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愛妻家の上司の妻は何も知らない

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みんなのところに戻ると、バーベキューコンロの上には肉と比率の合わない野菜の量。

「なにこれ、ヘルシーすぎじゃない?」
「先輩が全部切っちゃったんじゃないですかー。ほら、あと二袋ありますからね!
「うえー、お肉がいいなあ。
かしわだー、カルビー。エリンギも焼いてー。」
「先輩、柏田さんと一緒だとキャラ違いますね。甘えたな感じー。かわいい。いーなー羨ましい。」
「苗ちゃんにかわいい言われるなんて光栄です。
付き合い長いからねー、柏田、私の言うことなんでも聞いてくれるから。お姫様みたいな?」
「冗談。逆らったら釜茹でにする女王様みたいな感じだし。
もう少し女らしい方がいいんじゃない?苗畑さんみたいな。
そうか、だから彼氏できないんだよ。」
「取っ替え引っ替えの柏田に言われたくないし。」

「はいはい、そこまで。
柏田くん、水川さんダウンしてる間、めちゃめちゃ心配してたからね。ウロウロウロウロ。チラチラチラチラ。」
「ちょっ、斎藤主任!」
「はい、これ焼けたから、水川さん用スペシャル串。お肉とか野菜一口サイズにしてるから、食べやすいでしょ。よく噛んで食べなよ。
野菜はあとで焼きそばにするから、みんな食べるでしょ?」
「斎藤主任、お母さんみたいですね。
故郷の母を思い出して泣けてきます…」
「お前先週も母親に会ったって言ってたよね?」


お肉を焼いて、焼きそばを作って、そーめん食べて。デザートにアイスに、ゼリーにマシュマロ焼いて。盛りだくさんのメニューを食べて。
水鉄砲で遊んだり、魚釣りしたり、サワガニや小魚探したり。それはそれは楽しい時間だった。

いつもの職場仲間とその家族で行うバーベキュー。それはいつも通りで、楽しい時間なのに、私の気持ちだけモヤがかかる。
私と藤沢係長の関係だけが、いつもと違う。
違和感。
一度覚えた違和感は、元には戻らない。
何の気無しに、尊敬と信頼のみでできていた仕事も、きっとどこかで余計な気持ちと違和感を感じるのだろう。
恋心なんて誰でも抱くもの。そんなの当たり前の感情なんだけれど、
それ以上のこの関係は、この気持ちは、自業自得。



『ごめんなさい、片付けもせずに。先に失礼させてもらいます。本当ごめん。』

遊び疲れてコテンと寝てしまった悠斗くんを、藤沢係長が抱っこして。

『今日はありがとうございました。とても楽しかったです。
水川さん、お大事にね。気分悪かったら病院行ってね。あと、わたしで相談に乗れることがあったら、何でも言ってね。』

そう言って、知奈美さんは連絡先を書いたメモを私の手に握らせ、先に帰っていった。

〝愛人〟に連絡先渡すなんて…
連絡することなんて、きっと無い。私の想いが狂気に変わってしまえば、そんなもの更に傷付けるだけのものだ。
そうなる前に、可愛くて愛しいあの人を傷つけないために、私は変わらないといけない。

それから徐々に始まった片付けの時、その綺麗な字で書かれたかわいいメモをギュッと握ってゴミ袋に、そっと入れた。


その後は現地解散となり、最後に精算をする柏田と私が残って、行きと同じく柏田の車で帰路につく。

「ごめんね、柏田お酒飲みたかったよね。
帰り、運転してあげるつもりだったのに。」
「倒れたお前に運転任せるわけないじゃん。最初から飲むつもりなかったから、ほら、俺幹事だし?
水川はあれから特に支障ない?体辛くない?」

みんなといる時はまるで兄弟みたいな言い合いをしてるものの、2人になると基本柏田は優しい。
レディーファーストとか、気遣いとかできるやつで、こういうところ、周りの女の子がコロッといっちゃうのも分かる気がする。

