【完結保証】葡萄牙の大うつけ~金平糖で何が悪い~

キリン

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【第一部】プロローグ

本能寺から葡萄牙へ

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「動くな!一歩でも動いたらどうなるか分かってるよな⁉」

 儂の意識は殺意に満ちた怒鳴り声で目覚めた。
 別にそれ自体が不快なわけではない、起きたら殺されかけていることなどよくある事だ、儂が不愉快なのは心地よい眠りを妨げられたことだ。
 瞼を覆う目くそを取ろうとしたところで、自分が縛られている事が分かった。
 なんで自分が縛られているのか、寝ぼけていて分からなかったが冷静に状況を見ればとんでもないことになっていた。
 まず四方八方から向けられる銃口、自分達が使っていた火縄銃よりかっこいいのが癪に障る。
 それから美しい建物、白と黒と木の優しい色が織りなす城とは違い、所々赤や黄色などの派手な色が使われている。
 こいつらもそうだ、黒い長い帽子に赤と白と黒の変な服を着ている、鎧にしてはかっこよく、本音を言うと羨ましいことこの上なし。
 それからどうでもいいことだが、腰にはご丁寧に日本刀が収められてあった。
以上、今の儂が置かれている状況。

 ・・・・・・・・・・・・・・何これ。

(いや待て、待て待て待て待たぬかオイ、落ち着けッ!?如何にうつけ
 た場で在ろうと冷静さを保つのだ儂よ!)

思考を放棄するかしないかで迷った末に儂は天才的な頭脳(自称)をフル回転させ・・・・・ってかそんなことよりぐいぐい押し付けられる銃口が冷たい!
 ・・・・・・・・・ん?
「冷たい」?
 何故、「冷たい」?
 そんなはずはない、確か自分は燃え盛る・・・・・

「ッッ!本能寺!?」

周囲の銃口が震え、兵士の殺意がぐさぐさと刺さるが、そんな事は関係ない。
 思い出した。
 自分は少し前まで、燃え盛る本能寺にいたのだ。
 何故か、明智のクソ野郎にハメられたのだ。
んで、それで背中にある愛刀で自害しようとして。
 なんかすんごいムカつく女の声が聞こえて。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・なんかここにいる。

「・・・・・あー」

 さっっぱり分からん。

 とりあえず自分に銃口ぐいぐい押し付けてくる男の方をぐるりと向いて、「ちょっといいかな?」的なウィンクをする。
 何故か相手はそれを見て口元を抑えたが、不快なのでとりあえず隣の奴に
 尋ねた。

「おっほん、あーそこのお主、褒美をやるから教えろ、ここがどこだか分かるか?」

「黙れ!それ以上喋ると撃つぞ!」

 相当お怒りの銃兵は儂の眉間に銃口を向け、引き金に指を掛ける。
 向けられた銃口を上目遣いで見ながら、儂は目を閉じてため息をつく。
 それから目を開け、一言告げる。

