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「第八話」平民王女
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シエルはまず、セイレム教の影響が少ない小さな村へと赴いた。いきなり大きな村や町で活動を行ったとしても、既にイメージが定着してしまっている状態では石を投げられるに決まってる。とのことである。猪突猛進なのか、それとも冷静に盤面を見ているのか……四日間の間シエルを間近で見てきたが、まぁなんとも不思議なお姫様だなぁというのが素直な感想である。
彼女は村長と直接話し合い、村人たちを村の集会所に集めた。意外にも村人の数はなかなかな物で、全員を支持者にすることができれば、第一歩としては最高なのではないかと思えた。……そう、全員を支持者にすることができれば、の話だが。
「くっだらねぇ、魔女の使い魔になれってか!?」
集まっている村人のうち、体格がしっかりとしている大男が口火を切った。それを合図に村人たちはそうだそうだと便乗し、一瞬にして私達は、罵詈雑言の嵐に飲まれてしまったのである。
「静粛に! ……静粛に!」
シエルの悲痛な声は、無慈悲にかき消されていく。やはりそう簡単に物事が上手くいくわけがないのだ、シエル一人であったならまだしも、今の私は顔を隠さず、堂々と「魔女」としてこの場にいるわけなのだから。熱心な信徒でないにしろ、「魔女は悪者」というイメージがないというのは都合が良すぎたのだ。
「落ち着けるか、大体何なんだアンタも! いきなり出馬を表明しやがって、聞けばその魔女を助けるために、イザベラ様と王位を争うって話だ! ふざけてんのか!?」
「ふざけてる訳がないでしょう! それ以上の侮辱は、王族への不敬とみなしますよ!」
「不敬? てめぇみたいな平民が片親の王族のために、シャルル王はこんな辺境まで兵を派遣してくださるのか!? ああ!?」
シエルの顔が、水をかけた火のようにしぼんでいった。私はどうにか声をかけてやりたかったが、今此処で私が動けばさらなる反感を抱かせてしまう。下手をすれば、暴動が起きてもおかしくないのだ。
「俺たちと同じ血が流れてるくせに、調子に乗るんじゃねぇぞ王女風情が! いいかよく聴け!? この村の医者は俺一人……ヤーブ様で十分なのさ!」
村人たちのブーイングの中に、ヤーブと名乗る男への歓声と拍手が交じる。どうやら彼はこの村ではかなりの信用を勝ち取っているらしい。その分、よそ者で魔女の私と、それを助けようとしているシエルに対しての当たりが強くなっている。
「出ていけ! 俺たちの村から!」
「そうだ、魔女なんかいらねぇ!」
敵意を剥き出しにした民衆には、ほのかに狂気を感じた。その中で一人笑うヤーブは、医者というよりは支配者のような顔をしていた。自分よりも立場が上である人間を、ここまで有無を言わさず黙らせたことへ、優越感を感じているのだろう。
「一旦帰ろう、シエル」
私の安直な提案に、シエルは黙って応じた。私達は投げられる罵詈雑言や石に背を向け、狂気に満ちた集会所から逃げ出した。
しかしまぁ、ここまで弱点がはっきりしている人間も珍しいものだ。普段ならば勇猛果敢に便を振るうはずの彼女は、『片親が平民』という事実を言われるだけで大きく萎縮してしまうのだから。あの程度の輩、本来ならば束になってもシエルには勝てないはずなのに。
「……」
やけにしょんぼりした様子で、彼女は俯いていた。無理もない、人間は拒絶されれば少なからず心に傷を負う。教祖ブラストから受けた傷が癒えない中、追い打ちをかけるように、今度は集団が彼女を否定したのである。
ここらが引きどきなのではないだろうか。苛まれる彼女の苦痛の表情に、覚悟を決めようとした……その時だった。
「おい! 平民王女!」
