【完結保証】葡萄牙の大うつけ~金平糖で何が悪い~

キリン

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【第一部】第一章 憤怒の黒炎

一番難しい大前提

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全員が、その場で唖然としたことだろう。
理由はこの少女、アキレウスの言動。
自分達が目が女の声に助けられたのは、女一人を殺すため。
そう、たった一人を殺すために、ギリシャの大英雄や尾張の大うつけは此処に呼ばれたのだ。
前に、ナポレオンは推測を口にした。
自分達が此処に来たのは、世界規模の災害や大戦を正しい歴史へと導くため、と。
だが、嗚呼!。
なんという事か!、これは!。
その女、妻木煕子には!、世界規模の災害や大戦に匹敵する脅威を秘めているということになる!。
「なんで俺たちがそいつのいる日本じゃなくて、遠く離れたポルトガルにいるか、この理由が一番俺はショックだったよ」
アキレウスは座ったまま、言いにくそうに言った。
「勝てないからだよ、俺たちが」
「⁉」
「そんなバカな!」
「バナナ!」
アメリアはふざけたナポレオンにそこら辺に落ちていたハンマーを投げつけ、アキレウスの話を聞く。
「これは異常だ」
断言するかのように、アキレウスは猫背になる。
「本来なら女一人ぐらい、俺一人でも殺せる、それが織田信長やジャンヌ・ダルク、ナポレオン、アメリア・イアハート、これだけの実戦経験がある人材をプラスしても、だ」
要するに、アキレウスはこう言いたいわけだ。
俺たち全員が束になっても、妻木煕子には勝てない。
負けてしまう、と。
「ああ、悔しいよ、これでもギリシャ最強の看板掲げてんだ、母親にも父親にも向ける顔がねぇ」
吐き捨てるように首を回したアキレウスの表情は、自分の無力さに打ちのめされている子供のような表情だった。
「・・・・・・・・何で、ですか?」
信長の背中にタオルを押し付けているアメリアが、震える声で言う。
思わず声を出して、ナポレオンがアメリアの方を見る。
「何で、ギリシャ最強の英雄ですら勝てない化け物と、私が戦わなくちゃいけないんですか?」
タオルを握る拳に力が入り、信長の背中に水が落ちる。
途端に全員の顔が険しくなり、威圧的な視線がアメリアに向けられる。
「私は・・・・・ただの可愛い女の子なんですよ?」
「アメリア」
ため息交じりの信長の声が、アメリアの声を遮った。
「・・・・えっとな、うん」
頭をぼりぼりと搔きながら、信長は言いにくそうに口を開く。
「お主だけじゃないからな、そう思ってるのは」
そう言って、信長は立ち上がり、横に掛けてあった自分の着物に袖を通した。
冷え切った体に温もりが取り戻せて心地よいのか、信長は明るい声でアキレウスの方を見た。
それからドアのある方向に指を指し、呆れ笑いのまま言う。
「ほれ、お主の鎧は向こうの部屋じゃ、そんな格好してると風邪をひくからな」
二ィ、口の端を吊り上げた信長だったが、アキレウスがソファーから立ち上がる様子はない。
何か言いたいことがありそうな目で信長に視線を向け、髪先をいじる。
「・・・・・尾張の大うつけサマは優しいんだな、あんたが止めなきゃ殺してたよ」
その少女の言葉一つ一つが、己の身が押し潰されるほどの力を持っていた。
何か特別なことをした訳ではない、自らの神母から授かった権能を使ったわけでもない。
ただ、唇を震わせ、表情筋を動かしただけ。
大英雄である彼女は、たったそれだけでも勝利することができる存在だ。
「当たり前じゃ、儂は織田信長じゃからな」
だが、それは相手が格下だった時か、よっぽどの腰抜けだった時の話だ。
一切の怯み、怯えを見せない信長を、アキレウスは凝視する。
信長も同じことをした、ただただ真っすぐ、逸らさず、見続けた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
互いに沈黙が続いた。
その沈黙は穏やかで、手を出せば瞬時に絶命するような、そんな危険を併せ持っていた。
低い姿勢からの睨みと、高い姿勢からの睨みが平静を生む。
はぁ、と、睨み合う中でアキレウスが頭を抱えた。
それから少しだけ笑い、見上げる形で信長を見る。
