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第三幕 嘘をつけなくて

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百子はしょんぼりとして下を向いていたが、美咲はあっけらかんと言ってのけた。

「ちゃんと自分の気持ちを伝えれば良かったんじゃない? ももちゃんが今は言いたくない理由を言って、いついつになったら話すよとか言えばその人も安心したんじゃないかな。だってももちゃんって今は誰が見ても心配するような事情を抱えてるんだから、その人もすごくももちゃんが心配だったと思うよ。だからって彼も意地悪するのもどうかと思うけど、ももちゃんが何も打ち明けなくて不安だったんじゃないかな。単にお互いが気を遣った結果そうなっただけだと思うよ」

百子はあの時の陽翔の険しい表情の中に、悲しみも混じっていたなと今になって思い出した。そして申し訳無さもこみ上げてくる。彼の抱える不安は、もし百子が逆の立場になったら感じてしまうと想像がついたからだ。

「そっか……ちゃんと言えばよかったのね。確かに東雲くんは心配してくれてたのかも」

「本音は言わないと伝わらないよ。例えそれが夫婦でもね。ちゃんと話し合ったら、実は勘違いしてただけのこともあるし。むしろそれを避けてたらしんどいと思うな。我慢して我慢して、それが爆発したら自分も相手も大変だもん。一度話し合ってみたらどう?」

既婚者である美咲の言葉は妙に説得力があり、思わず百子は感謝の言葉がするりと口から出てきたのと、自然に頭が下がった。美咲は大げさだと言って両手を振っていたが、百子は帰ったらきちんと陽翔に謝罪して、自分の気持ちを伝えようと心に決めた。

「……うん、ちゃんと話し合うことにする。このままじゃ駄目だし。よく考えたら元彼とは話し合いにすらならなかったから、失敗して当然だわ。ちょっと勇気がいるけど……がんばってみる」

美咲はそれを聞いて満足そうに頷いた。そろそろ昼休みも終わるので、美咲には朝に買ってきたクッキーを渡してしてデスクに戻り、スマホに来ていた陽翔からのメッセージを確認する。百子への謝罪の言葉と、話したいことがあるとのメッセージが踊っており、しかもそれが百子が家を出て間もない時間に送信されていたのを見て、慌てて百子も彼への謝罪と、やはり話したいことがあるとメッセージを送る。返事はすぐに来て、今度は百子の会社の最寄り駅を教えて欲しいと言われたので、それだけ返信して仕事に取り掛かった。





仕事が終わり、百子はスマホを見る。陽翔からは既に百子の会社の最寄り駅に着いたと返信があり、百子は今から行くことを伝えて足早に駅へと向かう。そこには何だか一回りほど小さくなっているように見える陽翔がおり、百子を認めると駆け寄ってきて深く頭を下げた。

「あの時はすまん……! ちゃんと俺が不安だったことを言えば良かったのに、お前が嫌がることを無理矢理しちまって……他所へは行くな! 俺の家から出て行かないでくれ……!」

彼の謝罪にわずかにたじろぐ百子だったが、彼が顔を上げると百子は首を振って陽翔の目をまっすぐに見た。

「ううん、いいの。私もちゃんとあの時に伝えるべきだったもん。朝から気まずい話題を出したら、ひょっとしたら空気が重くなるんじゃないかって思って……もっと余裕のある時間に話すって私も言えばよかったわ。今日泣いた理由を話すことにする。ごめんね、痛かったでしょ?」

陽翔は激しく首を振った。

「大した威力じゃねえから心配すんな……悪いのは俺だし……本当に申し訳無い……」

百子はしおしおとした様子の陽翔を見るのは初めてで、思わず吹き出してしまった。美咲の言うとおり、お互いが勘違いしていただけだった。小さく笑みを浮かべた百子を見た陽翔は、まるで救いでも現れたような顔をして口にする。

「じゃあ……俺の家を出ていくとかは無いんだな?」

百子は首を傾げる。そういえばさっきの謝罪の時にも家がどうこう言ってたが、どういうことなのだろうか。

「え? 別に出ていかないよ? まだ物件も決まって無いというか、探してもいいところ見つからないし……別にその程度で逃げようとかは思わないわよ……」

「……良かった。それならいい。でもずっと俺の家にいてもいいんだぞ。お前の荷物も運び込んでもいいし」

陽翔はしっかりとした声でそう言ったが、百子は首を振った。

「そんな厚かましいことはできないよ。東雲くんの独り暮らしを邪魔したくないし。でも決まったらちゃんと報告するね」

(……通じなかった)

陽翔はがっくりと肩を落とした。別に社交辞令でも気遣いでもなく、まごうことなき本心からの言葉であり、なんなら嫁に来いと暗に匂わせたつもりだったのだが、彼女には全く伝わらなかったようだ。

(まあいい……この1ヶ月の間に必ず堕としてやる)

「埋め合わせをしたいんだが、今から飯食わねえ? 行ったことないけど、お洒落なイタリアンの店なんだが」

百子の顔がぱっと輝くのを見て、陽翔はふっと笑って最寄り駅の方に顎をしゃくった。

「ほんと?! 嬉しい! どこどこ? 早く行こっ」

嬉しいのは本当だが、小さく鳴った腹の虫が聞こえるか不安になった百子はいつも以上にはしゃぐ。百子がここまで喜ぶとは思わなかったので、陽翔の笑顔はさらに深まった。

「お前昔から花より団子だよな。ここからあまり離れてないから、気に入ったなら通いやすいと思うぞ」

陽翔は百子の頭にぽんと手を乗せてから、例のお店へと彼女を案内した。
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