遠くから聞こえてきたのは、小さな子供の声である。おそらくシエルを呼んだであろうそれは、こっちに向かって走ってきたのだ。
「支持者がほしいんだろ? いいさ、俺が一票入れてやるよ。その代わり……」
「ちょっと待ち給えよ君ぃ、いきなりなんだねその言い草は……平民王女って、そんな言い方ないんじゃない?」
子供の目線に合わせて私がしゃがみ込むと、子供は一歩後ずさった。顔には恐怖がわかりやすく出ていて、しかし彼は覚悟を決めたかのように……また一歩前に出て、私に向かってきたのである。
「そんなこと気にしてる場合じゃないんだよ! なぁ王女サマ、頼むよ! その魔女、すごい魔法が使えるんだろ!? 殺すだけじゃなくて、治すこともできるんだろ!?」
やけに必死な少年の表情からは、余裕は感じられなかった。私達に悪意を放っている様子もなく、どちらかというと懇願しているようにも思えた。どうしたものかと返事を考えていると、無言だったシエルが顔を上げた。
「……できます」
「ほんとか!?」
「ええ、彼女は最高の魔法を使えます。どんな病も、怪我も、簡単に治すことができます」
元気を取り戻したのはいいが、代わりに私に対してのプレッシャーが倍増した。確かに病や怪我を治すことはできるが、なんでもというのは余りにもアバウトで無責任すぎる。私だって、そんな全知全能にはなれないのだ。
「じゃ、じゃあ治してくれよ! 俺の母ちゃん、医者に診てもらってるけど全然治らないんだ! 薬だって貰ってるけど、その……飲むと体調が悪くなるんだ!」
「──なんですって?」
シエルの表情が、曇る。私も同じことを考えていた。
「ヤーブさんからは誰もに言わないようにって言われてたけど、もういい。藁にすがってるってことは分かってるよ、でも……」
「この私に任せなさーい!」
やれやれ、困ったものだ。人を殺すために学んだ魔法で、人を助けることになろうとは。
「みんなは私のことを悪い魔女だって言うけど、それは違う! この私『髪結いの魔女』ことロゼッタちゃんは、天より遣わされた正義の魔女なのだー!」
デタラメにデタラメを重ねたが、それでも子供に希望を与えるには十分だった。シエルは小さく、しかし確かに頷いた。
「行きましょう」
走り出す少年を追いかけるべく、私とシエルは走った。
彼女は村長と直接話し合い、村人たちを村の集会所に集めた。意外にも村人の数はなかなかな物で、全員を支持者にすることができれば、第一歩としては最高なのではないかと思えた。……そう、全員を支持者にすることができれば、の話だが。
「くっだらねぇ、魔女の使い魔になれってか!?」
集まっている村人のうち、体格がしっかりとしている大男が口火を切った。それを合図に村人たちはそうだそうだと便乗し、一瞬にして私達は、罵詈雑言の嵐に飲まれてしまったのである。
「静粛に! ……静粛に!」
シエルの悲痛な声は、無慈悲にかき消されていく。やはりそう簡単に物事が上手くいくわけがないのだ、シエル一人であったならまだしも、今の私は顔を隠さず、堂々と「魔女」としてこの場にいるわけなのだから。熱心な信徒でないにしろ、「魔女は悪者」というイメージがないというのは都合が良すぎたのだ。
「落ち着けるか、大体何なんだアンタも! いきなり出馬を表明しやがって、聞けばその魔女を助けるために、イザベラ様と王位を争うって話だ! ふざけてんのか!?」
「ふざけてる訳がないでしょう! それ以上の侮辱は、王族への不敬とみなしますよ!」
「不敬? てめぇみたいな平民が片親の王族のために、シャルル王はこんな辺境まで兵を派遣してくださるのか!? ああ!?」
シエルの顔が、水をかけた火のようにしぼんでいった。私はどうにか声をかけてやりたかったが、今此処で私が動けばさらなる反感を抱かせてしまう。下手をすれば、暴動が起きてもおかしくないのだ。
「俺たちと同じ血が流れてるくせに、調子に乗るんじゃねぇぞ王女風情が! いいかよく聴け!? この村の医者は俺一人……ヤーブ様で十分なのさ!」
