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霧隠れの森編
無能勇者、覚悟
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微睡んだ意識の中、イグニスはこの森に入ってから、一体何があったのかを回想していた。
そう、あれはガドと森の中に入った瞬間だ。あのとき私は一撃を受けた、霧の中で油断していて防御もできず、そのまま連れ去られたのだ。
「……」
「チッ、目が覚めたか」
その声が聞こえて、私はようやく目を開けた。そこにはなんともおぞましい化け物が……化けた大蜘蛛のような見た目の異形が、今まさに私を喰らおうとしていたじゃないか!
(身動きが取れない……ガドは無事なのか!?)
「本当なら生きたまま喰らうのが習わしだが……お前の場合は俺よりも強い。万が一ということもある」
だから。蜘蛛の口が歪に歪み、なんとなくそれが邪悪な笑みを表していることが察せられた。ーー直後、雲の口から何か……痺れる紫色の霧が出された。
「かっ……はっ」
「お前はこの毒霧で殺す、死んだあとにゆっくり……味わおうじゃないか」
走馬灯が見える。父の背中、あの人の背中……意識が遠のく、ここまで、なのか?
(……あ)
閉じていく意識の中、私は幻まで見るようになったらしい。突如現れた赫雷が、まるで一条の流星の如く。横薙ぎに蜘蛛へと突っ込んでいったのだ。
◇
嫌な予感は的中し、俺の目の前には敵がいる。他の何者でもない、私利私欲の為に決断を迫ってきた、あの鍛冶屋であることは明白であった。
「小僧ォォォォヅヅッ!!」
放たれる紫色の霧、速度は弓矢に匹敵するほど……当たれば致命傷に近いダメージを負うであろう一撃。それを受ける俺が抱いた感想といえば。
(遅いな)
ただそれだけだった。糸の隙間を縫いくぐるかのように回避を繰り返し、巨大な化け蜘蛛の元へと疾走する。ーー無論、黙って距離を詰められるような奴ではなかった。
「これなら避けれんだろう、死ね!」
膨らんだ袋のような下半身から放たれたのは、糸だった。俺はあれが何なのかを知っている。鋼にも負けず、火をも通さない強靭な魔蜘蛛の糸だ。生半可な力では切ることもできず、囚われれば嬲り殺しであろう。
「避けれないなら、壊せばいい」
「……は?」
蜘蛛の驚いたような声。無理もない……俺は怒りを凝縮させ、其れの象徴たる赫雷を放った。高密度の魔力は糸など容易く燃やし尽くし、それだけでは飽き足らずに蜘蛛の半身を抉り消し飛ばしたのである。
「ーーっ! ま、待て! 儂が死んだら、二度と聖剣は造れん!」
「そんな理由で、俺が収まるとでも思ったのか?」
すでに間合いにいるその表情は人間のものではなかったが、今にも泣き出しそうな……絶望の表情であることは察せられた。
「優先順位があるんだよ。俺は無能な勇者でも、代用品でもない……それ以前に俺は、人間だ」
その一撃は怒りが主なモノであったが、隠し味には人の心が籠もっていた。蜘蛛のひしゃげる体躯を赫雷で消し飛ばし、俺の怒りは覚悟へと形を変えていた。
ーー誰も犠牲にせず、魔王を倒す。
そんな、夢物語みたいな現実を掴むという、覚悟に。
◇
かつて住居だったそれは瓦礫と化した。俺は祈るような気持ちでそれを掻き分け、彼女を探している。
瓦礫に潰れて死んでいるのではないか、毒を食らって事切れているのではないか、そもそもはじめから殺されてしまったのではないか? 探しても探しても出てこないことに対する焦りが、瓦礫をどかす手に鈍りを与えた。
(落ち着け、生きてる……絶対生きてる!)
そう信じながら俺は、とにかく瓦礫をどかし続けた。ーーすると、土埃にまみれてはいるが、美しく白い手が出てきたのだ。
「イグニスさん!」
名を呼ぶと、体が大きく動いた。まだ生きてる! 喜びを抑え、瓦礫の中から引きずり出す。目立った外傷も出血もない、だが……顔色が酷く悪かった。
(毒か!)
解毒薬が入っていないか、ポケットに手を突っ込む。しかし出てくるものはなにもない……あれだけガラクタを詰め込んだのに、肝心なところで役に立たない!
(クソっ、俺は解毒の魔法が使えない! 薬草は……駄目だ、この湿り気じゃ生えてない!)
父親が薬草学に精通していたことが、今はとても悔しい気持ちを倍増させていた。不可能を決定的なものにし、俺が無力だという事実を自分自身の手で理解できてしまう。
「……っ!!」
イグニスさんを抱きかかえ、走る。森から出れば、近くに村がある。そこに行けばきっと応急処置ぐらいはできるはず。
(諦めるな、お前が諦めたら……世界が終わるんだぞ!)
