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愛妻家の上司と行く社内旅行

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ーーー


そのあといつもの如く、洗い場で綺麗に洗われて。
係長、私の体を洗うの好きなのかな?
私もそれがとても好きで。優しく優しく、ボディーソープを泡立てた手のひらで撫でてくれる。
お子さんをお風呂に入れてるのと同じ感じなんだろうか?なんて、係長がお父さんなのを実感する。

熱くなった体は、12月の外気でまた冷たくなって、係長の身体にすっぽり収まるように背中を預け、湯船に浸かる。


「社内旅行でこんな幸せ感じていいんだろうか?」
「そうでしたね。今、社内旅行中でした。
でも、きっと、ダメだから、余計に幸せって思うんでしょうね。」
「ごめん、せっかくの温泉、ゆっくりできなくて。
一緒に温泉楽しめれればな、って思ってたんだよ。」
「ゴム持ってきておいて、何言ってるんですか。」
「あはは、そうだね。我慢するつもりもなかったかも。水川さんとこうしたかったんだよね。
何なら、もう一つ持ってこればよかった。
…やっぱり水川さんの口塞いで漏れる声、すごいクる。またしてもいいですか?」
「係長の変態、ドS、絶倫…
えっちな時の係長、人が違いすぎる。」
「だから、、それって水川さん限定なんだよ。」

ぎゅうっ、

後ろから抱きしめられて首にキスをされる。
大きな手が優しく私の胸を包み込み、やわやわと楽しみ始める。

「…しあわせ、、」
「こうやって触られてるのが?」
「それも、かもしれない、ですけど、
係長、あたし、今ここで、こうして、一緒に温泉に入って、一緒に星見て、すごく嬉しかったです。
ずっと、絶対、一生、忘れないです。」
「うん。俺も。」


幸せ。ってなんだろう。
好きな人と体を重ねて、同じ景色を一緒に見て、
今この瞬間、私だけを見てくれること。

それは、私だけじゃなくても、他に共有すべき人がいるとしても、そんな人がいることを知ってるとしても。
幸せと言えるのだろうか。

胸を張って2人で外に出かけられなくても、帰る家が別々だとしても、
未来がなくても、それは幸せと言えるのだろうか。

私は、係長は、何を幸せと感じてるんだろう。



「難しい顔して、、何か考えてますか?」
「んー、幸せだなぁと思ってました、「あ!」」
「流れたねー。」
「すごい!ほんとに見れるなんて、嬉しい!」
「そうですね。ちゃんとお願い事しました?」
「…係長の幸せ、お願いしましたよ。」



ーーー



「ごめんね、こんな時間になってしまって。」
「いえ、時間作ってもらって、係長に会えて、本当に嬉しかったです。
多分布団入ったらすぐ寝ちゃいそうですけど。」
「ゆっくりしてていいから。風邪ひかないように。」
「やっぱり、先に行っちゃうんですね。」

大体いつもそうだ。
私の家で、愛しあって、お互い気だるいカラダで抱き合ったはずのベッドの中、目が覚めると、いつも係長はいない。
不自然に空いた片側の冷たいシーツを触ると、胸が締め付けられる。

テーブルの上には『おやすみなさい』という置き手紙と、ポストの中に、玄関に置いてあった鍵が入ってる。
寝てしまう私がいけないのかもしれないけど、起きてたとしても、もう一度スーツを着て、『おやすみなさい』と玄関を出て行く姿を笑顔で見送れるほど、私は強くない。
何度も何度も係長を求めて、狂って意識を飛ばしたいって、そう、思ってる。


ぎゅう。

無言で浴衣姿の係長を抱きしめる。

「ね、係長、お願いがあるんですけど…
写真、撮ってもいいですか?」
「えっ?」
「あっ、顔じゃなくて、キスマーク!初めてつけたとこ、どうせすぐ消えちゃうから。」
「また、かわいいこと言って。
いいですよ。」

つけた、私の跡。
係長の、肩に近い、鎖骨の上。
薄い赤色のハートのような小さな跡が残ってる。
浴衣の襟元を少しずらして、一枚だけ肩の部分、写真を撮った。きっと、係長が家に帰る頃には、もう分からなくなってしまってるんだろうな。

「僕も、写真撮ってもいいですか?」
「え?…やっ、あんなとこだめ。」

ついてる場所を思い出して、少し係長から距離をとる。
えっちな係長ならやりかねない。
いつもおだやかで紳士な愛妻家の係長の写真フォルダにそんなものあったら大問題だ。

「違う違う、そこじゃなくて、撮るだけ。2人で…」
「さっきわたしが写真撮りたいって言ったら迷ったくせに。
…ダメですよ。
そんな幸せな写真、撮ったら消せなくなるから。消したくなくなるから。」
「そうだよね…
じゃ、こうしよう。」