「・・・・・・なら、撃ってみるがいい」

「はぁ⁉、貴様何を・・・・」

 銃兵の怒りの声が鳴り響くが、途中で静かになる。
 別に、縛られた男が何かをしたわけではない。

 ただ、睨む。
 圧倒的な気迫と剣幕を以て、銃兵を威圧する。

 地に座り込む銃兵は、後ずさりしながら自分を睨む男を指さす。

「撃てるものなら撃ってみろ、ほれ、縛られている儂は何もできんぞ?」

 銃兵の一人が思わず腰を抜かした、他の銃兵が横目でそいつの表情を見る。
 その表情は今にも泣きそうで、恐怖で支配されていた。

 恐怖が移った銃兵たちは一斉に銃を構え、四方八方から銃口を突き付ける。
 まるで弱い獣が恐怖を紛らわすために、形だけの威圧をしているような感じだった。

 それも全員共通、たった一人の男に対する恐怖で、だ。

「・・・・・・ふん、ここまでか」

 胡坐を掻いた男は突き付けられた銃口になど目もくれず、自分の周りに広がる街々を、今一度見る。

 自分を見て怯えてはいるが、平和そうに暮らしている人々。
 整った民家の上に広がる色とりどりの屋根。
 広がる木々、雄大なる空。
 戦など、考えもしない。

「どこだか知らんが、お主らはいい場所に生まれてきたようじゃな」

 満足そうな顔をしながら、男は口の端を吊り上げる。
 そう、笑う。

「我が人生、終焉は炎に在らず人に在り、いやあなんともいい死に方!褒めて遣わす!」

 引き金に掛けた指に力が入る。
 力が入った指は引き金を引き、銃の中の火薬に火が付く。
 筒に詰められた弾が爆発により飛び出る。

 そしてーーーーーーー。





 白い柱に体重を預けた女がジロ見してくる中、男は飲み干したカップを握り、再び少し先にあるティーポットの元へ行く。 

 トトトト、芸術そのものとも言える小さなカップに、可愛らしい音を立ててコーヒーが注がれる。

 湯気の立つティーカップを片手に持ち、男は小綺麗なソファーにまた座り込む。

 そしてテーブルに山積みになっている砂糖菓子を一つ、口の中に入れコーヒーと一緒に飲み込む。

 かれこれこの行動を6回は繰り替えしているだろう、そろそろポットの中のコーヒーが底をついてもおかしくはない。

「美味い物だね、何だっけこの甘いの?」

 ボリボリと口に菓子を放り投げ、コーヒーを啜りながら、男は行儀悪く足を組む。

 女は目を細め、行儀悪く菓子を頬張る男に言う。

「金平糖よ、行儀も頭も悪いようねあなたは」

 自分の長く綺麗な髪を人差し指で弄びながら、女はまたティーカップに手を添える男を軽蔑的な目で見る。

 幸せそうな顔でコーヒーを啜りながら、男は女の方を向く。

「いいじゃないか、頭が悪くても死ぬわけじゃない、ちょっと人生苦労するだけさ」

 君もどうだい?そう言って金平糖を差し出す男の手を、女は片手で止める。

「私は要らないわ、甘いの、あまり好きじゃないの」

 差し出した金平糖を拒絶された男は残念そうに手を引っ込め、横目で女を見ながら金平糖を口に運んだ。

 女は口に運ばれる金平糖を目で追い、もう何も無いも同然の皿の上を見ながら皮肉をほざいた。

「そう言うあなたは甘いのがお好きそうね、あんなに山積みだった金平糖、あと4粒しか無いじゃない」

「いや?、別に甘いものが好きって訳じゃないさ」

 小首を傾げる女の表情を満足そうに眺めながら、男は金平糖をまた齧る。

「食べれる時に食べておくのは、僕の辞書を読んでれば分かるはずだけど?」

 男はそう言って、コーヒーを啜る。

 女は体重を預けていた柱から体を離し、男の正面に座り込む。
 金平糖を恨めしそうに見た後、深いため息をつく。

「あなたは元々辞書を出していないし、私はその時代に生きてないわよ」

「それは残念、僕が尊敬する女性に良いとこ見せられると思ったんだけどね」

 男はそう言って、最後の金平糖に手を伸ばす。

 だが男の手が金平糖を掴むことはなく、目の前の女の手が金平糖をかすめ取った。

 男がハッとして顔を上げると、女が金平糖を齧っていた。

「・・・・・・ま、こんなものよね」

 つまらなそうに砂糖の塊を飲み込み、呆然とする男の方を見る。

「一つ言っておくわ、未来のフランス皇帝陛下」

 足を組み、笑う。

 その冷静さからは、想像もできないほどの邪悪さを込めて。

「救国の聖女はもういない、だから私を敬うのはおやめなさい」

 そう言って、女は立ち上がった。

「それが、同じ国で血を流し戦った者への警告です」

 そのまま女は小奇麗なドアノブを開け、廊下へと出て入った。

 一人残された男は、ガチャリと閉まるドアを力なく見つめていた。

 それからコーヒーを飲み干し、また注ぎに行く。

 トトトト、誰もいない部屋にもう何度目か分からないその音が流れる。
 目当ての物を手に入れた男はまたソファーに座り、それを飲む。
 カチャ、まだ中身が入っているコーヒーカップを皿の上に置き、ため息をつく。

