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第二幕 友達以上の気持ち

執着

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その次の日もしっかり休養し、料理や掃除を陽翔と分担しながら、彼と皮肉の応酬をしていた百子は、すっかり体調がよくなった。三連休をこれほどありがたいと思ったことはないかもしれない。相変わらず弘樹からは数十件くらいのメッセージが来ており、百子が関係を終わらせたい旨を伝えても全くあちらの態度は変わらない。あの家の名義は弘樹だが、家賃は百子の方が多く支払っているので、単に家賃の支払いに困っているのだろうが、迷惑なことこの上なかった。

とはいえ、発表の準備もつつがなく終わらせることができたのは、ひとえに陽翔のおかげである。そして次の日の発表も成功させることができ、プロジェクトのメンバーとの打ち上げも盛り上がった。2次会の提案もあったがやんわりと断り、皆と解散して少し歩くと、そこには考えないようにしている人物がおり、気分良く酔っていたというのにそれらは瞬時に消し飛んでいった。

「おい、百子! 何で家に帰ってこないんだ! あれだけメッセージ送ったのに返事もしねえし、どこをふらついてんだよ!」

せっかく幸せな気分になっていたというのに、元彼のせいで全部台無しである。しかも浮気をしておいてよくもしゃあしゃあとそんなことを言えたものだなと、彼の身勝手にはほとほと呆れてしまう。

「……別にいいじゃない。私達、もうそんな関係じゃないんだし。荷物は少しずつ運ぶから安心して。1ヶ月以内に全部終わらすから。貴方とは事務的なやり取りしかするつもりはない。デキない私のことは放っておいて、さっさとあの彼女さんと仲睦まじく営めばいいじゃないのよ」

酔っているせいでいつもよりも明け透けになっている百子に、弘樹はやや怯んだものの、早口で言い募った。周りがざわつこうがお構いなしである。

「あいつは3時のおやつだ! 本命はお前だ! あいつは2番手でもいいって言ってたのに、何でお前はあの時に早く帰ってきたんだよ! あれがなければこんなことにはならなかったのに!」

(……この人は何を言ってるのかしら。まさか自分がしたことも分かってないというの?)

百子は煮えたぎる怒りを感じているはずなのに、どこか心は冷めていった。以前はこんな身勝手なことを平気で言うような人ではなかったので、これが弘樹の本性だったとは想像もできなかったのだ。まさしく豹変したと言うに等しい。そしてそんな人間を好きになった自分にも怒りを覚えた。

「悪かったわね、愛を育んでる途中に邪魔して。良かったじゃないの。ちゃんと夜の営みができる彼女ができたんだから。私とはできないって半年くらい前に言ってたくせに。貴方とは別れます。もう連絡してこないで。迷惑なのよ」

もはや弘樹への未練がプレス機で潰されたレンガよりも粉々になっている百子は、彼に背を向けてすたすたと歩き出す。だがその手を弘樹が掴んだ。

「離してくれない? もう帰りたいんだけど」

「お前に帰る家なんてないだろ! 家主の俺が帰っていいって言ってんだからありがたく思えよ! 先週のことは向こうが誘ってきて一瞬だけ魔がさしただけだ! それに、お前が最近家事とかをサボりだしたのが悪いんだろうが!」

理不尽が過ぎて一瞬二の句が継げない百子だったが、未だかつてないほどの低い声が口から滑り出る。一度出たそれは堰を切ったようにあふれ出した。

「誰のせいで帰れないと思ってんのよ! それに家主じゃなくて借り主でしょ? しかもヤッたのは先週だけじゃないよね? 半年くらい前から私とはできないって言ってたんだから、それから何回も彼女と会ってるでしょうに。その時期から私とのデートの約束もすっぽかすのは彼女と会ってたからでしょ? しかも私がいない間に、よりにもよって家でヤッてるなんて! そんな気持ち悪いことをした人のところにはいられません! もう私に関わらないで。彼女とお幸せに」

百子はそう言って弘樹の腕を引き剥がそうと力任せに激しく振って、彼の手から逃れた。後ろから弘樹の声が殴ってくるが、そんなものは無視するに限る。やっとの思いで電車に乗り、陽翔がくれた鍵で彼の家に滑り込む。玄関のドアを背にした百子は、ずるずるとその場にへたり込んだ。もう二度と顔を合わせるつもりも無かった弘樹に出会ったことよりも、彼に理不尽なことを言われた方が、百子の精神をずたずたに引き裂いていった。

「何で……! 何でほっといてくれないのよ! 私が本命なのが本当なら浮気なんてしないじゃないの! しかも家であんなことをしてるなんて……! 意味分かんない……! 何で向こうが悪いのに、私が悪いなんて言ってるの!」

玄関の床にぱたりぱたりと落ちた雫が、段々と大きなしみを作っていく。弘樹に会ったことで、浮気現場のあの生々しい光景が鮮やかに脳裏を駆け抜けていった。その時は余裕のある口ぶりだったとはいえ、あの光景を目にした時に、本当は蓋をしていた屈辱やら悲嘆やらが一気に襲いかかったのだ。陽翔がまだ帰ってこないのをいいことに、百子はこらえきれずに嗚咽を漏らした。こういう時に泣くと頭痛が襲ってくるのは分かっていても、とめどなく溢れる涙は止めようがなかったのだ。

百子を救う者はここにはいなかった。
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