村人たちのブーイングの中に、ヤーブと名乗る男への歓声と拍手が交じる。どうやら彼はこの村ではかなりの信用を勝ち取っているらしい。その分、よそ者で魔女の私と、それを助けようとしているシエルに対しての当たりが強くなっている。
「出ていけ! 俺たちの村から!」
「そうだ、魔女なんかいらねぇ!」
敵意を剥き出しにした民衆には、ほのかに狂気を感じた。その中で一人笑うヤーブは、医者というよりは支配者のような顔をしていた。自分よりも立場が上である人間を、ここまで有無を言わさず黙らせたことへ、優越感を感じているのだろう。
「一旦帰ろう、シエル」
私の安直な提案に、シエルは黙って応じた。私達は投げられる罵詈雑言や石に背を向け、狂気に満ちた集会所から逃げ出した。
しかしまぁ、ここまで弱点がはっきりしている人間も珍しいものだ。普段ならば勇猛果敢に便を振るうはずの彼女は、『片親が平民』という事実を言われるだけで大きく萎縮してしまうのだから。あの程度の輩、本来ならば束になってもシエルには勝てないはずなのに。
「……」
やけにしょんぼりした様子で、彼女は俯いていた。無理もない、人間は拒絶されれば少なからず心に傷を負う。教祖ブラストから受けた傷が癒えない中、追い打ちをかけるように、今度は集団が彼女を否定したのである。
ここらが引きどきなのではないだろうか。苛まれる彼女の苦痛の表情に、覚悟を決めようとした……その時だった。
「おい! 平民王女!」
遠くから聞こえてきたのは、小さな子供の声である。おそらくシエルを呼んだであろうそれは、こっちに向かって走ってきたのだ。
「支持者がほしいんだろ? いいさ、俺が一票入れてやるよ。その代わり……」
「ちょっと待ち給えよ君ぃ、いきなりなんだねその言い草は……平民王女って、そんな言い方ないんじゃない?」
子供の目線に合わせて私がしゃがみ込むと、子供は一歩後ずさった。顔には恐怖がわかりやすく出ていて、しかし彼は覚悟を決めたかのように……また一歩前に出て、私に向かってきたのである。
「そんなこと気にしてる場合じゃないんだよ! なぁ王女サマ、頼むよ! その魔女、すごい魔法が使えるんだろ!? 殺すだけじゃなくて、治すこともできるんだろ!?」
やけに必死な少年の表情からは、余裕は感じられなかった。私達に悪意を放っている様子もなく、どちらかというと懇願しているようにも思えた。どうしたものかと返事を考えていると、無言だったシエルが顔を上げた。
「……できます」
「ほんとか!?」
「ええ、彼女は最高の魔法を使えます。どんな病も、怪我も、簡単に治すことができます」
元気を取り戻したのはいいが、代わりに私に対してのプレッシャーが倍増した。確かに病や怪我を治すことはできるが、なんでもというのは余りにもアバウトで無責任すぎる。私だって、そんな全知全能にはなれないのだ。
「じゃ、じゃあ治してくれよ! 俺の母ちゃん、医者に診てもらってるけど全然治らないんだ! 薬だって貰ってるけど、その……飲むと体調が悪くなるんだ!」
「──なんですって?」
シエルの表情が、曇る。私も同じことを考えていた。
「ヤーブさんからは誰もに言わないようにって言われてたけど、もういい。藁にすがってるってことは分かってるよ、でも……」
「この私に任せなさーい!」
やれやれ、困ったものだ。人を殺すために学んだ魔法で、人を助けることになろうとは。
「みんなは私のことを悪い魔女だって言うけど、それは違う! この私『髪結いの魔女』ことロゼッタちゃんは、天より遣わされた正義の魔女なのだー!」
デタラメにデタラメを重ねたが、それでも子供に希望を与えるには十分だった。シエルは小さく、しかし確かに頷いた。
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