無能勇者

キリン

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妖精の国編

無能勇者、飛竜群との戦い

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 俺は、ひとまず周囲に獣払いの魔法を施した。ドラゴン相手には焼け石に水、だが、無いよりはマシだろうと思ったからだ。
 何より、俺自身の心が持たないという理由があった。どんなにか細くてもいい、自分が安心できるような環境を、どうにかして確保したかったのだ。

 孤独、それだけでこんなにも心がざわつくのか。俺は、改めてアーサーを心の底から尊敬し直していた。選ばれたとはいえ、他の戦士よりも強いとはいえ、当時の彼はまだまだ幼い十五歳の子供だったのだから。それを、何の疑問も持たずに旅に出て、荒くれ者のフロストさんを仲間に引き入れ、魔女と呼ばれ恐れられていたマーリンさんをも受け入れた。

 どうして、俺なんかをパーティに入れてくれたのだろう。どうして、俺を仲間だと思ってくれていたのだろう。足手纏いでしかない俺なんかに、どうして聖剣と使命を託してくれたのだろうか?

(俺も、お前みたいに旅をして、たくさんの仲間ができれば、分かるのかな)

 自分の旅は始まったにすぎない、今ある壁さえ、余りにも高い壁を乗り越えることも無いまま、自分の旅が終わるような気がした。とても、自分なんかが、あの大英雄を打ち倒し、その先に進んでいく……そんな未来が、どうしても思い描けなかった。

「う、ううっ」

 苦悩する俺の思考を断ち切るかのように、品のある呻き声が聞こえてきた。

 檻から救い出したあの少女だった。彼女は俺が話しかけるよりも前に上半身を起こし、そのまま周囲を見渡し始めたのだ。――雨に濡れた草木のような、儚げな人だった。短く切り揃えられた銀髪、そこから見える、琥珀を散らしまぶしたような碧眼。その輝きに負けない程の純白の肌。両腕が肩まで露出する青い服とは相性が良く、深い蒼色のマントで徹底的に肌が覆われた下半身と、対を為すような完成美さえあった。

「こ、ここは? 私は確か、檻の中で」

 そう言いかけて、少女はハッとした様子を見せた。自分が檻の外にいる事に気づいたのだろう。困惑し、きょろきょろと辺りを見渡していくうちに、目が合った。

「……」
「えっ、と。自分で言うのもあれなんですが――」
「いや、言わなくていい。檻から出してくれたのは、君だな?」

 なんと、冷静で的を得た態度。てっきり誤解を招くかと思って身構えていたが、想像の何倍よりも、見た目よりも、この少女は聡明で頭がいいらしい。しばらく俺の身なりを、上から下まで見た後に、彼女は首を傾げた。

「命の恩人である貴方にこんな事を尋ねるのは失礼かもしれないが、どうやって私を檻から出したんだ?」
「あはは……そうだよな。弱そうに見える、よな」

 ショックを見せる素振りを苦笑いで誤魔化しながら、俺はポケットから例のブツを取り出した。当然、彼女の表情は曇ったし、なんなら怒りがチラついて見えた。

「信じられないかもしれないけど、本当にこれが役に立ったんだ。貴方だけじゃなくて、俺の命まで救ってくれた。……意味分かんないけど、それだけは事実なんです」
「成程、嘘は言っていないようだな。では、私も然るべき礼儀を通させてもらおう」

 少女は腰を地面から浮かし、そのまま大変綺麗な姿勢で立ち上がった。あまりにも綺麗で礼儀正しいので、俺も釣られて立ち上がった。

「改めて、助けていただき心から感謝する。私はイグニスという」
「俺はガド、背中の剣を見てもらえば分かると思うけど……成り行きで、勇者として旅をしてるんだ」
「――これは、驚いたな。あの勇者アーサーの代わりに成るような人材が、この世界にはいたのか……」
「ちっ、違います! 俺はあくまで代用品って言うか、アーサー本人の意思って言うか……とにかく、俺には務まらないような大役なんです」
「そうか、大変なのだな……」

 そう言って、イグニスさんはしばらく黙った。考えているのだろうか、しばらく顔に皺が寄り、やがてそれは、本人の答えと共に解き放たれた。

「私を、仲間に加えてくださりませんか?」








「あー、なるほどなるほど……」

 そうか、イグニスさんは仲間にしてほしいのか。
 ……ん?
 今、イグニスさんはなんて言った?

