刀匠令嬢の最強証明

キリン

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「第五章」クランオールの猛犬

「第二十五話」決着

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 状況は至ってシンプルだった。純粋な実力でセタンタを上回ったアイアスが、一見互角に見えていた戦いをあっという間に支配した。ただそれだけの話であり、予想される結果もほぼ決まったようなものだ。──その、はずだったのに。

「───ぁ」

 観客席に居たアリスは、その光景を目の当たりにしていた。その上で絶句し、上がって来る酸っぱい感覚を堪えることに全神経を注ぎ、どうにかしてそれを体の奥に封じ込めた。

「はぁ、はぁ。──ふぅ、ッフ……」

 脳裏に浮かぶ忌々しい記憶。それを引き出されたこと、目の前の惨状を、アリスは正面から受け止めようとしていた。それがどんなにつらくても、苦しくても、彼女は彼女の思う責任を果たそうと踏ん張っていたのだ。

「……アイアス様!」

 絞り出すように出した声の先には、アイアスが居た。
 投げられたゲイ・ボルグに身体を貫かれた、アイアスの姿が。





 ◇





 その痛みは、苦しめるためにあるのだろう。鍛冶師「正重」は、自らの身体を貫いた『魔槍』を見ながらそう思った。想像していた数倍、何十倍何百倍非道いもので、思わず目を背けたくなるような「痛み」だった。例えるならそれはそう、ウジの湧いた獣の死に面にあるような、忌避感であった。

「……っ痛ェなぁ」

 声を出すと、血の塊が口から溢れ出す。貫かれた胸は心臓のある方ではなかったものの、それは肋や肺を突き破り、アイアスの体に風穴を開けていたのだ。

「俺も負けたけど、お前も負けだ」 

 よろめきながらも立ち上がるセタンタの表情は実に悔しげであった。誰からどう見ても勝者になるであろう彼は、その場に置いて誰よりも敗者の顔をしていた。

「俺は、お前を殺したくない。だから──」
「チェストオオオォォオオオッッッ!!」

 血を吐き散らしながらの雄叫びに、セタンタの体は一歩遅れを取った。気迫とともに放たれたアイアスの一突きを避けきれず、煌めく刀身は左脇腹を貫通したのである。──あれ程の傷を負いながら、アイアスは刀を放していなかったのだ。

「──ごほっ」

 魔法も体術も何もない。偽りの勝利を確信していたがゆえに無防備を晒し、そこに死をも覚悟した一撃が突き刺さった。それは肉体的な意味での致命傷であり、中途半端な彼の心には眩しすぎる、それでも手を伸ばしたくなるような光であった。

「舐めてんじゃねぇぞ、クソガキ……!」
「ぐっ、ふぅっ!」

 間合いも何も関係ない、目と鼻の先にいる相手の胸ぐらを力強く握ったアイアスは、歯を食い縛った後に仰け反って──。

「──だぁりゃあっ!」

 板がしなって元に戻るようなスピードで、アイアスの頭突きが炸裂する。同時に刃が大きく動き、セタンタの肉をさらに押し切っていた。余りの激痛に涙を浮かべたセタンタは、なんとか歯を食いしばって踏みとどまった。

「ざけんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞ! 何が『四公』だ何がクランオールだ! 手前ェは俺を思いやったつもりなんだろうが、こちとらクソ食わされたような気分だ!」
「っづ……うるせぇ!」

 悔し紛れに放ったセタンタの蹴りは、今もアイアスに突き刺さっているゲイ・ボルグへと当たった。体の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたという事実は、激痛に不快感を上乗せさせた。

「こっちはなりふり構ってられないんだ、選べる手段なんて無い、考える時間なんてこれっぽっちもない! 分かるわけ無いんだよ、お前みたいな悪党には!」
「違うね、お前は目の前の仕事から逃げてるだけだ! 手前ェのわが身可愛さにうずくまることに寒気を覚えるくせに、丸腰で突っ走ることが怖くて仕方ねぇような腰抜けだ!」

 セタンタの中には怒りが生まれていた。己の心情に土足で入ってきた不届き者に対しての、冷めることなど考えられないほどの怒りだ。──しかしそれがくだらなくて、的を得た図星に対しての愚かな反応であることに、セタンタは気づいていた。

「恥をかくことも立ち向かうこともしない、挙句の果てには自分の満足いかねぇような外道働きをして、そこまでしても手元に何も残っちゃいねぇ。──笑えねぇんだよ、そういうの」
「……だとしても、俺は勝たなきゃいけねぇんだ。じゃなきゃ──」
「お前は何がしたいんだ?」

 セタンタは、燻る怒りの中でその問いに思いを巡らせた。
 クランオール家の名誉の死守? ──違う、それでは今までが全て無意味になってしまう。
 同盟関係の維持? ──あんなもの、対等であるわけがない。

 では、何故?
 何故自分は、槍を向けるべき人間を間違え続けた?

(──ああ、そうだよな)

 その答えのくだらなさ、危うさと不確実さに笑った。セタンタはただそれだけの為に槍を血染めにし続けた、間違えた選択のみを良しとしていた。

 大義名分なんて初めから無かった。
 その事実に、セタンタの戦う理由は駆逐された。

「参った」

 その一言をセタンタが発したことにより、『決闘』は終わりを告げた。戦った二人を、地面から溢れ出る緑色の光が包み込む。それは、彼らを死の淵から連れ戻し、致命傷をあっという間に治してしまっていた。

「負けちまったな、ははっ」

 地面に座り込んだセタンタは、持ち前の活発さを失っていた。いつでも空を見ているような姿勢は崩れ、丸まった背中をさらけ出していた。

「でもまぁ、これでようやく戦える。いつかやらなきゃいけなかったんだ……今更、泣き言言ってられねぇさ」

 セタンタはその場から立ち上がり、落ちていた『魔槍』を手に取った。彼は何か、とてつもない覚悟を確固たるものとして形にしていた。そんな彼が、『闘技場』に背を向けようとした。──その時だった。

「それからもう一個、お前に大事なことを言わにゃあならねぇ」

 声に呼び止められたセタンタは、振り返った。そこには、うすく、しかし堂々と笑いながら立っているアイアスが居た。

「多分だけどよ、お前これからカチコミだろ?」
「はぁ!? なんでお前にそんな事……」
「敗者は勝者に従う、そうだろ? だからよぉ……」

 彼女は満足げに、いいやまだまだこれからだと言いたげな顔で、告げた。

「俺も、そこに連れていきな」
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