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2度目の別れは約束と共に
また、あいたい
しおりを挟むもう会わないなんて言わないで。
この日が最後かもしれなくても、またねって言って欲しい。
ーーーーーside Nagisa Miyazato
カーテンを閉めていなかった窓から朝日が入り、白いシーツに反射する。
目を瞑っていても感じる朝の光に、覚醒する意識。
一瞬、ここがどこだったかと思うと同時に、私の隣で動く肌色と熱を感じる。
わたしの隣にいるのは、
神戸支店の営業課 高宮 雅季さん。
10年前にあきらめた、その人だ。
「おはよ。」
「…おはよ。なんか照れるね。」
パチっと目が合って、そのまま、ギュッと抱き合う。
「…朝起きて目の前にもりなぎがいるなんて、まだ夢見てるみたい。」
寝起きの少し掠れたテノールが耳元で響く。
心地のいい声。
何も纏っていない肌で感じる熱。
ゆっくり、ゆっくり、10年ぶりの想いを告げた、昨日のことを思い出す。
「夢見てるみたいなんて、わたしのセリフだよ。」
「昨日無理させた。体、大丈夫?」
「さすがにまだダルさはあるし、少し下半身が変な感じだけど…大丈夫。」
「ごめん。そうだな。俺もさすがにちんこ痛い。」
「雅季さん、まだ20代でもいけますね…」
ベッドから起き上がる気にならない、この身体の怠さが、昨日の情事の激しさを思い出させる。
途中から記憶がないけれど、なんだか体がさっぱりしてるのは、きっと雅季さんが、拭いてくれたんだろう。
「なぎ、寝てていいよ…俺シャワー浴びてくるから。」
「やだ、だめ。行かないで。」
ベッドから起き上がり、立ち上がろうとした彼の体にしがみつく。
明るいところで見る彼の身体。肩から腕についた筋肉に肩甲骨のライン…
昔から好きだったけど、やっぱり好きすぎる。
この体に抱かれたのだと思うと、朝から刺激が強い…
「嬉しいけどだーめ。
俺、寝起きのなぎなんて見てたらまだ全然できちゃうから。さすがになぎ、死んじゃうでしょ?
それに、一度自分のホテルに戻るよ。
着替えて…帰らなきゃ。」
「…そ、だね。」
急に思い知らされる現実。
私たちは決して世間一般的にいう、幸せなカップルではない。
優先すべきものが、他にある。
額にキスをして、ベッドから出て行く彼。
口へのキスはしてくれなかったけど、
昨日の夜から、彼はわたしのことを〝なぎ〟と呼ぶ。なんかくすぐったい。
彼の温もりが残るシーツにくるまり、彼のシャワーを浴びる音を聞いて、また少し眠った。
あの後、私も軽くシャワーを浴びて、とりあえずホテルのバスローブをはおる。
それに対して、ソファに座ってる雅季さんは、もう、スーツ姿だ。
やっぱりかっこいい…
「わたし、香水は使ってないけど、一応、スーツは消臭スプレーしておきました。
下着とか靴下とか、髪の毛、、気をつけて…」
「さんきゅな。
ところでお前、その格好で外出るんじゃないぞ。
襲われるぞ。」
「そんなことしませんよ!ちょうどいい着替えがなくて…今だけです!!」
はだけた胸元をかき合わせて、雅季さんのお腹をパンチする。
そのパンチを軽く受け止めながら雅季さんが笑う。
そんなの、昔みたいだなって、懐かしく思う。
「俺、しばらくセックス出来ないかも。全部お前に重ねそう…いや、バックならいけるか?」
「ダメだよ。バレちゃうよ。奥さん、優しくしてあげて?」
「大丈夫、今しばらくレスだから。」
「…欲求不満だったのは本当だったんですね。だからあんなにサルみたいに…」
「お前が言うなよ。」
「うちは仲良し夫婦なんで、大丈夫ですぅー。
でも、1週間ぐらいは、遠慮しちゃうかも。」