「これも、何かの縁だ。ガド殿、捕まっていた所を助けてもらった分際で言うのもおこがましいのですが……私は貴方の旅路に、大きく貢献できると思っています」
「ちょっと待って、どういう事? え、なんで?」

 ちょっと困惑しすぎて何が何だか分からない。何で急に? 助けたから? ピーチ太郎みたいな展開? いや冷静に考えてみろ、明らかにおかしい。

「あ、あの……気持ちはありがたいんだけど、その」
「私の実力を疑うのも無理はないでしょう。ですが、必ずお役に立つことを約束します。――油断と慢心の結果、囚われた私を救っていただいた貴方への恩、返さずにはいられません」

 駄目だ、この人は話を聞かないタイプだ。もうバッチリ俺の旅についてくる気だ……説得して元居た場所に帰って頂きたいが、何しろここは既に竜の巣、いつドラゴンが襲ってくるか分かったもんじゃ……。――その時だった。静寂を打ち破る程の咆哮が、俺の鼓膜を叩いたのは。

『グォオオオオオオオオオオッッッッヅヅヅ!!!』

 耳ではなく剣を握ったのが正解だった。突如飛来したドラゴンの爪を反射的に受け、逸らし……返す刃で殴り落とした。たまたま刃が首元に当たったため、潰れた喉笛を鳴らしながら、そのドラゴンは絶命した。

「はぁ……はぁ。っっ!?」

 安堵したのも束の間、今度は二体同時に急降下してきた。一体の空中戦を捌き切る事に夢中になってしまい、俺はもう一方から一撃を受けた。背中に抉り込んだ爪が、熱い痛みを増加させた。

「ガド殿!」

 イグニスさんの声と同時に、目の前と後方から鮮血が飛び散った。恐らくはドラゴンの返り血だろう……視界の端に、長い西洋剣を持った彼女の姿があった。

「ご無事ですか⁉」
「な、なんとか……うっ!」
「動かないでください、今、回復の魔法を!」

 柔らかな手が傷口に触れ、一瞬痛む、しかしすぐに痛みは心地よさへと変わり、しばらくして痛みは消え去った。回復のスピードから察するに、魔法の腕はマーリンさんと互角なのではないかと思える程だった。

「ありがとう、助かった! でももう逃げて、俺は大丈夫だから!」
「たった今死にかけてた人が言うセリフではありませんね! いやまぁ私も言えませんけど!」

 空を見ると、そこには無数の飛竜が滞空しながら、俺とイグニスさんの隙を伺っていた。数は十、二十……下手したら、まだまだ来るかもしれない。

「……ごめん、イグニスさん」
「なんですか?」
「背中、預けてもいいかな?」
「――ええ、勿論ですとも」

 前を俺が、後ろをイグニスさんが構え、四方八方には無数の飛竜が群がっている……。絶体絶命の状況、なのに、俺は……『頼れる仲間ができた』という、たった一つの事実だけで、安心してしまっていたのだ。

(ほんと、ダメな勇者だな)

 自分で自分を笑いながらも、俺は自分の責務を果たすべく、向かってくる飛竜に剣を振るった。










 かつて『竜刻』と呼ばれたその男は、『卵』と対峙していた。
 それは眩い程に白く、逆に濁ってさえ見える程の輝きを放っていた。芸術や歓声に疎い自分でも、あれが世界屈指の美を秘めているという事だけは察せられた。

 しかし、それはあまりにも大きかったのだ。鶏などの畜生の物とは比べ物にならない、ドラゴンの『卵』に匹敵するほどの大きさだ。――しかし、数えきれないほどの竜を殺してきた自分だからこそ、これがドラゴンの物ではないという事が手に取るように分かる。
 目の前の『卵』は、綺麗すぎるのだ。自分が今まで見てきたドラゴンの卵はどれもこれも禍々しい気配を放っており、見た目が綺麗でも、見た瞬間に「ざわり」と来る物があるのだ。

「なぁ、王女さんよぉ。あれが何だか、アンタ知ってるんだろ?」

 縛られた非力な王女は、答えない。俺を見据えるその目の中には、揺るぎない殺意と、無礼に対する怒りが込められていた。陽気で、呑気な妖精共の王なのだから、ろくなものではないと思っていた。――が、これならばこの国の未来は安泰だろう。

「言わないなら、俺は当てるぜ? ――妖精の王アベロン。テメェのお父上様だ」
「ッ――!」

 均衡を保っていた殺意と怒り、そのバランスが崩れる。不安と、怒りが、縛られても尚声を上げる妖精の周りで、渦を巻いていた。

「やめなさい、英雄ベルグエル! 父から妖精の加護を受けた貴方が、恩を仇で返す気ですか⁉ 一体貴方に何があったというのです……あんなにボロボロになってまで、この国を救ってくださったあなたが! 何故魔王などに従っているのですか⁉」
「……さぁな」

 後腐れが有ってはいけない。妖精たちの住処を奪い、美しきこの国を腐敗臭の漂う地獄に買えてしまった自分に、いい訳なんて選択肢は残されていない。――俺は、英雄としての俺を捨てた。だったら残された道は、恩知らずな裏切り者としての惨めな死だ。

「父親なら誰だって、自分の娘が可愛いだろ?」

 潮が引くかのように、王女の怒りが引いていく。別にこんな同情や、正当な糾弾を思い留まって欲しいから言ったわけではない。ただ、俺がどうしてこんなことをしてしまったのか……それだけは、言っておかなければ気が済まなかった。

 この『卵』を割れば、あいつは自由になる。それだけを支えに、俺は聖剣の柄を握りしめた。
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