「うん、今日ありがとう。柏田のおかげで楽しかったよ。
ちなみに、わたし、今日が楽しみ過ぎて寝れなかった小学生じゃないからね…」
「あれっ、聞いたの?」
「係長が、そう言ってた。
まあ、でも、ありがと。おかげでみんな気兼ねなく楽しめたよね。
それに。ごめん。結局色々任せっきりになっちゃって。あんたの歓迎会だったのにね。」
「そんなんただの名目だから。猛烈な勢いで途中までほとんど準備終わらせてくれてたじゃん。
俺は片付けしかしてないよ。
お前もヤダヤダめんどくさい言ってたのに、結局倒れるまで頑張っちゃうしなあー。
あの後、お前の後輩の苗畑さん、あの子チャキチャキ頑張ってたよ。
先輩ってぇー、いっつも働きすぎなんですぅーって。」
「あははは!なにそれモノマネ?苗ちゃんに謝ってね。」

どこから声が出てるのか分からない柏田の裏声は気持ち悪いけど、喋り方とか既に特徴つかんでて、苗ちゃんが言いそうなセリフだ。
本当、いつもチームのみんなに助けられてる。私。

「ようやく笑ったな。
藤沢係長も、奥さんもお前のことすごく心配してたよ。
藤沢係長、お前が倒れる瞬間、走って、お前抱き止めてお姫様抱っこして運んでた。あっという間。頭打たなくてよかったな。お礼言っとけよ。」
「…うん、言った。
柏田も、心配してくれて、ありがとう。」

「いや、ごめん、今日、、俺…。
あー、俺のせいだよな。
…お前、無理すんなよ。仕事も、プライベートもさ。


___藤沢係長は、、、無理だから。
どんなに憧れても、好きになったらお前が辛いだけだろ?」


「えっ、、、なんの、話?
やだ、柏田、何言ってんの?」


突然トーンが下がり、言葉を選びはじめた柏田の口から予想しない言葉が紡がれた。

「お前、藤沢係長のこと、好きなんだろ?
係長も、お前も距離感おかしいし、なんとも言えない雰囲気あるからそうなのかと思った。違う?」
「…そんなんじゃないよ、係長とは一緒に仕事して長いし、上司として、ものすごく尊敬してるだけだよ。
ただの上司と部下だから。
好き、とか、そういんじゃないし…」

漏れてた。
私の想いが、尊敬じゃない、その先の気持ちが、周りに気付かれるほどに、溢れてしまってる。
仕事の時の距離感なんて、全く考えてなかった。
人のいるオフィスでは、さすがにキスしたり、触れたりすることはないけど、
2人で同じ資料を見たり、話をする距離は油断してた。
そりゃそうだ。
体を合わせた2人にとっては自然なことでも、周りから見ると不自然だ。
係長を求めてしまうそんな緩んだ気持ちが、係長を追い詰めてしまう。
隠しきれなくなるほど麻痺してしまった、係長との距離感だったり、表情だったり、嫉妬心だったり、もう、迷惑以外のなにものでもない。

「前も、噂あったろ?」
「えっ?」
「社員旅行の時、お前と係長、貸切風呂から一緒に出てきたとかなんとか。」
「はっ?…それ、総務課長と総務主任のは、聞いた。」
「いや、お前らの話。
ちなみに総務の2人は、実はもう結婚してて、年末で主任は退職される予定。来年赤ちゃん産まれるんだって。同じ部署だからね、内緒にしてるんだって。
これ、まだ内緒ね。」
「なんでそんなに情報通なの?」
「ちょっとねー、色々ツテがあってねー。
で、噂の程は?」
「ないよ。あるわけないじゃん…そんなの…。」

