【完結*R-18】あいたいひと。

瑛瑠

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ここではないどこかで話をしよう

現実と欲求の狭間

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ーーーーーside  Woman



「あれ、この部屋…」

部屋に足を踏み入れた彼が、そう呟く。

昔来たことがあるんだろうかと、心がチクッとするのを感じながら、彼の方を見る。

「もしかして、誰か、一緒だったりするの?」

彼は、目線を下に向けながら、そう言った。

なんでそんなこと聞くんだろう。と、
彼の目線が私の手に向いているのに気づいた。
ハッとして、左手を隠す。

「いや、違うくてっ!
わたし、1人です!誰もいません!」

確かに、大きな窓、部屋も広くて大きなベッドのあるこの部屋は、結婚式に参加するためにちょっと泊まるには贅沢な部屋だ。


「違うんです!
別に誰かとそういうつもりだったとかじゃなくて、
わたし、ホテル好きで、
せっかくいいホテルだから、いい部屋泊まりたくて、平日で、クーポンもあって、だからっ…!」

そう慌てて弁明する。
旅先で男を引っ掛ける、ふしだらな女に思われたかもしれない。

「ごめんごめん!そんなこと思ってないよ。」

近づいてきて、また、彼はわたしの頭をポンポンと、撫でた。
安心する大きな手。

「明日は?」
「明日は、観光して、夕方帰る予定、です。」

「わかった。
ずっとずっと、話をしよう。朝になるまで話をしよう。」


そういって、彼はベッドの反対側にある、ソファに座った。




「で、今日は?お前の後輩なんでこっちにいるの?」

話は今日の結婚式だ。

「うん、彼女が新入社員で入って、わたしがずっと教育係だったんですよ。
3年くらいで辞めちゃったんですけど、
なんか招待されちゃって。」

そう会話をしながら、鏡の前でネックレス、ピアス、ヘアアクセサリーを外す。
鏡越しに彼が見える。
さっきまでどうしようと緊張してたけど、
よかった。普通に話せてる。

「お前面倒見よかったもんなー。
俺らの間でもお前の評価高かったんだぜ。」
「そーなの?
知らなかった。嬉しいなー。」

そう言って立ち上がって、彼のジャケットをもらい、ハンガーにかける。
ふわりとする彼の匂いが、さっきの抱擁を思い出させて、再び体を熱くする。

「わたし、高宮さんのスーツ姿、好きでしたよ。
そんな感じのスリーピース。よく着てましたよね。わたし、ベストフェチなんで。」
「〝好きだった〟って過去形?今もでしょ?」

いたずらっぽく、彼が笑う。



「………そういえば、今、名前、なんていうの?」

少しの沈黙の間、遠慮がちに、そう、言った。
無意識に互いに避けてた話題。


「あ、、、
みやざとです。宮里なぎさになりました。」
「みやざとなぎさ…
みやなぎ?」

前の愛称みたいに呼ぶ。

「なんか違う…前みたいに呼んでください。
『もりなぎ』って…
結局、高宮さんしか呼ばなかったじゃないですか。全く浸透しませんでしたよ。」
「あはははっ。だろうな。」

本当は嬉しかった。
あなたしか呼ばない私の名前があったこと。他の人には誰にも呼んで欲しくなかったことは絶対内緒。


「それにしても、俺ら〝宮〟つながりだな。
みやみやだな。」
「夫が、なぜか結婚する前から、女の子が生まれたら〝みやび〟って名前をつけたいって言ってるんです。
本当に女の子生まれたら、本物のみやみやですね。」

そうつい、口に出してしまって、間違えたと思ったのは真顔になってる彼の顔を見たから。
沈黙が2人を包む。


「…ごめん。やめよう、この話。」

彼が静かに言って、また、2人のあいだに沈黙が流れる。
そして彼は立ち上がり、俯く私のそばに近づく。

「…ごめん、ごめん。今ならまだ間に合う、から。」


私から話したことなのに。
私が夫の話したから、夫のこと思い出して後悔してるんじゃないかって、そう思ったんですよね。
昔から変なとこで優しくて敏感なんだから。

私は、手を伸ばし、目の前の彼の胸に、顔を埋めた。

「や、です。嫌。
ごめんなさい。そんなこと、言わないで。
わたしは、もう、間に合わないです…」


彼の手が、私の頭をゆっくり撫でて、そのまま背中に回された腕が、ぎゅっと強くなって、
そして離れて、
顔をあげた。

「俺もさ、お前もさ、きっと、今欲求不満なんだよ。そう、きっとそう。」

そんな理由がなければ、私たちは今ここにいないはず。ただ欲求不満だったからしょうがない。都合のいい、安い言い訳になる。

「なにそれ、変な言い訳ですね」、って、
「でもそうかもしれませんね」って、
ぷっと笑って、
また、彼の胸に顔を埋める。
背の高い彼にすっぽりと包まれる。


トク、トク、トク、トク、
彼の心臓の鼓動が聞こえる。


「あれ?
高宮さん、ちょっと、心臓速くないですか?」
「え、そこ聞いちゃうの?
ひどいな。緊張してんだよ。
どうせお前もドキドキしてんだろ?」
「あ、やめてくださいね。
おんなじことしたらセクハラですよ。」
「セクハラって都合いい言葉だな。
お前、後で会社に俺のこと訴えるんじゃないぞ。」
「あ、それもいいですね。」

