わず唸る。確かに陽翔の父はどうしても家庭のことを放置してしまうことがあり、陽翔は寂しい思いをしていたからだ。何なら父とキャッチボールをした思い出すらない。父との思い出は、陽翔が砂漠に行きたいと言えばすぐさま鳥取砂丘に連れて行かれたり、スキーに行きたいと言えば冬休み前の終業式から帰って来たその日に長野のスキー場に連れて行かれたり、もしくは父が思い立ったらすぐに観光地に車で連れて行かれたりするくらいだった。しかも父は陽翔達を目的地へ連れて行くだけ連れて行くと、その後はホテルでずっと休んでいたのだ。なので観光地へは母と妹の三人で回るのが定石で、決して楽しくない訳では無いのだが、父とも見物に行きたかったと心から思ってしまう。妹は割と父と回りたいとせがんでいたが、陽翔は自分の欲求を伝えると父が困ってしまうと考え、何も言えなかったのだ。

(それでも俺は恵まれていたのか)

父は忙しかったものの、陽翔や妹の悩みは割と聞いてくれた方だったのだ。妹が不登校になった時も、父はなるべく時間を作って話を聞いていたし、陽翔が反抗期に突入していた時も、何に不満があるのか、どうやって解決するかを一緒に考えてもらってたのだ。

「こんなことを聞くのも何だが……百子のお祖父様は別に百子に嫌なことをしてないんだろ? 被害にあったのはお母様だけじゃないのか?」

百子は何故かここでムッとした。

「そうでもないわ。だって私の幼い頃は、母は祖父の言いなりだったかも。私は外に出ても恥ずかしくないように躾けられたもの。6歳の時からテーブルマナーやら礼儀作法やら、茶道に華道に、普段の立ち居振る舞いまで叩き込まれてたもの。しかも夜の9時以降はドラマ見るのも禁止だったし、そのせいで私は学校にいた時孤立してたんだもの。同級生が何を話しているのかも分からなかったし、私の悩みは誰にも分かち合えなかった。勉強だけ出来てたから余計に敬遠されてたかも。家族は喜んでたけど、私は嫌だった。母は母なりに色々考えてたんだろうけどね。だって……だって母と祖父母の家に遊びに行った時に、私は母が祖父に私のことで怒られてて、母が泣いてるのを見たわ……私が何か恥ずかしい振る舞いをしたのかもしれないけど、それを母に言うなんて卑怯だわ! 祖父は私に嫌われたくなくて母を悪者にしたのよ!」

やや早口で百子はまくし立てる。どうしてこんなに悲しいのかが分からず、後半は感情を高ぶらせてそれを陽翔にぶつけてしまった。祖父に怒られている時の母の表情は、20年以上経った今でも網膜に焼き付いている。当時の母が何を言われているのかは詳細には聞こえなかったが、幼いながらも何となく雰囲気で理解できる。母のあの表情は、誰かに自分を否定された時の顔そのものだった。

「そうか……百子は……お母様が好きなんだな」

百子は思わず目を見開く。陽翔の言ったことがすぐに腑に落ちなかったのだ。だが段々とそれが染み込んで来ると、彼の発言をはねつけるかのように強い口調で低く告げる。

「そんなの……わかんない。母は母で色々と私のことを考えてたみたいだけど、結局私は世間体を押し付けてくる母と祖父は嫌い。だって……だって私のことなんて見てないじゃない。世間様とやらは私に何もしてくれないのに、なんで世間様にいい顔をしなくちゃいけないの!って思ってたわ。そう言い返したら倍どころか十倍くらい罵倒で返されたけど。そのくせ成績も良くて運動もできる兄には甘いんだから、母は勝手な人よ。私は……母が好きなんかじゃ……」

「嫌いだって好きに入るだろ。嫌いなのは最初は好きだったけど、苦手とかがあって嫌いになるんじゃないのか。俺は好きも嫌いも同じ線に乗っかってると思うぞ。本当に親が嫌なら絶縁してるか、知らぬ存ぜぬを突き通すだろうし。そうしないのは親御さんに関心があるってことだろ」

百子は小さく唸る。彼の言葉は極端に感じられるが正論なのもまた事実だからだ。だからといって百子の心に燻るモヤモヤは霧散してはいかないのだが。ぶすくれて目をそらした彼女に、陽翔はやんわりと諭すように言葉を選ぶ。

「まあ親だから色々と複雑な気持ちになるのは分かる。俺だって両親に色々手を尽くしてくれたことには感謝はしてるが、両親にされて嫌なことはずっと覚えてるからな。だから最近は、親は長所もあれば短所だってある、ただ1人の人間だと思うようにしてる。そうしたらある程度は楽になった。親は絶対的に正しい訳でもないし、何なら適当なことしか言わなかったりするし。親の言葉は聞くが、それを受け取るかどうかは俺が決める。時々嫌な顔されたりするが、親の言うとおりにしたとて、親が責任を取ってくれる訳でもないしな……まあ俺はあまり母からは良く思われてないかもしれないが」

百子が陽翔に目を向けると、彼は気まずそうに頭を掻いた。眼鏡の奥が少し泳いでいるのを見て、百子は麦茶を飲んでから尋ねる。

「東雲くん……お母様と何があったのか聞いてもいい?」

陽翔の眉間にこれでもかと皺が寄ったが、百子に隠し事をしたくない陽翔は、絞り出すかのように低い声を出した。

「……母が持ってきた縁談を全部断った」

百子は危うく持っているカップを落としそうになった。
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