私の腕を引っ張って連れてきたのは洗面台の前。
後ろからギュッと抱きしめる。

「これで我慢します。」

鏡に映った係長の口が動く。

「でも、初めてじゃない?2人一緒にいる自分、見たの。
俺、こんなだらしないしてるの?恥ずかしい。」
「わたしもしまりのない顔してる…」
「こんな顔してたら、会社ですぐバレちゃいそうだな…」
「大丈夫ですよ、スーツ着て前髪上げた係長は、ちゃんと藤沢係長に切り替わってますから。
いつもの尊敬してる係長です。
鏡の中の2人のことも、目に焼き付けて、ロック掛けて頭に保存しときます。」

そう言うと、係長がふふっと笑って、後ろから私の首の同じところにキスマークを残す。
「あ、お揃い、ですね。嬉しいです。」

「俺、君に何もあげられない。
何も残せない。
体に残すことしかできないなんて、ごめん。
普通の恋人らしいこと、何一つしてあげること出来なくてごめんね。」
「一緒にいてくれることだけで、私のこと大切にしてもらってることわかりますから。大丈夫です。謝らないでください。」

ぎゅっと胸の上の腕を掴む。

キスマークこれ、大事にするよ。」
「あたしも。2人だけの秘密ですね。」
「明日、一緒にお土産選ぼうね。」

「じゃあ、係長、先出ますか?
「それが…心配になってきました…
もし万が一、誰かに部屋に連れ込まれたりしたらやだから、部屋まで送るよ。」
「流石にこの時間、2人一緒はまずいですよ。
言い訳できません。」
「たまたまお風呂上がりに一緒になったとか?」
「貸切から出てきて?無理です。」
「君、今の自分がどれだけ魅力的か分かってないからそんなこと言うんだよ。
わかった。
少し時間空けて、後ろからついていく。
水川さん部屋戻るまで、距離あけてついていく。
それでいい?」

すでに荷物をまとめていつでも出れそうな係長の中ではもう決定事項みたいなので、私も持ってきたお風呂セットを手早くまとめる。
係長、娘さんいたら初デートにこっそりついて行くタイプのお父さんだよね。

「じゃあ、係長、わたし、先に出ますね。おやすみなさい。」
「おやすみ。
すぐあと追いかけるから。」
「あ、あの、キス、したいです。いいですか。」
「もちろん。僕も、したいです…」

唇が触れて、係長の舌が唇をなぞって私の下唇を啄む。
このキス、大好き。
唇が離れて、繋いだ手が少しずつ離れ、指先が触れて、そして離れる。

「じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみ、水川さん。」

〝葵の湯〟を出て、客室へ向かって歩く。
振り返って、戻りたい気持ちを抱えて一歩一歩、歩く。
私が先に出るなんて初めてのことかもしれない。
係長も、いつも、同じような気持ちになってくれてたかな?

後ろでスリッパの音がする。
ふふっ、なんか怪しい人みたい。
これが係長だって分かってるから、同じペースで歩いてくれること、すごく嬉しくて、愛おしい。

係長の部屋は階が違うはずなのに、本当に私が部屋に入るまで、係長がついてくる音が聞こえた。
部屋に入るとき、後ろ手で小さくバイバイしたら、その私を抜き去る時に、「おやすみ」と小さい声で言ってくれた。

ほんと、好き。


みんな寝静まってる中、一番入り口側に陣取ってた自分の布団に入り込む。
冷たい布団に入ると、さっきまでの熱い時間がまるで夢だったかのようなギャップがあって。

いつもこの幸せの時間が終わる時、物凄く寂しい気持ちになる。
次はいつこうやって会えるのか、約束もない。
会うと言っても体を重ねるだけだ。
それでもいいと続いてる2人の関係。今更わがままを言うつもりはない。

あんなに幸せな時間を過ごしたのに、もう、こんな旅行、早く終わって、日常の業務に戻りたいって思う。
何も考えずに係長と一緒にいられる。
話ができる。
人目を気にすることなく、2人で外出できる。
早く、仕事がしたい。



ーーー



次の日の朝、旅館をあとにする前、昨日の約束通り、係長が声をかけてくれた。

「水川さん。チームのお土産選んでくれませんか?1人じゃ決めきれなくて。」


数時間前まで一緒にいたので少しドキドキする。
「おはようございます。よく寝れました?」
「おはようございます。ぐっすりでしたよ。」



「お土産、どれがいいですかねー?」
「みんな甘いもの好きだから、お菓子っていうのは決定なんですけどね。
あっ、苗ちゃん、きっとコレがいいって言いそう。」
「えっ?どれ?」

私が見てるお菓子を覗き込む、係長の顔がすぐ横にある。

あ、キスできる距離だな。って思っちゃう。

「ははっ、これは渋いな。」
「でしょ?」

お菓子の箱を2人で覗き込みながらクスクスと笑い合う。
お土産コーナーには他の社員もいるのに、こんなに近い距離で。
なんかくすぐったいけど、優越感を感じてしまう。
でも、お土産選んでるだけだから、これは普通。普通なんだから。



  カシャッ!



