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第三幕 嘘をつけなくて
絡まる
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百子は昼休みになっても陽翔のことが頭から離れない。百子としては朝にわざわざする話でもなかったので、もっと落ち着いた時に言おうと思っていたのだが、彼はどうやらそれが嫌だったらしい。仕事に早く行かないといけないと言ったのは、単にその話題から逸らすつもりだったのに、陽翔が食い下がってしまった事に驚いた。しかも自分が正直に話をするまで台所で事に及びかけるなんて想像もしておらず、思わず腹が立って彼をぶってしまった。
(さすがに叩いたのは駄目だったわ……でもあの時何て言えば良かったの……?)
陽翔は割としつこいのではないかと思い始めていた百子は、どういう風に自分の言葉を伝えたら良いか考えあぐねる。下手に話すと根掘り葉掘り聞かれそうだから言わないという選択肢を取ったものの、彼に触れられたところや、触れられたところが熱を持っていたことも思い出して顔をさっと赤らめる。
(もし……もしあのまま流されていたらどうなってたのかな……)
流されそうになったあの時の自分に若干の腹立たしさは感じるものの、触られて嫌な気持ちは感じられず、百子はひどく狼狽していた。
「ももちゃんお疲れ様! どうしたの? 何か落ち込んでる?」
「はひっ!」
その声に振り向くか振り向かないかのうちに、百子の首に冷たいものが当たって思わず変な声を出してしまった。後ろを振り向くと、お茶のペットボトルを持っていた、同期であり小学校からの親友の田代美咲がいたずらっぽい笑みを浮かべながらそこに立っていた。
「……うん、色々あって。美咲、もうクライアントからの電話応対終わったのね。先にちょっと食べちゃったけど、一緒にご飯食べよ?」
百子は自分の座ってる席の向かいを指して言う。それに頷いてみせた美咲は自分のお弁当を広げ始めた。
「色々? あ、彼氏のこと? そういえばあれからどうなったの?」
百子は苦い顔をしていたが、ポケットからメモ用紙を取り出し、そこに同棲していた元彼が浮気相手を連れ込んでいて別れたことを書き連ねる。休憩室には人がたくさんいるので、周りに聞かれたくないのだ。
「え! 嘘! わか……むーっ!」
美咲がよく通るその声でメモを読み上げようとしたので、百子は箸で摘んでた卵焼きを美咲の口に押し込めた。そして険しい表情で唇に人差し指を当てる。こくこくと頷く彼女を見た百子は、驚かれるのは仕方ないと考えているようで、咎める言葉は言わないようにした。
「事情が事情だからびっくりするのは分かるけど、気まずくなるから……ごめんね?」
美咲は次第に百子の元彼に怒りが湧いて、彼に対する罵詈雑言をぶちまけそうになったが、百子が制したことで、むっつりと口をつぐんだ。しかしそれも一瞬のことで、苦虫を噛み潰したような表情を隠さずに浮かべてため息をついた。
「……そんなことがあったなんてね……最っ低! ももちゃんは何も悪くないのに! 家にそいつを持ち込むなんてありえないでしょ!」
人が多いので加減しながらまくし立てたものの、他にも何やらブツブツと呪詛のように元彼への罵詈雑言を呟いてた美咲は、再び呆れて大きなため息をついた。
「まあまあ……一応別れられたし大丈夫よ。クズな奴って分かってすっきりしたかも。ずっとそのまま付き合ってたらもっとしんどかったと思うし……まあ見たくもないものを見せられて腹立ったのは変わらないけど」
百子はため息混じりに、呆れを隠さずに口にしたが、弘樹をクズだと言うと何だか少しだけ心が軽くなったような気がして首を傾げた。元彼への未練はこんなに早く吹っ切れるものなのだろうか。
「え? それじゃあ今も元彼と顔を合わせながら生活してるの? それだとまずいんじゃ……」
「ううん。流石にそれ見た時はその場から逃げちゃった。あの事件から一度も帰ってないよ。大学の同期が泊まらせてくれたの。私が次に住む家を見つけて引っ越しするまでだけどね」
怒りの表情をあらわにしていた美咲は、百子のその言葉であからさまにほっとした表情を浮かべる。
「良かった……! そりゃ家には戻りたくないよね。その同期の人ってもしや男の人? その人のことで悩んでたとか?」
百子が朝の出来事を思い出しながら苦い顔で頷き、詳しい経緯や陽翔がしてくれたことをメモに書いて見せると美咲がはしゃぎ始めた。
「え! そんな展開あるんだ! いいなー! じゃあその人と付き合うとかそんな感じなの? めちゃくちゃ優しいし優良物件じゃない!」
百子は首を振った。元彼と別れて日が浅いのもあり、恋愛はしばらくするつもりがないのと、陽翔と恋仲になるイメージが自分の中で湧かないのもある。美咲はがっくりと肩を落とした。
「なーんだ……付き合わないのか……シチュエーションからしたら共同生活してたら愛が芽生えるとかありそうなのに。一つ屋根の下に住んでるならそのままイチャイチャしたりとかありそうー」
今朝がまさにそんな状態だったことを百子は黙っておいた。美咲は恋バナが大好きなので、この手のことを少しでも言うと全部話すまで離してくれないのだ。もっとも、イチャイチャというよりは、一方的に愛撫をされただけだったのだが。しかも若干流されそうだった自分に苛立ちすら感じている。
「悩んでるというか……喧嘩したというか。元彼と飲み会の後に会って泣きまくったまま寝ちゃったのがあの人にバレて、正直に理由を言うまで意地悪されたから、あの人をぶっちゃったの……それでやり過ぎたなって思うけど、あの時どうしたらよかったのかが分からなくて。私は朝からそんな話をして気まずくなりたくなかったから何も言わなかったんだけど……向こうは何だか違ったみたい。何が何でも私から引き出そうと躍起になってた」
(さすがに叩いたのは駄目だったわ……でもあの時何て言えば良かったの……?)
