茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第二幕 友達以上の気持ち

愛しい

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残業が終わり、いつもよりも足取りも軽く陽翔は帰途につく。その心を占めているのは百子のことだった。家に彼女がいる、それだけで帰るのが楽しみになる日が来ようとは思わなかった。昨日からは彼女と一緒に料理をしたり、掃除の役割分担を決めたりして、まるで夫婦のような共同生活を送っており、職場の皆からも、普段あまりにこりともしない陽翔が内心るんるんなのを見透かされて、あれこれ聞かれる始末である。

(まさか俺にもチャンスが来ようとはな)

陽翔は大学時代にゼミが一緒だった百子に好意を寄せていたのだ。しかし彼女には当時付き合っていた彼氏がいたために、アプローチはすることはなかった。彼氏の話を嬉しそうにしているのを知っていたので尚更だったかもしれない。彼女とは卒業式の後には一度も出会っておらず、先週は飲み屋の位置の下見をしたいと思って繁華街を彷徨いていたところ、不埒な男どもに絡まれていた百子をたまたま目撃したのだった。

(俺が通りかからなかったらヤバかったよな)

あの時は考えるよりも先に動いてしまったが、百子が嫌がっていなかったことに心底胸を撫で下ろしたものである。しかし彼女は熱を出しており、さらに家に帰りたくないと言う。放っとけないと思った陽翔はすぐさま彼女を家に招き入れた。彼女が弱っているところを初めて見た陽翔は、噴出しそうな下心を何とか宥めすかして彼女を看病していたが、それを悟られないようにするのは骨が折れたかもしれない。ふにゃりとした表情で、陽翔に向かって感謝の言葉を述べている百子を、何度抱きしめたいと思ったことだろうか。何度愛を囁こうかと思っただろうか。風呂場で転んだ彼女を見ないようにしていたのは、彼女への気遣いでも何でもなく、彼女の裸を見てしまうとその場で襲ってしまいそうだと思ったからだ。

(自分も住んでいる家が浮気現場になってたとはな……そんな辛い記憶がある嫌な家と元彼は早く忘れて、ちゃんと笑えるようになればいいが……)

百子が目立たないように涙しながら、家に帰りたくない理由を語っているのを見ると、彼女の元彼を完膚無きまでどつき回したくなる。そしてその気持ちと正比例して、百子を幸せにしたい気持ちも急速に膨れ上がるのだ。何なら1ヶ月すぎても百子には家にいて欲しいくらいであるが、自分の理性が持つかは少し怪しいかもしれない。持つのが難しいなら筋トレでもして発散させようと考えてはいるが。

(茨城は今日は打ち上げがあるとか言ってたな。楽しい時間になればいいが。あんなことがあったんだから、目一杯楽しんで嫌なことを追い出せたらな……)

陽翔は電車に乗り込み、大学時代から知っている百子の連絡先に今から帰ると送信したが、その前に送った自分のメッセージが既読になっていないことに気づく。

(おかしい……8時には終わるとか言ってたのに、律儀なあいつが1時間もスマホを見ないでいるだと……?)

陽翔は不意にいてもたってもいられなくなり、家の最寄り駅について電車のドアが開くや否や、転がるように走って家まで急いだ。電気が消えているのを見ても、本人が帰ってない可能性も無きにしもあらずであり、陽翔はドアを乱暴に開け放つ。

「茨城、ただいま……おわっ!」

玄関の電気をつけると、百子が廊下でうつ伏せで倒れており、パンプスを履いた足が玄関に投げ出されているのを見て思わず声を上げた。彼女が帰っていないという、最悪の事態は回避できていたので、胸を撫で下ろしても良かったのだが、そんなところで寝ているのを見てしまえば心臓が止まりかねない。

(酔っ払って寝てたのか? いや、自分を失うほどあいつは酔ったりしないはずだが……?)

陽翔は名前を呼んだり揺すったりしてみたが、一向に起きる気配がない。彼はため息を一つついて、彼女のパンプスを脱がせ、仰向けにした。

「茨城、そんなところで寝てたらまた風邪ひくぞ」

彼女の髪をそっと顔から払いのけた陽翔は、百子の頬に涙の乾いた跡を見て取って、急速に嫌な予感が膨れ上がった。楽しい筈の打ち上げなのに、その後に泣くなんて不自然だからだ。

(俺に一言連絡も送れなかったのは、何かあったからか……元彼に接触されたとかじゃなければいいが)

自分の嫌な予感が当たらないように祈りながら、再び彼女の名前を呼ぶ。それでも百子が起きないので、陽翔は自分のカバンを廊下に置いてから彼女を抱き上げて寝室へ運んだ。百子はしばらくもぞもぞとしていたが、お気に入りの体勢を見つけてそのまま寝息を立てた。陽翔は彼女の顔に手を伸ばすが、首を振ってその手を下ろす。事情を聞くのは別に今日でなくとも良いからだ。

「おやすみ、茨城」

彼女の寝顔を見ていると、下半身に熱が集まるのを感じた陽翔は、慌ててシャワーを浴びに行く。冷水を浴びて何とか気持ちを鎮めた彼は、手早く体や髪を洗い、早々にリビングのソファーに寝転がった。

(早く元彼のことを忘れて俺の方を向いてほしい。あいつの弱みにつけ込む形になったが……この機会に俺に惚れてくれ)

久しぶりにざわめく心を抱えていて目が冴えていたが、疲労がそろそろと這い上がって来たのもあり、彼は次第にまどろみに飲み込まれていった。
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