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「第五章」クランオールの猛犬
「第二十一話」地下牢にて
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『ソロモン魔剣学園』には罰則が存在する。減点、学園内での行動制限及び一部施設の使用不可など、中にはその後の社会的立場を危うくする裏の罰則も存在する……なんて確証のない噂が広がってしまうぐらいには、バリエーション豊富なペナルティがあるのだ。
そんな学園の地下牢にて、スルト・ニンベルグは静かに己を顧みていた。
薄暗い廊下に林立する牢屋は、一つ一つが想像を絶するほど悪辣な衛生環境にあった。通常の生徒は勿論、権力を持つ『四公』である彼が入ることはまずありえない。──ありえない、はずだったのだ。
(どうやら父さんは、完全に俺を見捨てたらしいな)
ため息も弱音もここではやりたい放題だな。そんなふうにするとが自分自身を皮肉るのはこれで何度目だろうか? あの日、自分が起こした恥ずべき過ちから一体どれだけの時間が経過したのだろう? 地中に作られたこの階では、外の景色なんてものを拝むことはできないのである。
無論、スルトは愚かではあったが腐ってはいなかった。自分が他人にしてきたことを自覚し、それを行った、行ってもいいと判断してしまった自らの思考回路に怒りを燃やしていたのだ。──そんな彼の胸のうちにも、少なからず欲があった。
(ソラ……)
ただその名と、脳裏に焼き付いた面影を何度も思い浮かべた。スルトはこの牢屋にいる間、ただただ彼女と、彼女が助けた二人に謝りたかった。
(ごめんなさい、兄さん。あなたの愛していたニンベルグ家の名を汚し、あなたがその誇りと全てをかけて守り繋いだ人さえ、俺は妬ましさが故に傷つけてしまった)
ここから出てしたいこと、スルトにとってのそれは誇りや私利私欲のためではなく、人としての当然であり道理に基づく行動だった。
──足音。徐々に近づいてくるそれに、スルトは気づいた。
(誰だ?)
牢屋の隅に下ろしていた腰を上げ、鉄格子へと近づいていく。
特に意味や目的があるわけではない。ただ単に、誰が来たのか気になっただけである。──そしてスルトは、思わぬ来客を目にした。
「ソラ?」
「三日の重罰がよっぽど応えてるみたいだね。強がりのメッキ、剥がれてるよ」
ソラの皮肉交じりの指摘に口をつぐみ、スルトは脱力した猫背でだらんとしてしまった。そんな彼にソラは、袋の形をした水筒を差し出した。彼は、ここに来てから水すら飲んでいなかったのだ。
「これ、水ね。それからほら、これでも食べたら? まぁ、お口に合うかどうかは知らないけど」
「これは……」
可愛らしい籠の中に敷き詰められたそれを手に取り、引き抜く。
薄いパン二枚の間に、レタスとハムが挟まれている。チーズやトマトの他にはケチャップとマスタードがたっぷりと塗り込まれていた。
スルトはこのサンドイッチを知っていた。まだ兄であるジークが生きていた頃、ソラはこのサンドイッチを兄のために作って持ってきていて、二人は楽しそうにそれを食べていた。──ああ、覚えている。味以外は全部覚えているとも。
「食べないの?」
「いや、いただくよ」
食べるとそれは、まずレタスが強かった。ハムは何処に行ったのかと思うほど味が薄いし、チーズは臭くてトマトは硬い。ケチャップの甘みはマスタードの辛さ苦さに押し潰されていた。──衝撃が、スルトの手を震わせた。
(こんなに、不味かったんだな)
遠目に見ている時、あんなにも美味そうに見えたのに、食べてみると大したことない……寧ろマイナス点をつけてもいいぐらいだ。兄はこの激物を、どうしてあんなに笑って口に運べていたんだろうか。
「今から言うことは、君を貶め入れるための言葉じゃない。……怒らないでね?」
「言ってみろ」
「君のお兄さん、ジークはそんな顔でこれを食べてなかった。ありがとうって、美味いって下手なお世辞をね……引きつった顔で一生懸命に食べてくれるからさ、不味いって分かってても、必ず作ってたの」
そう言ってソラは、サンドイッチの入った籠を閉じた。
「私が好きだったのは、そんな人なの。それはこれからも変わらない。──変えるつもり、無いから」
「……そうか」
ようやくスルトの中で踏ん切りがついた。彼女の隣が空席であるという妄想は消え去り、自分の卑しさを痛感する。──彼女はあの日からずっと変わらず、たった一人の隣りにいると決めていたのだから。
「すまない」
「謝らないで。私こそ、突き飛ばす言い方でごめん。──分かってくれて、ありがとう」
スルトは素直に「眩しい」と思った。自分の方を見ているようで、本当はずっと遠くにいる想い人の背中を見ている。そんな悲しくも美しい姿はきっと誰のものにもならないし、なってはいけない。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうかな」
「本題?」
スルトが首を傾げようとしたその刹那、ソラの腰に差されていた刀が鞘よりキラリと光、目にも止まらぬ速度で抜き放たれたのである。──カチン。煌めく刀身が納められると同時に、鉄格子はバラバラに切り崩されていた。
「な、何をしているんだ!? 俺はまだ……」
「食べ物も水も無く三日間。この状況をおかしいと思えないほど、あなたは馬鹿じゃなかったと思うけど」