「・・・・・・あんた、ほんっっとに優しいんだな」
ははは、と、愉快そうに笑ってからキレイに立ち上がり、先ほど信長が指を指したドアへと歩いて行った。
アキレウスはドアの前に立ち、ドアノブに手を触れた。
「あ、そうそう」
忘れ物をしたような声を出し、アキレウスはナポレオンを指さした。
いきなり指名されたナポレオンは思わず背筋を整え、直立した。
「お前が一番軍師っぽいからさ言うんだけどよー」
頭をぼりぼりと掻きながら、アキレウスは片目を閉じた。
「な、何かな?、僕は別に戦力には・・・・・・」
「嫌そうじゃなくて、んー、なんつーかさ」
腕を組み、アキレウスは両手を広げてこう言った。
「妻木煕子討伐、これには俺たちだけの力じゃどうにもならない、これは分かってるよな?」
「え?、まあ、うん、いまだに信じられないけど・・・・・・それがどうかしたの?」
「それなんだけどよ、明を潰せばどうにかなるんじゃねーかなって思うんだよ」
そう言って、アキレウスは壁に寄り掛かり、話を始めた。
「いや、だってそうだろ?、俺達が束になっても勝てないような女なんて想像できない」
「でも・・・・・・勝てないって言ったのはアキレウス殿じゃあ・・・・?」
「それは母さんの判断、俺は違う」
一瞬で自分の非を押し倒し、アキレウスは話を続ける。
「仮にあの女がそんだけやばい存在でも、明というデカい戦力を潰しておくことに損はない、逆に注意すべきは明だ、そうだろ?、大うつけ」
アキレウスが目線をナポレオンから信長に移すと、信長の顔は険しかった。
「・・・・・ま、先に倒しておいて損はないじゃろうな」
「うっし、決まりだな、んじゃあ明日作戦会議な~」
アキレウスが壁から背を離し、離れようとしたが。
「待って!、ちょっと待って二人共!」
ナポレオンが大きな声を出し、部屋から出ていこうとするアキレウスを引き留めた。
「簡単に倒すとか言ってるけどさ、相手は明!、武力のみでモノを言わせてきた国だよ!?、二人がどんだけ強いか分からないけどさ、もう少し冷静に・・・・・・・」
「ナポレオン」
唐突に話しかけられたナポレオンは、吃驚した様子で信長の方を見た。
こちらを凝視するナポレオンに、信長は笑いながら言った。
「別に本当の意味で潰すわけじゃない、まずは話し合って、ダメだったらそうするだけじゃ」
ナポレオンを見るその目は、たぶんアメリア以外誰も見たことが無い目だろう。
それを今ここで言葉にするのは、とてもじゃないが勿体ないので言わないが、とにかく何とも言えない目だった。
その目を見たナポレオンは、何かを言おうとしたが。
「・・・・・・・・分かった、あんまり面倒ごとは起こさないでね」
そう言って、その場に座り込んだ。
それを見た信長は、視線をアキレウスに移した。
「可能な限り和解をする、そういう事でいいか?」
「ああ、別に俺はどうとでも、だが目的は忘れるなよ大うつけ」
「当たり前じゃ」
そう言って、信長は少しだけ、少しだけ後ろを向いた。
殺気から何もしゃべらず、うずくまっている少女に。
「・・・・・儂は、信長じゃからな」
目を閉じ、歯を噛みしめる。
アキレウスはそれに対し何も言わず、外を見るだけだった。
「俺は着替えて寝るよ、それとアメリアちゃん、このパーカーありがとな」
そう言って、アキレウスはパーカーを脱ぎ、アメリアの目の前に投げた後ドアの向こう側へ行った。
「・・・・・・・・」
儂は、信長じゃからな。
自分が口にしたその言葉が、自分の心を焼く。
ついちょっと前の自分のように。
「・・・・・・アメリア」
でも。
もう、あんな姿を見せたくはない。
「別にそんな顔するな、お主が戦うわけでもなかろう」
もう自分の中の魔王を、出したくない。
一番嫌いな自分を、出したくない。
だから。

「心配するな、なぁに、儂は織田信長じゃ!」

自分を、御する。
一番嫌いな自分を、何物でもない自分で押さえる。
それが出来ていたら、あの時どうなっていたんだろうという心を抑えながら。
なぜなら自分で自分を抑えるというのは、人間が人として生きていく中で、一番守らなければいけないことで。

生きていく上で、一番難しい事なのだから。

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