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第三幕 嘘をつけなくて

仲直り

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陽翔の選んだイタリアンのお店は、外観も内装もモダンでスタイリッシュな印象を受けた。レトロな方が百子の好みではあるが、モダンな内装も悪くないのかもしれない。知る人ぞ知る美味しいお店だと彼から聞いていた。サラダはシャキシャキとしているし、スパゲッティは生地を熟成させているので食感が少しモチモチとしているし、店主が石窯で焼いたこだわりのパンは外はパリッと、中はしっとりとして美味しい。陽翔はボロネーゼを、百子はカルボナーラを食べているが、手慣れた様子で食べている百子は、陽翔がフォークの扱いに四苦八苦している様子を見て、彼に合わせて食べるスピードを落とした。

「美味しいね。こんなお店があったなんて知らなかったわ。ありがとう。麺の種類もたくさんあって面白いわね。次はフェットチーネを食べてみたいかも」

「……そうだな」

フォークに巻きつけたスパゲッティがフォークから脱落し、彼女の問いにやや落胆しながら答える。陽翔はスパゲッティをあまり食べに行くことが無いので、上手く食べるのはすこぶる苦手なのだ。メニューを見ても横文字だらけでよく分からず、百子にあれこれ聞きながら選べたから良かったものの、こんなに食べるのに苦戦するとは思わなかった。スパゲッティを巻けたと思っても、油のせいだか何だか知らないがすぐにフォークが裸になるのだ。何なら具材もお皿の端っこに追いやられていたりする。味は美味しいのに中々食べられないのが、無駄に陽翔の焦燥感を煽る。

「茨城はきれいに食べるな。パスタは好きなのか?」

百子がどうやって食べているかも気になったのもあり、陽翔は嬉しそうにパスタを食べている彼女に聞いてみることにした。

「うん。家で茹でてパウチのソース掛けるのが関の山だけど。私、フォークの扱いそんなに上手くないから家で練習していた時もあったのよ。最初はスプーンの上でフォークをくるくる回してたわね。そのうちスプーン無しでもできるようになったけど」

当時の不器用さを思い出し、百子はくすくすと笑った。それこそ向かいにいる陽翔のように、巻いても巻いてもフォークからスパゲッティが逃げていたからである。百子は陽翔がじっと自分の手元を観察しているのを見て、いつも食べている時よりも速度を落とした。

「東雲くん。フォークだけじゃなくてスプーン使うと楽よ。ここのお店にはスプーンもあるから、使っても大丈夫だし」

「……そうなのか? でも海外の映画とかを見てるとスプーン使ってる奴はいないぞ?」

「確かにイタリアはフォークだけで食べるのがスマートって言われてるわね。でもここは日本なんだしそこまで気にしなくてもいいと思うわよ。流石に音を立ててすするとか、スパゲッティを途中で噛み切るのは駄目だけどね」

陽翔はしばし逡巡していたものの、せっかくの美味しいスパゲッティが冷めるのもいやなので、迷った末にスプーンを取ってスパゲッティをフォークに巻くことにした。驚くほど食べやすくなったので、スプーンに頼るのもやぶさかではないのかもしれない。

「垂直にフォークを刺すよりは、斜めから刺した方があまりスパゲッティがついてこないよ。お皿の真ん中よりも、端っこで巻くと上手く食べられるかな」

彼女に言われたとおりに陽翔がやってみると、さっきよりも格段に巻きやすくなったと感じた。こうなると彼の手は止まらない。あっという間に陽翔は百子よりも早くスパゲッティを平らげてしまった。

「すまん、また早食いしちまった……ゆっくり食べていいぞ。俺はパン食べてるし」

「ここのスパゲッティ美味しいもんね。早食いなのも納得かも。東雲くんはもう少し食べる時に噛んだ方がいいと思うけど」

パンをちぎってオリーブオイルにつけて食べている陽翔は、頭の中で噛む回数を30回ほど数えることにした。そういえば早食いの習慣が身について久しいと感じる。ゆっくり誰かとこうして食事する機会もそれほど無かったこともあるが、社会人になる前と今とでは食べる速度がまるで違った。そんなことを考えていたらいつの間にか百子も食事を終わらせていた。そして思ったよりも早くに目の前にティラミスが滑り込んできた。ケーキのように四角いものではなく、カクテルのグラスのようなものに入って提供されているのが物珍しい。グラスから溢れんばかりのマスカルポーネのクリームとココアパウダーが食欲をそそり、口に入れるとそれらの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。

「んー! 美味しー! こんな濃厚なティラミスって初めて!」

目元を細め、ティラミスに舌鼓を打ってる百子を見ていると、こちらもなんだか幸せな気分になる。陽翔もティラミスを恐る恐る食べてみたが、こんなにまろやかで濃厚な物は初めて食べたので、思わず感嘆の息を漏らした。

「これは……次も食ってみたいな」

二人はその後無言でティラミスをぺろりと平らげ、休憩もそこそこに店をあとにする。百子がせっかく話す気になっているので、そのための時間を多く取りたいのだ。

「ごちそうさまでした。東雲くんありがとう」

「気に入ったみたいで良かった。今度は俺がお前にティラミスをあげような」

「え? いいの? ありがとう! 東雲くんお菓子も作れるのね!」

「いや……俺が作るわけじゃないが……まあ楽しみにしとけ」

百子は彼の言葉がよく分からないのと、顔を赤くして挙動不審になっているのを見て首を傾げたが、彼に手を引かれて帰途についた。
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