平静を装いながら、ドキドキが止まらなかった。
そんな噂出てたのなら、社内旅行、誰かに何かを見られてたってことだ。
愛妻家で有名な係長の不倫なんて大きなスキャンダル、当人である私たちの耳に入らないはずがない。どちらか1人だけを見て、別の人間がまたどちらかを見たということだろうか。
浮かれて社内旅行で一緒にお風呂に入るなんて、軽率な選択だった。

「情報通の柏田くんが誤情報なんて、落ち込むわー。
社内旅行の後から藤沢係長とか、お前の話題出てたし。まあ、ほぼお前には聞かせられないセクハラな内容だけど。色々混じってそんな話になったのかな?」
「…男ってサイテー。」

誤情報ということで柏田は納得してくれたようで。
でも、本当の話なんだから、その噂が事実であるという証拠をこれ以上出さないようにしないといけない。
もう2人で会わないと決意したとしても、係長とはどうしても一緒に仕事をすることになる。
迷惑、かけないようにしなきゃ。

「ま、違うっていうならいーけど、お前が辛そうな顔してたからさ。報われない恋でもしてんのかとちょっと気になって。
……俺、水川ならアリだけど、どう?」
「ばか…柏田彼女いるじゃん。
あたし、そーゆーの無理だから。他当たって。」
「真面目に返すなよ。
冗談だよ。なんか俺が振られたみたいで恥ずかしいだろーが。
まあ、、冗談は置いといて、お前意外と社内とか取引先とかでも、名前出るし需要あんだけど、
飲み会しない?楽しいやつ。」
「ん、、そーだね、出会いでも、探してみようかな。〝彼氏〟つくろうかな。」
「よし!決まり!
メンツ揃ったらまた連絡する。楽しみにしてろよ。」

柏田が得意気に、満面の笑みで笑う。
本当にコイツは、人の世話が好きだな。柏田のこと、男として見れたら楽だったのかな?いや、もう今更無理なんだけど。


私が一歩踏み出さなきゃ、変わらない。
係長に依存してばかりじゃいられない。

係長、、優しいから。
きっと私を切り離すことなんてできないだろう。
私のせいで係長に迷惑かけれない。
私を甘やかしてくれる、〝彼氏〟がいればいい。

「ちなみに、水川、改めて、どんなのがタイプ?
やっぱ、高尾みたいな真面目な感じか?
最近、社内でも結構告られてんだろ?全部即、断ってるって聞いてるけど。」
「随分昔の話を出すなー…なんでそんなに知ってんの?」
「そりゃあ、柏田くんですから。」

「そうだね、、わたしの、好きなひとは…」

私の好きな人。
大好きな人。
決して好きになってはいけなかった、たった1人の人。

「__優し、くなくて、尊敬もできなくて、精神的余裕がなくて…わたしより背が低くて…筋肉なくて、目がくりっとしてて、顔が濃くて、手が小さくて…坊主で、たらこ唇で……キスが、下手で、体力もなくて、…絶対、たった1人だけを、他の人いらないくらい、好きでいてくれる人、かな?」

できれば正反対の人がいい。
同じところなんてあったら絶対、思い出して比べてしまうから。
でも、口に出せば出すほどに、逆にあの人への愛しさが込み上げてきて、そんな条件の人、私好きになれるんだろうかと、自分の言葉に可笑しくなってくる。


「__おまえ、男のハードルたけーのな。
俺ぐらいしか思いつかねーけど…わかった、探しとくよ。」

柏田らしいふざけた言葉と共に、何故かティッシュボックスを膝の上に乗せられた。
その途端、ポロッと頬に伝う温かい感触に、私、どんだけあの人のことが好きだったんだろうと思い知らされる。

やっぱり柏田は気づいただろうか。
私の好みのタイプ好きな人が誰だってこと。
噂を否定しても、わたしの挙動がおかしいことにもきっと、気づいても何も言わない、いつも否定せずに、ただ見守ってくれるところ、柏田が同期で、友達で本当に良かったと思う。
でも。

「なにそれ。柏田とはそーゆーのやだって言ったじゃん。
でも。ありがと。」

「____おう。」



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