そんな軽口を叩きながら、突然、
彼が私を抱え上げた。

「うわっ!なにするんですか??」

足をバタつかせながら抵抗するものの、
そのままベッドに連れてかれて、ポテっと置かれる。
お気に入りのブルーのハイヒールが、絨毯の上にひとつ、ふたつ、落ちる。

膝立ちで立ってる私の前に彼が立つ。
「お前ちっこいから、こっちのが体勢楽かなって。」

そういうと、おもむろに、私の首元に、顔を埋めた。

「ひゃっ!!」

「首で脈拍測れるの知ってる?」
「知ってますけど…」

何がしたいのかさっぱり…
と、

ぬめっとした温かい感触を首に感じた。
高宮さんの舌だ________

「お前も大概じゃん。絶対俺より早い。」
熱い吐息を首元に吐き出しながら、低い声が首を震わす。

「やめっ、は、あっ、やだぁ、
そこでしゃべんないで……っっんん!」

もう脈なんて測ってない。
私の首やのどをカプカプ甘噛みしつつ、時折舌を這わす。

「わたしっ、わたし首ダメなのっ、
弱いの、くすぐった…っ。だめっ、、」
「きもちいいのまちがいだろ?」
今度は耳元でささやく。

「あっ!」
体の力が抜けるのを、高宮さんが片手で支える。

「知ってるよ。昔から気付いてたよ。
今までは確かめられなかったけど、今日はいいだろ?」
「きょ、うも、ダメ、ですっっ!」

ロビーの時、耳元で待っててって言ったのも、
ラウンジの首のキスもわざとだ…
ずるい、最初から…


確かに、耳元、首元は私の弱点かもしれない。でも、ここまで、私をだめにしちゃうのは、彼の声のせい。
高宮さんのテノールは私の全神経を震わせる。聞こえるだけで、カラダがよろこんじゃうんだよ。
それ、知らないでしょ?



静かな部屋に、私の口から我慢できずに漏れ出る声と、ぴちゃぴちゃという水音が響く。

身体は全身快感に侵されてて、思考も朦朧としてる状態。
怖いのは私たちは、両方、まだ服を身にまとった状態で、首へのキス以外していないということ。

お互いに求め合ってるのに、最後の扉を開けきれない。
ただ、その扉の鍵は細い糸で結ばれているだけの、とても脆いもの。

ちょっと力の加減を間違えたら、一瞬でこの扉は開いてしまう。
そして、そうなった時、自分がどうなってしまうのか、、扉の向こうから帰ってこれるのか、分からない。



間違いないのは私は夫のことが大好きなこと。
高宮さんの家庭を壊してまで、どうこうなりたいなんてこと、考えてもない。

ただただ、また彼に会いたかっただけで、目の前に彼がいる。
私の目の前に彼がいて私を見てる。
それがすべて。
あの頃、叶わなかったこと。
あの頃、夢にまで見た、今、この時。

後から考えればなんの理由にも言い訳にもならないけど、この時の私たちは、どうかしてたんだ。



そのまま、2人して足を床に投げ出したままベッドに横たわる。

なんの因果か、ベッドカバーは、わたしのドレスと彼のネクタイと同じ深いブルー。

神様の仕業ですか?
都合の良い時だけ現れる神様は、何も答えてくれない。
披露宴で見た、幸せの白や、赤ではないことにとりあえず安堵する。


ひたすら首に顔を埋める高宮さんと、
私は彼の頭や、背中を、存在を確かめるように抱きしめた。


どのくらいそうしてただろうか。
彼のくちびるがそっと下におりて、彼の手が
私の胸に触れる__________

「あっ!
だめっ!!」

反射的にベッドから起き上がって、
私は窓の方に逃げた。

「あ、ごめっ、
でも、わたし…」

今更、私の何がストップさせたの?
もう、どうなってもいいと思ってたところで、
つい、彼の手を跳ね除けてしまった。
思わせぶりな行動をして、部屋にまで連れてきて、拒否して。
傷つけてしまったかもしれない。

私と彼の視線が交差する。
ベッドに座って、こっちをじっと見ながら、
彼は一言だけ発した。



「ぬいで」



彼は、真面目な顔して、確かに、
〝服を脱げ〟と、そう、私に言ったんだ。
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