【R-18】愛妻家の上司にキスしてみたら釣れてしまった件について

瑛瑠

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愛妻家の上司の妻は何も知らない

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遠くから声が聞こえる。
楽しそうな子供の笑い声。
低い、心地よい、大人の男の人の声。
柔らかな風を感じる。
あぁ、喉、渇いたな。

目の前に視えるのは、瞼の裏に映った独特な光で、今自分が目を瞑っていることに気づく。

そっと目を開けると、白い光と共に認識するのは目の前に見慣れない女性の顔で。

かわいい人。

大きな木の下、テントから少し離れた日陰の場所で、
レジャーシートとタオルの上に寝転んだ私を、うちわで仰いでくれている女神のような人は、藤沢係長の奥さんだ。


「あ、起きた?」
「あれ?、わたし…」
「軽い熱中症かな?
はい、ドリンク、飲める?喉乾いてるでしょ?少しずつね。」

ストローを刺したスポーツドリンクを差し出してくれる。

「帽子も被らずに、水分も取らずに一生懸命作業してたんでしょ?
洗い場で倒れたの。
藤沢が近くにいて、ギリギリ間に合ったから、頭とか体に怪我はないと思うよ。」

そう、あの時、聞こえた気がした。
私を呼ぶ、係長の声。
あんなに会社の人間もご家族もいるのに、私のことを呼ぶなんてそんなのありえないって思ってたけど。

「係長が…
そうですか。迷惑かけて、ごめんなさい。
バーベキュー、久しぶりだから張り切っちゃって。」

 うそ、
 あの中にいたくなかっただけ。

「ちゃんと上司やってるんだなって。
家でのあの人しか知らないから、羨ましいって思っちゃった。
主人からいつも聞いてます。
水川さん、すごい頑張り屋さんだって、逆に頑張りすぎてて心配になるくらいだって。
でも、頼りにしてるって。
本当、その通りだったね。
いつも藤沢の力になってくれてありがとう。」


やだ、
あなたの口からそんなこと聞きたくない。
係長、どんな気持ちで私のこと、どんなふうに奥さんに話してるの?

ほのかに係長と同じ香水の匂いがする
この人が、係長の隣にいるひと。
生涯をかけて幸せにすると誓ったひと。

「こちらこそ…
せっかくの楽しい集まりだったのにごめんなさい。
知奈美さんも、悠斗くんいるのに、私なんかに手を取らせてしまってごめんなさい。
いい大人なのに体調管理もできてなくて…」

「青山くんが悠斗と遊んでくれてるの。おいっ子さんが3人いるんだってね。本当上手に相手してくれて。
わたし、こう見えても昔は保健室の先生してたの。
水川さんの側にいるの、1番適任でしょ?」
花のような笑顔で微笑む、きっと、何も知らない、かわいいひと。

「知奈美さんが先生だったら、毎日保健室行くかもしれないです。
係長、男子生徒とかにヤキモキしてたんでしょうね。」
「その頃にはもう結婚してたから。
新任の既婚の先生なんて全然モテなかったよ。それに小学校だったし?」


係長の隣にいたいなんて、思うことはなかった。
仕事のパートナーとして私を必要としてくれて、時々触れることができれれば、ただそれだけでよかった。
それなのに、私は目の前の優しいこのひとに、過去の2人にまで嫉妬してる。

係長の相手として、女として私は何一つ敵わない。
私はただの不倫相手だ。
初めから敵うはずなかった。
同じフィールドにも立ててない。
私のこと羨ましいって言ったけど、私にとってはあなたの方が羨ましくてたまらない。

「___わたし、情けない…」
「気に病まないでね。
辛い時は辛いって言っていいのよ。」

知奈美さん係長の奥様から紡がれる言葉が、倒れた私に向けてであることはわかってるけど、妻というポジションから言われてるようで、ぎゅと胸が締め付けられる。

「あと、、ごめんなさい。
服、緩めたとき、わたし、見ちゃって。」
自分の胸元をトントンと指で叩く。

「あ、、、」

胸元には先週の情事の跡。キスマークや歯の痕がまだ残ってる。

「大丈夫?
なんか、そんなにたくさん女の子の肌に残すなんて。
私が心配するのもおかしいけど、無理矢理されてたりしないかな?彼氏と、上手くいってる?相談に乗ってあげれること、あるかな?」

このひとはこんなに可愛い顔して、どんだけ残酷な言葉を吐くんだろう。

藤沢係長あなたのご主人なんです。
あなたは知らないかもしれないけど、藤沢係長あなたのご主人、私のこと貪るように抱くんですよ。
いっぱい、いっぱい、私のカラダに跡残すんです。すごく愛されてるんです。
そう言ったら、いいの?

