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「第七話」まだ目覚めたくない
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あれから三日が経つが、シエルは部屋に籠もったままである。ウィジャスがドア越しに呼びかけようと、私がどれだけ面白い(はず)事を言っても、返事どころか物音一つしないのである。私は時々、死んでしまっているんじゃないかと心配になって、魔法で彼女の様子を視ていたりした。……流石にそれは杞憂に終わったけど。
「まぁ、私はここにいてもらう分には構わんが……シエル様は王族だ、シャルル王が心配なさっているのでは?」
紅茶を嗜みながらウィジャスが尋ねてきた。彼の心配は真っ当なものであり、当然の疑問である。しかしシエルの出生の背景を知らない彼の発言は、背景を知る私から言わせてみれば残酷で、彼女の心を何より抉る言葉であった。
「複雑な事情があるんだって、私は平民だから知りませーん」
私は頬杖を付き、シエルの籠もっている部屋のドアを見つめた。気配はするが、相変わらず静かなその部屋の向こうには、一体どれだけのショックを受けているシエルがいるのだろうか。それを考えると、元凶であり原因である私としては、とても罪悪感に似た何かを抱かずにはいられなかった。
「シエル……」
私がため息を付き、注がれた紅茶に手をかけようとした……まさにその瞬間だった。
「閃きました!」
「し、シエル!?」
ドアを勢いよく開き、意気揚々とした様子でシエルが出てきた。先程まで部屋全体を包んでいた静寂は一気に打ち払われ、私はともかくウィジャスですら目を丸くしていたのである。
「民が私と貴女を信用していないのであれば、信用に足る功績を残せばいいのです! 何故始めから気づいていなかったのでしょうか……私達はまず力を誇示するのではなく、民に寄り添う態度を示さなければならなかった!」
「お、落ち着いてシエル! 元気なのは嬉しいけど、どうしたの?」
「ロゼッタ!」
「はっ、はい!」
思わず敬礼をしてしまうほどには、シエルの目の輝きと声には威厳があった。彼女は私の手を握り、思いっきり顔を近づけてきた。
「えっ!? ちょ、心の準備が……」
「貴女は、傷を癒やしたり病気を治す魔法を使えたりしますか!?」
「ふぇ? ……うん、まぁ。使えるけど」
シエルはより一層目を輝かせ、私の手を上下にブンブン振った。
「ロゼッタ、これで私達の勝利は見えたも同然です。この国は今、手の施しようのない市の病に冒されています。貴女はそれを治癒できる、救いようのない人たちに、手を差し伸べる聖女になれるのです!」
シエルの言葉に、私ははっと胸を突かれた。今まで魔法を他人のために使ったことなど、このお姫様に以外あっただろうか? そういえば、私の人生がやけに輝き始めたのも、他人に対して魔法を使ってからだった気がする。
「……いいのかな、私なんかに助けられて嬉しいのかな」
「貴女が一番最初に助けた女がここにいます、不服そうに見えますか?」
ああ、この人は絶対に折れないんだなと私は思った。彼女はこの三日間の間落ち込んでいたわけでも腐っていたわけでもない、ただ、どうすれば私の悪いイメージを払拭できるのか、考えていてくれたのだ。
「そうと決まれば、早速、町に行きましょう! 何事も、最初が肝心です!」
「あっ……シエル!」
ドアを開け、お姫様らしからぬ速度で走っていくシエル。私はそれを微笑ましくも、危なげに見つめていた。
「……ロゼッタ」
そんな私に、ウィジャスは言う。
「私が、お前をあのパーティに行かせた理由を、よく考えながら行動しろ。──お前はあの会場で、魔法を使って死ぬはずだったのだからな」
「……分かってるよ」
分かってる、そんなこと。自分が死ななければいけない魔女だということも、生きていたら大勢の人に迷惑がかかることも。今ここで息を吸って履いている事自体が、世界を蝕む驚異を呼び覚ます存在を起こす、鐘の音に他ならないということも。
(でも、もう少しだけ夢を見ていたいよ)
これは微睡み。それでも、いい夢であることには変わりなかった。
「まぁ、私はここにいてもらう分には構わんが……シエル様は王族だ、シャルル王が心配なさっているのでは?」
紅茶を嗜みながらウィジャスが尋ねてきた。彼の心配は真っ当なものであり、当然の疑問である。しかしシエルの出生の背景を知らない彼の発言は、背景を知る私から言わせてみれば残酷で、彼女の心を何より抉る言葉であった。
「複雑な事情があるんだって、私は平民だから知りませーん」
私は頬杖を付き、シエルの籠もっている部屋のドアを見つめた。気配はするが、相変わらず静かなその部屋の向こうには、一体どれだけのショックを受けているシエルがいるのだろうか。それを考えると、元凶であり原因である私としては、とても罪悪感に似た何かを抱かずにはいられなかった。
「シエル……」
私がため息を付き、注がれた紅茶に手をかけようとした……まさにその瞬間だった。
「閃きました!」
「し、シエル!?」
ドアを勢いよく開き、意気揚々とした様子でシエルが出てきた。先程まで部屋全体を包んでいた静寂は一気に打ち払われ、私はともかくウィジャスですら目を丸くしていたのである。
「民が私と貴女を信用していないのであれば、信用に足る功績を残せばいいのです! 何故始めから気づいていなかったのでしょうか……私達はまず力を誇示するのではなく、民に寄り添う態度を示さなければならなかった!」
「お、落ち着いてシエル! 元気なのは嬉しいけど、どうしたの?」
「ロゼッタ!」
「はっ、はい!」
思わず敬礼をしてしまうほどには、シエルの目の輝きと声には威厳があった。彼女は私の手を握り、思いっきり顔を近づけてきた。
「えっ!? ちょ、心の準備が……」
「貴女は、傷を癒やしたり病気を治す魔法を使えたりしますか!?」
「ふぇ? ……うん、まぁ。使えるけど」
シエルはより一層目を輝かせ、私の手を上下にブンブン振った。
「ロゼッタ、これで私達の勝利は見えたも同然です。この国は今、手の施しようのない市の病に冒されています。貴女はそれを治癒できる、救いようのない人たちに、手を差し伸べる聖女になれるのです!」
シエルの言葉に、私ははっと胸を突かれた。今まで魔法を他人のために使ったことなど、このお姫様に以外あっただろうか? そういえば、私の人生がやけに輝き始めたのも、他人に対して魔法を使ってからだった気がする。
「……いいのかな、私なんかに助けられて嬉しいのかな」
「貴女が一番最初に助けた女がここにいます、不服そうに見えますか?」
ああ、この人は絶対に折れないんだなと私は思った。彼女はこの三日間の間落ち込んでいたわけでも腐っていたわけでもない、ただ、どうすれば私の悪いイメージを払拭できるのか、考えていてくれたのだ。
「そうと決まれば、早速、町に行きましょう! 何事も、最初が肝心です!」
「あっ……シエル!」
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そんな私に、ウィジャスは言う。
「私が、お前をあのパーティに行かせた理由を、よく考えながら行動しろ。──お前はあの会場で、魔法を使って死ぬはずだったのだからな」
「……分かってるよ」
分かってる、そんなこと。自分が死ななければいけない魔女だということも、生きていたら大勢の人に迷惑がかかることも。今ここで息を吸って履いている事自体が、世界を蝕む驚異を呼び覚ます存在を起こす、鐘の音に他ならないということも。
(でも、もう少しだけ夢を見ていたいよ)
これは微睡み。それでも、いい夢であることには変わりなかった。
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