 口の中が甘ったるい。

 コーヒーを啜っても歯の間に詰まっているため、取れない。

「・・・・・・・・・君はいいね、アメリア」

 背もたれに寄り掛かり、天井を見る。
 横を見ると、そこには大空が広がっていた。

「きっと楽しいんだろうね、僕も飛べばよかった」
 両手で顔を抑え、男はため息をつく。

 口の中が、しつこいぐらいに甘ったるい。
 まるで、人間の欲のようだ。









 銃声は、確かに鳴った。
 乾いた音が鳴り、確かに肉を貫いた。
 しかし、銃弾は儂の体を貫いてはいない。

「勝手に死なれては困ります、あなたはバカなんですか?」

 透明な少女の声が響くと同時に、儂に銃口を向けていた兵士が、倒れた。

 血が地面に水たまりを描き、鼻につく匂いが兵士を戦慄させる。
 他の兵士が銃を向けるが、その前に少女の銃弾が眉間へと突き刺さる。
 全ての兵士が倒れ、縛られた儂は唖然とする。

「まああなたがなら納得は行きます、何せあなたは尾張の大うつけ、つまりは馬鹿なんですから」

 銃口から煙が出ている銃を、少女は首から掛けているポーチに入れる。
 よく見ると、綺麗な女の子だった。

 白いシャツの上に赤色のパーカー、下には赤に金色の刺繍が施されたスカートに、膝まである白くきれいな靴下、その下には赤色の靴を履いていた。
 目は透き通った青色で、首にはゴーグルが掛けてあり、金色の髪はうなじにぴたりとくっつくように、ゴムでまとめてあった。

 少女はポーチからナイフを出し、信長の手足を縛る縄を切りながら言う。

「まあ馬鹿でも戦力は戦力、助けて損はありません」
 少女はそう言って、雪のような白い手を差し出した。
「立てますか?」

 信長はハッとして、自分で起き上がる。

「ああ立てる立てる、それにしてもお主、中々肝の座ったおなごじゃな」

「?『キモガスワッタ』とは何ですか?、あなたの国のおまじないか何かですか?」

 不思議そうに尋ねて来る少女に、信長は首を横に振る。

「違う違う、肝が座ったって言うのはな・・・・・あー、なんだろうな」
少し悩んだ末に、信長は自分の事を指差し、大声でこう言った。

「ほれ、儂みたいな男のことを言うのじゃ!」
「そうですか」
「反応薄っす・・・・」

 少女の反応の薄さに信長は少し拍子抜けし、肩をがっくりと落とした。
 ぶつぶつと文句をこぼす信長、それを見た少女は無表情に信長を見つめた。

 信長は少女の視線を感じ取り。

「何だ?、儂の顔に変なモノでもついてるか?」
 
 と尋ねた。

 すると少女は首を横に振り、何気ない様子で信長の後ろの方を指さした。

「いえ、あなたの顔がどうかしたわけではなく、後方に追手が来ていt
 
少女の言葉が紡ぎ終わる前に、信長が少女を抱え、走り始めた。
 
ビュウン!、と、街中を全力疾走する信長は、米俵の如く抱えた少女の尻を叩いた。

「儂を助けた事は褒めてやる、じゃがな!、逃げなかったことは切腹物の大失態じゃ馬鹿モン!」
「切腹の意味は分かりませんが、敵兵の接近を伝えてなかった事は謝罪します」

 余りにもあっさりと謝られたものだから信長はズッコケかけ、体勢を崩しそうになる。

「こなくそっ!」

 だがそこはジャパニーズド根性で持ち堪え、何とか体制を崩さないまま全力疾走した。

 道行く人々を華麗に避けながら、信長は走り続ける。

 これが何ともまあお上手なこと、人を抱えて走ったのは初めてのくせに、道を歩く人々には指一本触れてはいない。
 しかもこの男、自分では意識せずにただ自分の勘と運動神経を頼りにしているだけだ。

 常人なら人を避けようとしてぶつかるか、少女を落っことすとか、そんなことになりかねない。
 にも拘らず、この男は岩の間を流れる水の如く、止まることを知らずに走り抜けていく。