「あ、、大丈夫、です。
愛されてるって、分かってますから。」
「そう。
自分、大事にしてね。お願いだから。
あなたがいなくなったら、藤沢も困るでしょうし…」


本当に、なんて残酷。
分かってて、私を傷つけたくて、わざとそんなこと言ってるの?
なんて…


「水川さん、具合どう?」

言葉に詰まってた私にとって、それは助けだったのか、はたまた最悪のタイミングなのか、係長がペットボトルを手に現れる。

「ありがとう。さっき目が覚めたの。
念のためもう少し休んでからがいいかな?
でも、ちょうどよかった。タオル冷やしてくるから、パパ見ててあげて。」
 
額に乗ったタオルを手に取り、知奈美さんが立ち上がり、代わりに係長がそこに座る。

「なんで、係長がくるんですか?」
「上司ですから?心配くらいさせてください。」

柔らかに笑って、持ってきた冷たいボトルを私の額の上にあてる。

「ごめんなさい。みんな楽しくしてたのに。」
「大丈夫、柏田くんがうまくやってるよ。水川さんは、遠足の前日寝れない寝不足の小学生みたいなもんだから、大丈夫だから楽しもうって。せっかくいっぱい準備してくれたんだからって。あと、苗畑さんもね。」
「…そっか、よかった、です。」

「あの、助けてもらって、有り難うございました。
係長が倒れた時支えてくれたから、頭打たなかったって。知奈美さんに聞きました。」
「あ、うん。なんだか、いつもと少し違ってたから気になってて。正直ずっと見てました。包丁も飛んでたんだからね。近くにいたから、間に合ってよかった。怪我なくて、本当に良かった。」
「他の人に、変に思われてなかったですか?」
「人を助けるのにそんな男女の関係、気にする人いないよ。水川さんは気にしすぎ。
大丈夫。
ただの上司と部下に見えるから。」

藤沢係長の家族を目の当たりにして、動揺してた私。
それを不自然だと感じてずっと見てた藤沢係長。
きっと、周りから見たら不自然に違いない。
決して他の人に気づかれてはいけない関係なのに、少しずつ、不自然が自然になってきてる。


「知奈美さん、保健室の先生だったんですね。」
「うん、ずいぶん昔の話だけどね。」
「あたし、あんなに素敵な人、会ったことない。」
「…うん。そうだね。」

口に出して、言葉にすると、改めて思い知らされる、異物の自分の存在。
なんて贅沢なことを、望んでしまっていたんだろう。

悔しい。
悲しい。

自然と両目から溢れてくる涙を止められなかった。

「水川さん、大丈夫?体、つらい?」
「も、ずっと辛いんです。
わたし、奥さんもお子さんも、係長も不幸にできない。
あんな素敵な奥さん、
何一つ敵わないわたしなんかが邪魔していいわけない。

あの人、わたしに残った係長のキスマーク見て、恋人にひどいことされてるんじゃないかって、心配してくれたんです。あれ見て、誰も愛されてるなんて思ってくれない。そう思ってるのは本人だけ。
やっぱり、わたしたちの関係おかしいんですよ。」

「…ごめん、俺、参加するべきじゃなかった。」
「そうじゃない。
そういうことじゃないです。
あたしが悪いんです。
ごめんなさい。
…もう、知奈美さん戻ってくるから、早く行ってください、
これ以上係長と一緒に居られない。気持ち隠せない。
やめましょう?迷惑かけたくないんです。」
「水川さん…」

「パパー、お待たせ。
水川さん具合どう?はい、冷たいタオル。」
「あついの、だいじょうぶー?」

戻ってきた知奈美さんと一緒に来てくれた、藤沢係長の息子の悠斗くんが、持ってたハンディ扇風機で風を送ってくれる。

「ありがとう、もう大丈夫だよー。いい子だねー。

知奈美さん、色々とありがとうございました。
気分良くなってきたので、もう少しだけ休んでから戻りますから、係長も知奈美さんも戻って楽しんでいてください。せっかくのバーベキューですからね。」



1人になって、深いため息をつく。
一年。
この間で係長とプライベートで会ったのはどれくらいだろう。
会社でキスをするのは除いても、月に2、3回、2人で会えれば多い方だ。会うと言っても、体を重ねるだけ。
愛の言葉も、もちろん記念日とか誕生日とか、イベント事とか、そんなのあるはずもない。
写真も撮らないし、プレゼントなんて贈り合うこともなくて、ただ、ひたすらに互いのカラダを貪り合うだけ。

後に残るのは何だろう。
私の体に残る跡だけ。
その跡も、次に付けてもらうまでに大体消えてしまうから、
会社で隠れてキスをする事で、なんとか、私たちの関係が続いてることを実感する。

私、この一年、何をしてたんだろう。
幸せではあったけれど。それは間違いないけれど、同時に、先の見えない不安と、罪悪感と隣り合わせの幸せだったことに変わりがない。

「あー、バカだなー。最初からわかってたことだったでしょ?かえで。」

額に乗せたタオルで流れた涙を拭い、目の上に乗せる。
ウォータープルーフタイプで良かった。
きっとメイクも落ちてない。
私たちの関係も、終わった恋も、誰にも気づかれない。


「水川ー、目ー覚めたって?
それにしてもよく寝るよなぁ。成長期か?
どうせ朝メシもろくに食べてないんだろ?きっとそれだって。冷たいそーめんもあるし、さっき斎藤主任がアイス買ってきてくれたから。ちょっとでも腹に入れようぜ。
戻れそう?」

色々悩んでる私を一切無視したノーテンキな柏田の声が近づいてくる。
あいつなりに気を使ってるんだろうけど、今はあいつのアホみたいな声が心地いい。
なにも考えなくて済む。

「寝起きのわたしを無理矢理買い物に連れだしたの誰よ…
柏田、わたしお肉食べたい。お腹すいた。」

「食欲あるじゃん!いいね!行こう。みんなのとこ。
水川いないと、つまんないよ。」

体を起こした私の腕をぐいっと引っ張り、立ち上がらせてくれた。
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