!?
突然のシャッター音に一瞬、体が震えた。


「やった!藤沢係長の浮気写真ゲットですー。」

明るい声とともに、スマホを片手にした苗ちゃんが前から歩いてくる。

「苗畑さん、撮るなら撮るって言ってくれればカッコつけたのに。」
「そ、そーだよ苗ちゃん、もっと親密な怪しい感じ出したのにー。」

苗ちゃんでよかった…
動揺しててちょっと声が裏返ってしまった私と違い、動じることなく、すぐ冗談で返した係長は役者だ。

「2人で仲良くずるーい。なんか仲間外れにされた気分です。」
「チームのお土産選んでたんだよ。苗ちゃん、どれがいいと思う?」
「昨日から決めてましたよ!もちろん、神楽まんじゅうしかないじゃないですかー!
……藤沢係長、なんで笑ってるんですか?え?笑いすぎじゃないですか!?もー水川先輩もー!」


ーーー


社内旅行から帰って、またいつもの日常が始まった。

ランチタイム、社内食堂で、お弁当を広げる。


「旅行お疲れー。今年、結構国内組多かったね。」
「いや、今年は国内当たりだったよ。」
「え?なになに?早速?」

「なんと、貸切風呂で…」

 !!

〝貸切風呂〟と言うワードに心臓がドキンと音を立てて鳴る。
口の中に入れたたまご焼き、噛まずに飲んだ。

「あたしさー見ちゃったんだけどー。
総務課長と総務主任、貸切風呂から一緒に出てくるの。」
「やっぱり!
あの2人まだ続いてたんだ。入社した時にもう付き合ってるって話だったから、もう10年以上になるよ。早く結婚すればいいのにー。」

あーーー。よかったー。
見られてなかった。
でも総務の2人とかち合わなくてよかったー。
セーフ!

「そういえば、
あたしも見ちゃったんだけどー。
かえでの上司の藤沢係長、朝食の時、浴衣だったじゃない?」


ドキッ!
ほっとしたのも束の間、再び心臓に負担がかかるワードが出る。

なに?何なの?寿命縮む。
色々心臓に悪いんだけど!

「おー、噂のセクシー藤沢ねー。」
「何?噂って。何があったの?」
「あれ、首?肩に近いとこ、多分キスマークついてた。」
「うわっ!さらにえっろ!」
「えっ?さらにって何?」
「見たかったー!言ってよ!」
「さすがに朝からそんなの言えんでしょ。
冬だしー。虫さされとかないし。」
「奥さんかなー。牽制だよねーやっぱり。」
「なんか国内組楽しそうじゃん!あたしも国内にすれば良かったー!後で全部教えてよね。」
「海外来週でしょ?そっちも美味しい話、待ってるからね。もちろんお土産もー。」

「どしたの?かえで、ニヤニヤして、顔赤いー。」
「あ、いや、、えっと、想像したらちょっと。」
「想像したのー?やらしー。」
「でもわかるー!
係長ってどんなえっちするんだろう。」
「ちょっと!そんなこと想像してないから!昼間からやめてよ!」
「はい!めちゃめちゃ優しそう。優し過ぎて物足りないかも。」
「甘えてきそう。あー、おっぱいとか好きそう。」
「いや、意外にドSかもよ?」
「ちょっ、もう!やめてやめて!午後から一緒に仕事できなくなるじゃない!」
「かえでかわいー。じゃあ、お耳塞いどきましょうねー。」


もーやだ。
本当に絶対に寿命3年くらい縮んだ。
まさか帰ってからも係長の話が出るなんて…
それに、思い出したら、身体が疼いてしまうのに。


「誰も手出さないって。あれ。」
「出せないよ。あれだけ家族大事アピールされてたらね。」
「でも、ちょっと燃えない?どうやったら落とせるかって。」
「やだ、あんた怖い女だねー。」
「いやいや、うちら、アラサーですし、そんな望みのない男に時間使ってる余裕なし!」
「たしかに!おっしゃる通り!次、合コン予定ないのー?」
「あ、そういえば税務署の知り合いから声かけられてるけど、どう?」




あの日、苗ちゃんから送られてきた写真。
熱愛発覚!って、週刊誌みたいなフレームで加工してある藤沢係長とのツーショット。

私が私じゃない。
こんなに幸せそうな顔してる。
係長も笑ってる。

苗ちゃん、何か気づいただろうか。
知らない人が見たら、普通に付き合っている親密な男女の写真だ。
こんなに幸せそうな写真なのに、見てて泣きそうになるのはなんでだろう。
こんなに幸せそうな写真なのに、この幸せは許されない。

 望みのない男

 無駄な時間

そんな一般論、初めからわかりきった話だ。

それでも、
私だけでいい。
ギャップのあるオフの姿も。
あの、キスマーク所有印は誰がつけたものかってことも。
同じ場所に所有印キスマークを貰ってるのは私だってことも。
そして、私の内腿にお仕置きと称された散らばる紅があることも。
見た目には想像つかない、激しいセックスをすることも。

2人だけが知ってればいいから。
まやかしの幸せだったとしても、2人が幸せだと感じていれば、それでいいから。
大丈夫。
それでいい。



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