茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第三幕 嘘をつけなくて

一緒にいろ

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百子は一瞬陽翔が何を言っているか分からずに目をぱちくりさせていた。涙もいつの間にか引っ込んでいる。

「……どういう、こと?」

「そのままの意味だ。1ヶ月でここを出るとか言わずに、このまま俺と住まないか? ここの方があの家よりも会社に近いし、部屋も一つ空いてるから別にお前がいても困らないし。荷物をここに運び込んでも余裕はあるぞ」

彼の顔がまるで茹でダコのように赤くなっているのに今更気付いた百子だったが、なるべくそこは意識の隅に追いやり、なるべく平静を保つように心がけた。

「東雲くんの申し出はありがたいけど、ちゃんと独り暮らしできるようにするつもりよ。流石にそこまで甘える訳にはいかないわ」

百子はそう言ったものの、肝心の物件はまだ見つかっていない。今は7月上旬であり、不動産屋もそれほど忙しいわけではないのだが、だからこそなのか、良さそうな物件には恵まれておらず探すのに難航していた。さらに自分の荷物を取りに行く日取りも決めづらいのも辛いところだ。弘樹と鉢合わせしない平日しか取りにいけないのに、やや繁忙期気味の今は取るのが難しいと踏んでいる。何なら自分だけで荷物を全部運ぶなら1日で済むかどうかも微妙だった。それについては物件を契約してからの話ではあるのだが、百子にとっては物件探しよりも難事業である。心理的にあの家に行くのが嫌だということが一番邪魔をしているかもしれない。

「じゃあどこまで進んでるんだ。物件は見つかったのか? 元の家の見積もりは取れるのか? 荷物取りに行く日はどうすんだよ」

「物件は……まだ見つかっていないわ。気になってるところはあるんだけど、条件にあんまりあってないし。見積もりとかも……まだ決めてないわ」

陽翔はあからさまに胸をなでおろしたような表情をした。心なしか嬉しそうにしているのが不思議だが。

「だったらここに住めばいい。住むための費用負担は話し合って決めればいいし、それに元彼に住所を特定されてストーカー化されても困るだろ。聞いてる限りだとお前の元彼は随分と執着してるみたいだしな。それなら俺と暮らす方がずっと安全だし、何かあった時に俺が守ることができる。若い女の独り暮らしなんてリスクしかないだろ?」

百子はここで陽翔の双眸が熱を帯びているのに気づくが、自分の頭が理解するのを拒否してしまう。

「……どうして? どうしてそんなに東雲くんは私にそんなに良くしてくれるの? もちろん良くしてくれたことには感謝してるわ。でも私達、ただの大学の同期でしょ?」

陽翔は百子の言葉を聞いた瞬間、思わず顔が強張ってしまった。

「……ただの同期……分かってる、分かってるさ。そうか、そうだよな……知らなかったのはお前だけだもんな……」

下を向いて何やらブツブツと言い出した陽翔を見て、百子は慌て始めた。

「えっ? どうしたの? 私、何か気に障ること言った?」

「……ああ、言ったな」

こちらを見ようともしない陽翔は低い声で肯定の意を示し、百子の狼狽は最高潮に達した。

「えっと……その、ごめんなさい。何が気に障ったのかは言いにくいかもしれないけど、私、は東雲くんを、信頼してるし、良かったら……教えて欲しい、かな。今朝もそうだけど、東雲くんとは、気まずいままに、な、なりたくないもの」

本音をあまり言ったことがない百子は、所々噛みながら発言する羽目になった。それでも美咲の言葉に背中を押されて、恥ずかしいが本音を言えたことに自分でも驚く。

「じゃあ言わせてもらうが、俺はお前をただの同期とは思ったことがない。お前と一緒のゼミにいた時から、いや、もっと前からかもだがな」

(え……そんな……)

百子は顔から血の気がさっと引くのを感じる。

「え……私達同期じゃないの……? 嘘でしょ、私ずっと同期だと思ってたのに……私は同期の関係よりも薄いってこと、なの……?」

陽翔は彼女の予期せぬ勘違いにポカンとしていたが、大きなため息をついてから彼女の両肩を掴んだ。

「違うそうじゃない! すまん、言い方が悪かった。同期なのは事実だが、お前だけは俺の中では特別だったってことだ」

(え……嘘……それって……)

百子は妙な勘違いをしたことと、違う想いがじわじわと心の底から広がってきて、2重の意味で顔を赤らめる。もっとも後者については勘違いの可能性もあるので、慌てて振り払ったのだが、何故かいつまでもついて回り、百子は陽翔に自分のほんわかした想いが筒抜けになって欲しくないと本気で祈った。

「だから……その、つまり……あー! くそっ! もう無理だ! 茨城……いや、百子! 嫌なら殴るなり突き飛ばせ!」

頬を染めた百子についに張り詰めた理性がふつりと切れた陽翔は、そう前置きをしたうえで彼女を抱きすくめ、その桜桃のような唇に、自分の唇を押し当てた。
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