 信長は自分の後方にいる追手を見ながら、米俵のように抱えている少女に尋ねる。

「おい小娘!、名はなんという⁉」
「今は逃げるのが優先されると思いますが、なぜ私の名を?」

 抱えられながら信長の方を向く少女が落ちそうになったので、ヒヤヒヤ
しながら抱え直した信長は半ば怒鳴り散らす形で言った。

「自分の家臣を小娘小娘呼んでる天下人なんて儂は聞いたことがない!、いいからはよう言え!」

 少女は小首を傾げ、落ちかけたゴーグルを片手で押さえながら信長の問いに答えた。

「・・・・・・・私の名前はアメリア・イアハート、世界で初めて空を飛び、そして空で死んだ女です」

 少し歯噛みしたのか、声に何か嫌な感じがした。

「ところで、その「かしん」と言うのは何ですか?」

 信長はまたズッコケかけ、二度目のジャパニーズド根性で持ち堪えた。

「お主は儂を馬鹿にしておるのか!」
「意味を聞いただけですが」
 
 無表情に言われた信長は少女を投げかけたが恩があるのでやめた。

「いいか?、家臣って言うのはえらぁ~い人に仕える者のことを言うのじゃ、儂のような大名の家臣になった者は喜ぶのが普通なのじゃぞ?」

 ここに秀吉がいればなぁ、と、自分の優秀な猿顔の家臣を思い浮かべた信長、今頃あいつらどうしてるんだろうなー。
 ちょっと部下が恋しくなってきた信長だったが、それはフラッシュバックしたアメリアの言葉によって砕かれた。

「ちょっと待て、お主空を飛んだのか?」

 走りながら、ちょっと楽しそうにしているアメリアに聞く。
 少し間を置いて、アメリアは小さな声で言った。

「まあ、はい、飛びました、太平洋を一人で」
「たいへいよう?、何じゃそれ」

 ちょうどよい所にハシゴを見つけた信長は、アメリアを抱えたままハシゴを掴む。

「空を飛ぶかぁ、天下人の儂でも空は飛んだことはなかったなぁ・・・・・・」

 たいへいようってのは分からんがな、と付け加えた信長に対し、アメリアは小さな声でぼそりと言った。

「・・・・・良いことなんてありませんよ」
「んあ?、なんか言ったか?」
「いいえなんでも、それより追手を撒けたようですよ」

 ふぇ?、と、間抜けな声を出した信長が後ろを向くと、そこには銃やら剣やらを持った兵は何処にもいない。

 あと少しで屋根の上に登れるところだった信長は、ほっと一息をついた。

「あーしんどい、ってかお主自分で歩いて欲しいな」
「あなたが勝手に担いだんですよね?」

 あーそう言えばそうだったな畜生め、冗談の通じないアメリアにちょびっとイライラしてきた信長に、アメリアは尋ねる。

「ところで、いつまで登るんですか?、もう逃げる必要も無いですしさっさと降りましょう」
「ん、ああ別に大したことじゃない、ここまで来たんじゃ、この街の景色でも拝もうかと思ってな」

 そう言って信長は屋根の上に登り、アメリアを降ろした。
 ビュウン、と、少し強めの風を片手で遮りながら、信長は目を開けた。

「・・・・・・・・・・・・・おぉ」

 手をだらりと下げ、信長は目の前に広がる世界を見た。
 言葉が出ないほど、美しい世界を。

 そして何より、自分がいた場所では見られなかった世界を。

「・・・・・・・此処は、何処だ?」

 広がる景色が目に焼き付く中、信長は自分の隣で座っているアメリアに聞く。

 アメリアはゆっくりと立ち上がり、信長の問いに答える。

「此処はポルトガル、あなたの国からおよそ10000キロ以上離れた場所にある国です」

「ポルトガル・・・・・・・・・・・」

 アメリアの方を向くことなく、信長はほぼ反射的に。

「良い、国じゃな」

 心の底から、そう言った。

 アメリアはそんな信長の顔が、どうしても気になった。
 だから同じ気持ちになってみようと、同じ方向を向いて、同じ景色を見る。

 地に根を生やし生きる緑、人が作った色とりどりの屋根の色。
 何がそんなにいいのか、正直分からない。

 だが、理解は出来無くても予想はできる。

 信長と同じものを見ながら、アメリアは尋ねた。

「平和とは、そんなに珍しいものですか?」

 信長は答えない。

 ただ、微動だにせず街を見続ける。

 それが返事だと、今は思うことにした。

 たぶん、今日が。

 このうつけ者と呼ばれた男が、始めて平和を見た日なんだと思う。




もしも、だ。
 歴史と言う複雑で繊細な機械があり、それらが正しく回ることで人の歴史が動くのなら。

 それはたった今、狂った。
 本来は役目を終えるはずだった歯車が、まだ動いていることによって。
 たった一人の偉人、その歯車が狂うことで。
 この物語は始まる。

 狂った物語は、始まる。

 これは、もしもの世界。

 もしも、戦国最大の謀反である「本能寺の変」が失敗に終わっていたらの話。

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