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「第六章」イーラの惨劇
「第三十話」《回想》今も尚、疼く傷④
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どれほどの時間が経ったのだろうか。
ソラは目覚めたその瞬間に馬車から転げ落ち、涎を垂らしながら走っていた。かなりの距離を走った、肺が痛い、頭の奥が揺らめいて、目に映る全てが虚像に見えてしまう。
「……あぁ」
立ち止まっている頃には、目の前には屋敷があった。
地面には地獄が広がっていた。結婚式に駆けつけてくれた親戚や貴族、仲の良かった使用人も居た。ぶちまけられた血液は既に凝固しており、かなりの時間が経っていることがわかった。
「……おとうさん」
歩くと、そこには腹に穴が空いた父だったものが横たわっていた。
「…………おかあさん」
敷地に入ると、そこには白目をむいた母だったものが仰向けになっていた。
「………………おにいさん」
残虐、我儘の権化。腕っぷしだけでそれを成していた兄だったそれは、体の一部を吹き飛ばされていた。
「……………………じーく」
入るのが怖かった、でも、止められなかった。
まだ間に合う、まだ間に合うと……そう願う自分が居た。
だって、まだ戦っている。金属音が聞こえる。今ならまだなんとかできるかもしれない。
「ジーク!」
嗚咽を押し殺し、ソラは屋敷の中へと走っていった。──直後、彼女の足元に何かが転がってきた。ゴロゴロと、なにか……サッカーボールぐらいの大きさの。
それを見たくない、見てはいけないと彼女の直感が告げていた。
しかし、運命は現実逃避を許さなかった。
「落とし物でござるよ」
ソラは、闇の中にいる剣士を見た。暗くてよく見えないが、髪が長くて背は小さめ……だが、一つだけわかることがあった。屋敷の中に充満する非道い死臭は、全て奴の仕業だということを。
ソラは、奥にいる剣士の顔を血眼で見つめた。殺されるとか、怖いとかそういう感情はなかった。ただ恨み、憎んで、どんな方法でもいいから、このぐちゃぐちゃな怒りをぶつけなければならないと思ったのだ。
「拙者はアキレス・イア・ダルクリース。ダルクリースの『剣聖』であり、そなたの兄と婚約者を殺した剣士でござる──」
声が途切れて、その剣士は消えていた。魔法なのか、まだ近くにいるのか、一体何が目的だったのか? そんなこと、ソラには何もわからない。──いいや、そんなことはどうでもいい。
「……」
首を傾けると、足元になにかがあった。
それは、人間の頭だった。
ソラはしゃがみ込み、それを抱きかかえる。服に血が滲んでいく、血の匂いが鼻を刺し、そのまま吐き気を呼び寄せる。
「……じぃ、あ、あああっ」
抱きしめたその頭には、既に熱はなかった。
「じぃぃぃくぅぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
嗚咽を漏らしながら、ソラはジークを抱きしめた。
彼は何も言わない、何も感じない、なにもできない。
ソラはその事実に耐えられなかった。腕の中にある愛しき人の生首を抱きかかえながら、己の無力さに気が狂いそうだった。
舌を噛もうか、このままあの人を追いかけようか。
何度も考えた。
何度も、考えて。
『広く、強く笑う君が好きだった』
「……ははっ」
その後を追うことも、今すぐに敵を討つことも許されず。
ソラは、ただ笑うしか無かった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
それが、ジークがソラに残した傷であり、呪いである限り。
ソラは目覚めたその瞬間に馬車から転げ落ち、涎を垂らしながら走っていた。かなりの距離を走った、肺が痛い、頭の奥が揺らめいて、目に映る全てが虚像に見えてしまう。
「……あぁ」
立ち止まっている頃には、目の前には屋敷があった。
地面には地獄が広がっていた。結婚式に駆けつけてくれた親戚や貴族、仲の良かった使用人も居た。ぶちまけられた血液は既に凝固しており、かなりの時間が経っていることがわかった。
「……おとうさん」
歩くと、そこには腹に穴が空いた父だったものが横たわっていた。
「…………おかあさん」
敷地に入ると、そこには白目をむいた母だったものが仰向けになっていた。
「………………おにいさん」
残虐、我儘の権化。腕っぷしだけでそれを成していた兄だったそれは、体の一部を吹き飛ばされていた。
「……………………じーく」
入るのが怖かった、でも、止められなかった。
まだ間に合う、まだ間に合うと……そう願う自分が居た。
だって、まだ戦っている。金属音が聞こえる。今ならまだなんとかできるかもしれない。
「ジーク!」
嗚咽を押し殺し、ソラは屋敷の中へと走っていった。──直後、彼女の足元に何かが転がってきた。ゴロゴロと、なにか……サッカーボールぐらいの大きさの。
それを見たくない、見てはいけないと彼女の直感が告げていた。
しかし、運命は現実逃避を許さなかった。
「落とし物でござるよ」
ソラは、闇の中にいる剣士を見た。暗くてよく見えないが、髪が長くて背は小さめ……だが、一つだけわかることがあった。屋敷の中に充満する非道い死臭は、全て奴の仕業だということを。
ソラは、奥にいる剣士の顔を血眼で見つめた。殺されるとか、怖いとかそういう感情はなかった。ただ恨み、憎んで、どんな方法でもいいから、このぐちゃぐちゃな怒りをぶつけなければならないと思ったのだ。
「拙者はアキレス・イア・ダルクリース。ダルクリースの『剣聖』であり、そなたの兄と婚約者を殺した剣士でござる──」
声が途切れて、その剣士は消えていた。魔法なのか、まだ近くにいるのか、一体何が目的だったのか? そんなこと、ソラには何もわからない。──いいや、そんなことはどうでもいい。
「……」
首を傾けると、足元になにかがあった。
それは、人間の頭だった。
ソラはしゃがみ込み、それを抱きかかえる。服に血が滲んでいく、血の匂いが鼻を刺し、そのまま吐き気を呼び寄せる。
「……じぃ、あ、あああっ」
抱きしめたその頭には、既に熱はなかった。
「じぃぃぃくぅぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
嗚咽を漏らしながら、ソラはジークを抱きしめた。
彼は何も言わない、何も感じない、なにもできない。
ソラはその事実に耐えられなかった。腕の中にある愛しき人の生首を抱きかかえながら、己の無力さに気が狂いそうだった。
舌を噛もうか、このままあの人を追いかけようか。
何度も考えた。
何度も、考えて。
『広く、強く笑う君が好きだった』
「……ははっ」
その後を追うことも、今すぐに敵を討つことも許されず。
ソラは、ただ笑うしか無かった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
それが、ジークがソラに残した傷であり、呪いである限り。
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