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「第五章」クランオールの猛犬
「第二十二話」血生臭い陰謀
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セタンタ・クランオールは屋根の上に座り込んでいた。昇る朝日を見つめながら、長かった夜が明けるのを見届けながら。
彼が朝早くからこんな場所にいるのには理由があった。しかし、それは彼にとっての目的とは言い難く、また彼自身もそれを快く受け入れてはいない。──だがそれでも、彼はここに来た。来ざるを得なかったのである。
『いい朝だな、クー・フーリン』
「そうだな、いい朝だ。ここにアンタが居なけりゃ、今頃ゴキゲンに背伸びでもしてるだろうよ」
彼の背後には一匹の鴉がいる。否、それは鴉ではない。鴉であったはずのそれは魔法と呪いに身体と魂をぐちゃぐちゃにされ、使い魔としての任務遂行のためだけに存在していると言える。
『君は私が嫌いかもしれないが、私は君をとても気に入っている。強いが決して裏切らない、主に忠誠を尽くす為ならばどんな汚れ仕事でも引き受ける。──君の手綱は、実に握り心地が良かった』
「はっ、そりゃあ嬉しいね。尻尾でも振ってやろうか?」
冗談じゃない、と。セタンタは歯噛みした。見え透いた煽りであることは分かっているものの、彼にとってそれはもどかしさという名の痛みに他ならない。引き裂くべき肉塊はすぐそこに、噛み砕くべき喉笛の在り処は分かっている。──なのに、自分はそれをできない。
『芸達者なのはいいことだが、私は君に滑稽さを求めてはいない。ただでさえあの出来損ないに腹をよじらせられたんだ、君まで可笑しくなってしまったら腸が煮えくり返ってしまう』
「……俺が、マトモねぇ」
『ああ、正常で利口な判断をしている君はマトモだ。──少なくとも、私の愛犬を殺したあの日以外はな』
セタンタの怒りは一気に膨れ上がった。もう少しで握りしめていた『魔槍』を、鴉を使役する外道の方へと投げるところであった。──しかし、彼は冷静だった。煮えた怒りを必死に冷まして、その怒りを封じ込めたのである。
『約束しよう、クランオールの猛犬よ。私がこの国の王となった暁には、必ずお前の罪を許す。──だから今日の決闘で、私に勝利を捧げるのだ』
そう言い残し、歪な鴉は空へと飛び立っていった。来る朝の方角とは真逆の、未だ夜の闇が残る方へと。──去りゆくその姿を、セタンタは静かに睨みつけていた。
「……ほんと、強いだけが取り柄だよな」
皮肉とともに朝日へと目を向ける。眩しくて、見ていられないようなそれには、最早自分が足を踏み入れる余地はない。──そんな陽だまりの中に、彼女は居るというのに。
「なぁ、アリス。頭のいいお前だったら、どうしてた……?」
届かない、踏み入れられない、言葉すら交わすことすら許されない。
全ては邪竜の腹の中で繰り広げられる、血生臭い陰謀に過ぎなかった。
彼が朝早くからこんな場所にいるのには理由があった。しかし、それは彼にとっての目的とは言い難く、また彼自身もそれを快く受け入れてはいない。──だがそれでも、彼はここに来た。来ざるを得なかったのである。
『いい朝だな、クー・フーリン』
「そうだな、いい朝だ。ここにアンタが居なけりゃ、今頃ゴキゲンに背伸びでもしてるだろうよ」
彼の背後には一匹の鴉がいる。否、それは鴉ではない。鴉であったはずのそれは魔法と呪いに身体と魂をぐちゃぐちゃにされ、使い魔としての任務遂行のためだけに存在していると言える。
『君は私が嫌いかもしれないが、私は君をとても気に入っている。強いが決して裏切らない、主に忠誠を尽くす為ならばどんな汚れ仕事でも引き受ける。──君の手綱は、実に握り心地が良かった』
「はっ、そりゃあ嬉しいね。尻尾でも振ってやろうか?」
冗談じゃない、と。セタンタは歯噛みした。見え透いた煽りであることは分かっているものの、彼にとってそれはもどかしさという名の痛みに他ならない。引き裂くべき肉塊はすぐそこに、噛み砕くべき喉笛の在り処は分かっている。──なのに、自分はそれをできない。
『芸達者なのはいいことだが、私は君に滑稽さを求めてはいない。ただでさえあの出来損ないに腹をよじらせられたんだ、君まで可笑しくなってしまったら腸が煮えくり返ってしまう』
「……俺が、マトモねぇ」
『ああ、正常で利口な判断をしている君はマトモだ。──少なくとも、私の愛犬を殺したあの日以外はな』
セタンタの怒りは一気に膨れ上がった。もう少しで握りしめていた『魔槍』を、鴉を使役する外道の方へと投げるところであった。──しかし、彼は冷静だった。煮えた怒りを必死に冷まして、その怒りを封じ込めたのである。
『約束しよう、クランオールの猛犬よ。私がこの国の王となった暁には、必ずお前の罪を許す。──だから今日の決闘で、私に勝利を捧げるのだ』
そう言い残し、歪な鴉は空へと飛び立っていった。来る朝の方角とは真逆の、未だ夜の闇が残る方へと。──去りゆくその姿を、セタンタは静かに睨みつけていた。
「……ほんと、強いだけが取り柄だよな」
皮肉とともに朝日へと目を向ける。眩しくて、見ていられないようなそれには、最早自分が足を踏み入れる余地はない。──そんな陽だまりの中に、彼女は居るというのに。
「なぁ、アリス。頭のいいお前だったら、どうしてた……?」
届かない、踏み入れられない、言葉すら交わすことすら許されない。
全ては邪竜の腹の中で繰り広げられる、血生臭い陰謀に過ぎなかった。
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