感じていた違和感を指摘され、スルトは黙り込んだ。ああ、どうやら父は本当の本当に、自分を始末するつもりだったらしい。──泥沼のような絶望の中に、再び手を差し伸べる誰かが居た。
「私は、あなたを助けに来たの。──一緒に来て。大丈夫、絶対に見捨てないし裏切らないから」
そんな学園の地下牢にて、スルト・ニンベルグは静かに己を顧みていた。
薄暗い廊下に林立する牢屋は、一つ一つが想像を絶するほど悪辣な衛生環境にあった。通常の生徒は勿論、権力を持つ『四公』である彼が入ることはまずありえない。──ありえない、はずだったのだ。
(どうやら父さんは、完全に俺を見捨てたらしいな)
ため息も弱音もここではやりたい放題だな。そんなふうにするとが自分自身を皮肉るのはこれで何度目だろうか? あの日、自分が起こした恥ずべき過ちから一体どれだけの時間が経過したのだろう? 地中に作られたこの階では、外の景色なんてものを拝むことはできないのである。
無論、スルトは愚かではあったが腐ってはいなかった。自分が他人にしてきたことを自覚し、それを行った、行ってもいいと判断してしまった自らの思考回路に怒りを燃やしていたのだ。──そんな彼の胸のうちにも、少なからず欲があった。
(ソラ……)
ただその名と、脳裏に焼き付いた面影を何度も思い浮かべた。スルトはこの牢屋にいる間、ただただ彼女と、彼女が助けた二人に謝りたかった。
(ごめんなさい、兄さん。あなたの愛していたニンベルグ家の名を汚し、あなたがその誇りと全てをかけて守り繋いだ人さえ、俺は妬ましさが故に傷つけてしまった)
ここから出てしたいこと、スルトにとってのそれは誇りや私利私欲のためではなく、人としての当然であり道理に基づく行動だった。
──足音。徐々に近づいてくるそれに、スルトは気づいた。
(誰だ?)
牢屋の隅に下ろしていた腰を上げ、鉄格子へと近づいていく。
特に意味や目的があるわけではない。ただ単に、誰が来たのか気になっただけである。──そしてスルトは、思わぬ来客を目にした。
「ソラ?」
「三日の重罰がよっぽど応えてるみたいだね。強がりのメッキ、剥がれてるよ」
ソラの皮肉交じりの指摘に口をつぐみ、スルトは脱力した猫背でだらんとしてしまった。そんな彼にソラは、袋の形をした水筒を差し出した。彼は、ここに来てから水すら飲んでいなかったのだ。
「これ、水ね。それからほら、これでも食べたら? まぁ、お口に合うかどうかは知らないけど」
「これは……」
可愛らしい籠の中に敷き詰められたそれを手に取り、引き抜く。
薄いパン二枚の間に、レタスとハムが挟まれている。チーズやトマトの他にはケチャップとマスタードがたっぷりと塗り込まれていた。
スルトはこのサンドイッチを知っていた。まだ兄であるジークが生きていた頃、ソラはこのサンドイッチを兄のために作って持ってきていて、二人は楽しそうにそれを食べていた。──ああ、覚えている。味以外は全部覚えているとも。
「食べないの?」
「いや、いただくよ」
食べるとそれは、まずレタスが強かった。ハムは何処に行ったのかと思うほど味が薄いし、チーズは臭くてトマトは硬い。ケチャップの甘みはマスタードの辛さ苦さに押し潰されていた。──衝撃が、スルトの手を震わせた。
(こんなに、不味かったんだな)
遠目に見ている時、あんなにも美味そうに見えたのに、食べてみると大したことない……寧ろマイナス点をつけてもいいぐらいだ。兄はこの激物を、どうしてあんなに笑って口に運べていたんだろうか。
「今から言うことは、君を貶め入れるための言葉じゃない。……怒らないでね?」
「言ってみろ」
「君のお兄さん、ジークはそんな顔でこれを食べてなかった。ありがとうって、美味いって下手なお世辞をね……引きつった顔で一生懸命に食べてくれるからさ、不味いって分かってても、必ず作ってたの」
そう言ってソラは、サンドイッチの入った籠を閉じた。
「私が好きだったのは、そんな人なの。それはこれからも変わらない。──変えるつもり、無いから」
「……そうか」
ようやくスルトの中で踏ん切りがついた。彼女の隣が空席であるという妄想は消え去り、自分の卑しさを痛感する。──彼女はあの日からずっと変わらず、たった一人の隣りにいると決めていたのだから。
「すまない」
「謝らないで。私こそ、突き飛ばす言い方でごめん。──分かってくれて、ありがとう」
スルトは素直に「眩しい」と思った。自分の方を見ているようで、本当はずっと遠くにいる想い人の背中を見ている。そんな悲しくも美しい姿はきっと誰のものにもならないし、なってはいけない。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうかな」
「本題?」
スルトが首を傾げようとしたその刹那、ソラの腰に差されていた刀が鞘よりキラリと光、目にも止まらぬ速度で抜き放たれたのである。──カチン。煌めく刀身が納められると同時に、鉄格子はバラバラに切り崩されていた。
「な、何をしているんだ!? 俺はまだ……」
「食べ物も水も無く三日間。この状況をおかしいと思えないほど、あなたは馬鹿じゃなかったと思うけど」
感じていた違和感を指摘され、スルトは黙り込んだ。ああ、どうやら父は本当の本当に、自分を始末するつもりだったらしい。──泥沼のような絶望の中に、再び手を差し伸べる誰かが居た。
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