「1週間ぐらいって…短っ。お前、俺に遠慮しろよ。」
「あれ?嫉妬してる?」
「してるよ。
1週間後には、俺の抱いた体を他の男が抱くんだ。あの姿を誰かに見せるなんて、なんかやだ。」
自分にも奥さんがいるのに。
夫が散々抱いた私のカラダにやきもちを焼く彼。
こんなにかわいい人だったんだ。
10年前に見えなかった部分。わたしばっかりやきもちを焼いてたあの頃。
奥さんの話をする彼や、新しいネクタイを身につけてきた時とか、嫉妬に狂いそうなところをじっと耐えてた。
こんな気持ち私だけだと思ってた。嬉しい。
「かーわーいーいー。」
高宮さんの背中にドーンと抱きつき、彼の匂いを吸い込む。
濡れた髪の毛の滴で上着が少し濡れちゃったけど、もう気にしない。乾いたら消えてしまうけど、わたしの痕跡だ。
「お前のその夜と日中とのギャップ、信じられない。
昨日の乱れに乱れたエロエロで素直なもりなぎはどこいったんだよ…」
両手で顔を覆い、泣きまねをする彼。
「あれは、高宮さん限定です…
また、次の機会にお見せしますよ。」
そう、頭をグリグリ背中に押し付ける。
愛おしい、愛おしい、
この人がこんなにかわいく思えるなんて、なんなんだろう。
「もうやだ。
お前、俺以外の男の前に出るの禁止。」
「高宮さんに命令されるのとかなんかおかしい。」
「なぎ。」
はい、って、握った手を出す彼。
ん?よくわからないけど手を差し出すと置かれるのはきれいに四つ折りにされたメモ。
開くと、ホテルのメモ用紙に
〝また会いたい〟
そう書いてあった。
その下にはメッセージアプリのID。
「昨日、なぎが勇気出して、紙くれたあの時、
俺、すっげー嬉しかったの。
ありがとう。
結婚してからこんな気持ちになったことなくて、正直どうしたらいいかわからないんだけど、
俺も今、後悔したくない。と思った。
もちろん、なぎの気持ちもあるから、無理なら捨てて…」
わたしはそこまで聞いてテーブルにかけ寄りペンを握った。
そしてもらったメモの下半分をちぎり、それを彼の手のひらに押し付けた。
「捨てないっ!
わたしも嬉しかったの。」
〝話がしたい〟
改めて書いたその言葉と、同じアプリID。
今度はしっかりとした字で、はっきり書いた。
「わたしもまた、高宮さんに会いたいです。
もう、後悔なんてしたくないです。」
「……1年後のさ、この11月に、お互い思い出すことができたら連絡しよう。
それまでお互いに家族をしっかり大事にして、1年に1回だけお互い思い出そう。
来年難しければまた来年、また来年って。
もちろんもりなぎが不必要になれば、連絡先ブロックして。」
「10年経っての再会だったんです。1年後なんてあっという間ですよ。」
「じゃ。もう、行かなきゃ。」
「じゃあ、ね。ありがとう。
また高宮さんに会うことができて、本当に嬉しかったです。」
「俺も。
夢みたいな2日間だったよ。」
大きな手を差し出す彼。
それを握る私。
「ね、最後…呼んでくれる?名前。」
「雅季さん…雅季さん、元気でね。」
「ありがとう、なぎさ。そっちも、元気で。」
握った手が離れる。
そのまま振り返ることなく、彼は部屋を出ていった。
1人部屋に残されたわたしは、ぐるりと部屋を見渡す。
乱れたベッドも、
ティッシュやらなんやらでいっぱいのゴミ箱も、
手とかいろんな跡がついた窓ガラスも、絨毯も…
昨日、あんなに愛し合った高宮さんの痕跡は、もう、ない。
2度目の別れもあまりにもあっけなくて、全部幻だったのかと感じてしまうけど、
身体のダルさと、少し赤くなった手首の跡、半分になったメモに書かれたクセのある高宮さんの字。
幻でも嘘でもない。現実だ。
仕事も家庭も全て順調にいってる。
夫にもなんの不満もない。