陽翔は割としつこいのではないかと思い始めていた百子は、どういう風に自分の言葉を伝えたら良いか考えあぐねる。下手に話すと根掘り葉掘り聞かれそうだから言わないという選択肢を取ったものの、彼に触れられたところや、触れられたところが熱を持っていたことも思い出して顔をさっと赤らめる。
(もし……もしあのまま流されていたらどうなってたのかな……)
流されそうになったあの時の自分に若干の腹立たしさは感じるものの、触られて嫌な気持ちは感じられず、百子はひどく狼狽していた。
「ももちゃんお疲れ様! どうしたの? 何か落ち込んでる?」
「はひっ!」
その声に振り向くか振り向かないかのうちに、百子の首に冷たいものが当たって思わず変な声を出してしまった。後ろを振り向くと、お茶のペットボトルを持っていた、同期であり小学校からの親友の田代美咲がいたずらっぽい笑みを浮かべながらそこに立っていた。
「……うん、色々あって。美咲、もうクライアントからの電話応対終わったのね。先にちょっと食べちゃったけど、一緒にご飯食べよ?」
百子は自分の座ってる席の向かいを指して言う。それに頷いてみせた美咲は自分のお弁当を広げ始めた。
「色々? あ、彼氏のこと? そういえばあれからどうなったの?」
百子は苦い顔をしていたが、ポケットからメモ用紙を取り出し、そこに同棲していた元彼が浮気相手を連れ込んでいて別れたことを書き連ねる。休憩室には人がたくさんいるので、周りに聞かれたくないのだ。
「え! 嘘! わか……むーっ!」
美咲がよく通るその声でメモを読み上げようとしたので、百子は箸で摘んでた卵焼きを美咲の口に押し込めた。そして険しい表情で唇に人差し指を当てる。こくこくと頷く彼女を見た百子は、驚かれるのは仕方ないと考えているようで、咎める言葉は言わないようにした。
「事情が事情だからびっくりするのは分かるけど、気まずくなるから……ごめんね?」
美咲は次第に百子の元彼に怒りが湧いて、彼に対する罵詈雑言をぶちまけそうになったが、百子が制したことで、むっつりと口をつぐんだ。しかしそれも一瞬のことで、苦虫を噛み潰したような表情を隠さずに浮かべてため息をついた。
「……そんなことがあったなんてね……最っ低! ももちゃんは何も悪くないのに! 家にそいつを持ち込むなんてありえないでしょ!」
人が多いので加減しながらまくし立てたものの、他にも何やらブツブツと呪詛のように元彼への罵詈雑言を呟いてた美咲は、再び呆れて大きなため息をついた。
「まあまあ……一応別れられたし大丈夫よ。クズな奴って分かってすっきりしたかも。ずっとそのまま付き合ってたらもっとしんどかったと思うし……まあ見たくもないものを見せられて腹立ったのは変わらないけど」
百子はため息混じりに、呆れを隠さずに口にしたが、弘樹をクズだと言うと何だか少しだけ心が軽くなったような気がして首を傾げた。元彼への未練はこんなに早く吹っ切れるものなのだろうか。
「え? それじゃあ今も元彼と顔を合わせながら生活してるの? それだとまずいんじゃ……」
「ううん。流石にそれ見た時はその場から逃げちゃった。あの事件から一度も帰ってないよ。大学の同期が泊まらせてくれたの。私が次に住む家を見つけて引っ越しするまでだけどね」
怒りの表情をあらわにしていた美咲は、百子のその言葉であからさまにほっとした表情を浮かべる。
「良かった……! そりゃ家には戻りたくないよね。その同期の人ってもしや男の人? その人のことで悩んでたとか?」
百子が朝の出来事を思い出しながら苦い顔で頷き、詳しい経緯や陽翔がしてくれたことをメモに書いて見せると美咲がはしゃぎ始めた。
「え! そんな展開あるんだ! いいなー! じゃあその人と付き合うとかそんな感じなの? めちゃくちゃ優しいし優良物件じゃない!」
百子は首を振った。元彼と別れて日が浅いのもあり、恋愛はしばらくするつもりがないのと、陽翔と恋仲になるイメージが自分の中で湧かないのもある。美咲はがっくりと肩を落とした。
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