今にも泣きそうで、諦めそうな自分に活を入れながら、俺は瓦礫の山と現実に背を向けた。
そう、あれはガドと森の中に入った瞬間だ。あのとき私は一撃を受けた、霧の中で油断していて防御もできず、そのまま連れ去られたのだ。
「……」
「チッ、目が覚めたか」
その声が聞こえて、私はようやく目を開けた。そこにはなんともおぞましい化け物が……化けた大蜘蛛のような見た目の異形が、今まさに私を喰らおうとしていたじゃないか!
(身動きが取れない……ガドは無事なのか!?)
「本当なら生きたまま喰らうのが習わしだが……お前の場合は俺よりも強い。万が一ということもある」
だから。蜘蛛の口が歪に歪み、なんとなくそれが邪悪な笑みを表していることが察せられた。ーー直後、雲の口から何か……痺れる紫色の霧が出された。
「かっ……はっ」
「お前はこの毒霧で殺す、死んだあとにゆっくり……味わおうじゃないか」
走馬灯が見える。父の背中、あの人の背中……意識が遠のく、ここまで、なのか?
(……あ)
閉じていく意識の中、私は幻まで見るようになったらしい。突如現れた赫雷が、まるで一条の流星の如く。横薙ぎに蜘蛛へと突っ込んでいったのだ。
◇
嫌な予感は的中し、俺の目の前には敵がいる。他の何者でもない、私利私欲の為に決断を迫ってきた、あの鍛冶屋であることは明白であった。
「小僧ォォォォヅヅッ!!」
放たれる紫色の霧、速度は弓矢に匹敵するほど……当たれば致命傷に近いダメージを負うであろう一撃。それを受ける俺が抱いた感想といえば。
(遅いな)
ただそれだけだった。糸の隙間を縫いくぐるかのように回避を繰り返し、巨大な化け蜘蛛の元へと疾走する。ーー無論、黙って距離を詰められるような奴ではなかった。
「これなら避けれんだろう、死ね!」
膨らんだ袋のような下半身から放たれたのは、糸だった。俺はあれが何なのかを知っている。鋼にも負けず、火をも通さない強靭な魔蜘蛛の糸だ。生半可な力では切ることもできず、囚われれば嬲り殺しであろう。
「避けれないなら、壊せばいい」
「……は?」
蜘蛛の驚いたような声。無理もない……俺は怒りを凝縮させ、其れの象徴たる赫雷を放った。高密度の魔力は糸など容易く燃やし尽くし、それだけでは飽き足らずに蜘蛛の半身を抉り消し飛ばしたのである。
「ーーっ! ま、待て! 儂が死んだら、二度と聖剣は造れん!」
「そんな理由で、俺が収まるとでも思ったのか?」
すでに間合いにいるその表情は人間のものではなかったが、今にも泣き出しそうな……絶望の表情であることは察せられた。
「優先順位があるんだよ。俺は無能な勇者でも、代用品でもない……それ以前に俺は、人間だ」
その一撃は怒りが主なモノであったが、隠し味には人の心が籠もっていた。蜘蛛のひしゃげる体躯を赫雷で消し飛ばし、俺の怒りは覚悟へと形を変えていた。
ーー誰も犠牲にせず、魔王を倒す。
そんな、夢物語みたいな現実を掴むという、覚悟に。
◇
かつて住居だったそれは瓦礫と化した。俺は祈るような気持ちでそれを掻き分け、彼女を探している。
瓦礫に潰れて死んでいるのではないか、毒を食らって事切れているのではないか、そもそもはじめから殺されてしまったのではないか? 探しても探しても出てこないことに対する焦りが、瓦礫をどかす手に鈍りを与えた。
(落ち着け、生きてる……絶対生きてる!)
そう信じながら俺は、とにかく瓦礫をどかし続けた。ーーすると、土埃にまみれてはいるが、美しく白い手が出てきたのだ。
「イグニスさん!」
名を呼ぶと、体が大きく動いた。まだ生きてる! 喜びを抑え、瓦礫の中から引きずり出す。目立った外傷も出血もない、だが……顔色が酷く悪かった。
(毒か!)
解毒薬が入っていないか、ポケットに手を突っ込む。しかし出てくるものはなにもない……あれだけガラクタを詰め込んだのに、肝心なところで役に立たない!
(クソっ、俺は解毒の魔法が使えない! 薬草は……駄目だ、この湿り気じゃ生えてない!)
父親が薬草学に精通していたことが、今はとても悔しい気持ちを倍増させていた。不可能を決定的なものにし、俺が無力だという事実を自分自身の手で理解できてしまう。
「……っ!!」
イグニスさんを抱きかかえ、走る。森から出れば、近くに村がある。そこに行けばきっと応急処置ぐらいはできるはず。
(諦めるな、お前が諦めたら……世界が終わるんだぞ!)
今にも泣きそうで、諦めそうな自分に活を入れながら、俺は瓦礫の山と現実に背を向けた。
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