髪結いの魔女

キリン

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「第十話」私も初めてだったので悪しからず

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 派手にやらかしてしまったな。そう思いながら私は、意識を失ったヤーブを縄で縛っていた。

 そう、私はまたもや感情に流されたのである。あの少年だけならまだなんとか耐えれたであろうが、シエルが殴られたという事実に我慢がならなかったのだ。私はヤーブを半分焼き、結果的に半殺しにした。

 エンザイの時と同じ悪者に対しての魔法行使、しかしあの時とは、決定的に違う部分があった。

 今回に関しては、目撃者があまりにも少ないのだ。事の顛末を最初から最後まで見ている人間が、あの少年しかいないのである。おまけにヤーブはこの村では絶大な信頼を置かれていた。

 にわかには信じがたいが、曲がりなりにも医者であった彼を、私は焼いた。ただでさえ魔女という不利なレッテルを貼られているというのに、どうしたものだろうか。まぁ、そんなことよりも。

「シエル、大丈夫?」
「……ええ、問題ありません」

 私はホッとして尻餅をついた。少し痛そうではあるが、骨が折れていたりするわけではない……よかった、本気でそう思った。

「……あ、あのさ!」
「ん?」

 母親のもとに駆け寄っていた少年が、私とシエルの前に出てきた。すると突然頭を地面にくっつけてきたのである。

「平民とか、魔女とか言ってごめん! あんたたちのおかげで母ちゃんは元気になった、俺、あんたたちのコト応援するよ!」
「……面を上げなさい」

 シエルが威厳のある声でそう言うと、少年は顔を上げた。その表情には私達に対する軽蔑などは含まれておらず、晴れやかなものであった。

「私こそ、お礼を言わなければいけません。ありがとう、私と、私の大好きなロゼッタを信じてくれて」
「……俺さ、魔女は悪くて危ないって思ってたけど……ろ、ロゼッタさんは全然そんなことなかった! むしろ優しくて、かっこよかった!」
「──どうも」

 褒められるのは、初めてだろう。むず痒いし、なんか体熱いし……まぁでも、不思議と嫌な気はしない。人を助けるために魔法を使っていくこと、人を助けるために生きていくことも、もしかしたら悪くないのかもしれない。

「なぁロゼッタさん! 俺が大人になったらさ、結婚してくれよ!」
「……へ?」
「俺まだガキだけどさ、あと五年もすれば大人だから! ……だめ?」

 情報の処理が追いつかない。えーっと……これは俗に言うプロポーズというやつなのでは? え? 私に? あらやだ私そんなにきれいに見える!? いや待てロゼッタ、相手は子供だ。こんな言葉を真に受けてはいけない!

「駄目です!」

 しばしの、沈黙。

「……え?」
「ダメなものはダメです! 人のものを取ってはいけないということを、貴方は誰からも教わってないんですか!?」

 やけに力の入っているシエルの声に、少年は驚きを超えて怯えてさえいた。先程の冷静さや威厳は全て消し飛び、正直私もどういう状況なのかを理解できていない。と、困惑する私のぽかんと空いた唇に、何かが押し当てられた。

「──」

 頭が真っ白になって、なんか変だった。押し当てられた何かが密着している間は永遠のようで、それが何なのかはわからないけど、なんだかものすごく心臓がうるさかった。押し当てられた何かが離れていくと同時に、目の前にはシエルのしっかりとした顔があった。なんだろう、気のせいか少し色っぽい気がするんだが。

「……」

 少年の顔が真っ赤になっている、伸ばした鼻からは鼻血がダラダラと零れ出ていた。一体何が在ったんだと聞こうとした私だったが、シエルはマイペースに私の腕を掴み、立ち上がった。

「とまぁそんなわけです、分かったらロゼッタには手出ししないように」
「……はい」

 放心状態の少年の目は泳ぎっぱなしである。困惑する私を気にもとめず、シエルはそのまま外へと出ていった。私は軽く頭を下げてから、シエルに引っ張られていった。

「……シエル」
「何ですか?」
「なんかした?」
「キスしましたが」

 思わず片手で唇を押さえた。体がめちゃくちゃ熱くなってきた、心臓もどんぐらいバクバクしてる? 待って待って、なんでそんな「どうしてそんなに驚いているんですか?」みたいな顔してるの貴女。

「……したの?」
「しましたよ」
「なんで」
「なんでって、あの少年に分からせるためですが……もしやロゼッタは、あれでは足りないと言いたいのですか……?」
「ひっ、人を露出狂の変態みたいに言うな! 待ってっ、どうしてそういうことになっているのかが全然わからないんだけど……」
「……」
「なーにーそーのーかーお~~~~~~!!!」

 シエルは呆れるような、「今更それ?」とでも言いたげな顔で私を見ている。いや気にするでしょ、こちとら十七年間守ってきたファーストキスだぞ? ってか動揺してないのなんで!? もしかして既に……!?

「……嫌でしたか?」
「えっ」
「すみません、まさかここまで距離感が離れているとは……あのパーティ会場で既に相思相愛だと思っていたのですが、申し訳ないです」
「……いや別に、好きじゃないわけじゃないけどさ」

 ボソボソとした声で、何やってるんだろうなと思う。こんなに好きなのに、どうして自分はこうめんどくさい態度を取っているのだろうか? 長年抱いていた異性との恋ではないから? それとも、あっという間に過ぎ去ったファーストキスにショックを抱いているから?

 ……いや、多分違う。

「びっくりしたなーってだけ。私が一方的に……その、好きだったわけじゃなかったんだなって、びっくりしたの」
「……? では、別に私が嫌いなわけではないんですね?」
「う、うん。好きだよ」

 当たり前だよ。その言葉を言うのは恥ずかしかったから、そんな照れ隠しをしてしまう。友達という皮を被っていたからこその距離感は崩れ去り、私はどう接していいかが全くわからなくなっていた。

「……まぁ、いいでしょう。とにかく私の目が黒いうちは、異性だろうが同性だろうが、他人のプロポーズにうなずくことは許しません」
「……うん」
「よろしい」

 シエルはそう言って、再び進み始めた。私はなんだかもやもやしたままその背中をゆっくりと追いかけていた。

「あ、言い忘れていましたが……」

 シエルはもう一度振り返り、自分の唇に人差し指を当ててこう言った。

「私も初めてだったので、悪しからず」

 シエルはもう一度私に背を向け、そのまま凛とした気品を保ったまま歩き出した。ほのかに漂ってくる彼女の匂いに、私はバレないように小さく舌なめずりをした。少し甘いなと思う自分がすごく恥ずかしくなったが、まぁ誰しもこういうものなのだろうなと思いながら、湿った唇を指でそっと撫でてみた。

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