それなのに、まさか自分がこうなるなんて思わなかった。
昨日、彼の姿を見つけてから丸1日も経ってない。
思いもよらなかった再会がまさかの〝不倫〟
私たちはただお互いを求めあっただけ。
ただの男と女として、お互いに好意を持ち、抱き合った。
愛し愛されている旦那様がいるのに、なんで他の人とそういう関係になるのかさっぱりわからなかった。友達の話を聞いても、ドラマを見ても、理解ができなかったけど、
ただ、今の私たちがそうなんだって、すんなり心に落ちる。
でもやっぱり、なんでこうなったのか、理解することはできない。
理屈じゃない。
こうだからこうなったんじゃなく、10年前に出会った時から、私があなたに恋をした時から、私とあなたは惹かれ合う運命だったんだ。
付き合いたいとか、結婚したいとかそういうのじゃなくて、
私は高宮さんのことが好き。
高宮さんは私のことを大切に思ってる。
一方通行のその想いが交差した時に、引かれ合う。ただそれだけで、その一瞬がとても幸せと思える。
彼は約束をくれた。
1年後、どうなってるかなんてわからない。
それでも、今の自分はその約束があるから2度目の別れを受け入れることができた。
もう、あの時みたいな後悔はしたくない。
なにもできなかった自分に後悔し続けた日々。
もっと早く出会っていれば、再会をしていればなんて、そんなことは思わない。今の自分だから次の約束ができる再会が果たせたのだと思いたい。
ーーーーーside Masaki Takamiya
ホテルを出て、一歩。
人通りのない、街の香りを吸い込む。
11月の早朝、冷たい空気と朝靄に、少し肺が痛む。
あまりの寒さにポケットに手を入れると、何かに触れる。取り出してみるとそれはブルー。
昨日、彼女の腕を縛り、涙や唾液で濡れた、しわくちゃになった深いブルーのネクタイ。
さっきまでが現実であった証拠だ。
さすがにもう、使えないかな。
10年前のバレンタインにもりなぎからもらったマグカップ。あの深いブルーがとても気に入って、同じような深いブルーだった、少し値の張るブランド物のネクタイを自分で買った。
プレゼントですか?と聞かれて、なぜか気恥ずかしく、そうですと答えたのは墓まで持っていく案件だ。
クリーニングに出せば全然使えるけど、このネクタイを見るたびに昨日の夜を思い出して体を熱くしてしまう。
そっとネクタイにキスをして、再びポケットにいれた。
さて、このネクタイどうやって隠そうか。
それより彼女と顔を合わせてしまっている後輩がめんどくさそうだな。
明日会社で会ったら、昼飯でもおごっておこう。
俺とこうなったことより、また会いたいと言えないことを後悔と言った彼女。
俺も再び出会い、約束をしたことに後悔はない。
もし、10年前のあの時、彼女の気持ちに気づいて、彼女と体の関係があったのなら。
もしあの時、自分の気持ちにも気づいて、今の妻と結婚をしていなかったら。
今の人生の中で、ifもしもということはたくさんあるが、この選択肢には間違いはなかったと思いたい。今までの人生を歩んでいた俺たちだから、出逢い、引かれあい、ここまでにお互いを求めたのだと。
彼女のいるホテルを背に、駅に向かって歩き出す。
駅前のホテルに戻ったらもう一度シャワーを浴びよう。彼女と同じシャンプーの香りは、1年後と言った俺の心を早速、乱してしまうから。
1年後、俺たちはどうなってるんだろう。
お互いのことなんか、思い出すことなく、日常を送るのだろうか。
でもきっと、季節が巡り、また、秋がくると思い出すのだろう。
絶対だ。
ーーーーーfin.
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