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「第六話」無能な王
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人混みの中を掻き分けながら、私は彼女の背中を追っていた。その足取りに余裕は感じられず、彼女とすれ違う誰もが、彼女から溢れ出す怒りに違和感を抱いていた。
(無理も無いよね、あんな記事出されちゃったら……)
そう、事の発端はあの記事である。間違った事を言ってはいない、ただ悪意に満ちた言い回しに溢れたあの記事は……大々的に私たち、もしくは魔女である私個人を攻撃するための物であった。そうなれば犯人は大体絞り込める。──その結果が、彼女の怒りを爆発させ、感情に任せた行動をさせるに至ったのである。
人だかりのできているそこには、巨大な建物が聳え立っている。大きさこそ比べるまでも無く小さくはあるものの、美しさで言えば、この国の王城に負けず劣らずの輝かしさを誇っていた。あれがセイレム教の総本山、彼らが祀る神が眠っているとされている大聖堂である。
「開けなさい! 第二王女シエルが命ずる、教祖ブラストは今すぐ私の前に出てきなさい!」
「ちょっ……何やってんのシエル!?」
正門の前で放たれる怒声に、民衆の目が釘付けになる。ひそひそとした憶測の声は、徐々に大きくなっていく。イメージダウンはおろか、教会側のさらなる反感を買う事にもなりかねない。
「やめなよ、やめなって! もう無理だよ、新聞の件で怒ってるんでしょ? あれだけばら撒かれたんだから、それに……私」
「認めない! 私は認めません! そんな不当な理由で、自分ではどうしようもない理由なんかで、貴方を中傷の的になんかさせません!」
「シエル……!」
嬉しさと、だからこそやめて欲しい気持ちが溢れかえって悲しい。こんな事をしても無駄なのも事実であり、彼女の最終的な目標である「王になる事」を考えれば、これは無理やりにでも止めて然るべきなのだ。しかし私にはそれができない、何故なら、彼女の厳しくも温かい優しさを、無下にするだけの度胸と勇気が無いからである。
(でも、このままじゃ……!)
「──何の騒ぎだ」
私があたふたとしている間に、選択権は既に溶けて消えていた。巨大な正門が開かれ、中から強面の男が現れる。燃え盛る炎のような白い髪、岩肌のような顔、きつい眼差し。白い煌びやかな修道服に身を包んだその男からは、何となく嫌な感じがした。……何だろう、凄く、嫌な感じだった。
「うん? ……これはこれはシエル王女ではないですか、何か?」
「何かじゃありません、このふざけた新聞は何なのですか⁉」
そう言って、シエルは持っていたぐちゃぐちゃの新聞を、目の前の男に投げつけた。男はそれを顔色一つ変えずに拾い上げ、見下すような目で見た。
「私の教会が出している新聞ですな、これが何か問題でも?」
「大問題です! 王国中が承認していた決闘の結果を、何故このような悪意に溢れた形で……魔女が不利になるような形でばら撒いたのですか⁉」
「貴方は何か、思い違いをしているようだ」
男は厳しい声色でシエルを威圧した。それは王族に対する態度などではなく、上っ面の敬意を見せているだけで、彼は完全にシエルを見下しているのは明白だった。
「魔女とは、本来許されない存在です。何故ウィジャス殿がそれを庇うのか、そもそも何故貴女がその女を庇うのか……私には見当もつきませんし、失礼ながら怒りが湧いてきます」
「恩人に報い、友を助けたいと思う心の何処が……!」
「そんなくだらない感情で、貴女は王になるおつもりですか?」
男のその一言は、私と彼女……特にシエルの心を貫いた。あまりにも的を得たその指摘と怒りは、確実にシエルの不撓不屈の弁舌を封じてしまっていたのである。
「お帰りください、無能な王よ」
そう言い残し、門は音を立てて閉められた。
「……シエル」
「……」
黙ったまま、シエルは踵を返した。道を開ける民衆の目線は腐りきっていて、彼女の弱弱しい背中を嘲笑う者もいた。アイツの言う通り、子供みたいな理由かもしれない。それで王になるなんて、バカバカしいかもしれない。──だけど。
(シエルは、無能なんかじゃない)
ほのかな怒りと、彼女への絶対的信頼……それだけを胸に抱き、私は彼女の歩いた道を追いかけた。
(無理も無いよね、あんな記事出されちゃったら……)
そう、事の発端はあの記事である。間違った事を言ってはいない、ただ悪意に満ちた言い回しに溢れたあの記事は……大々的に私たち、もしくは魔女である私個人を攻撃するための物であった。そうなれば犯人は大体絞り込める。──その結果が、彼女の怒りを爆発させ、感情に任せた行動をさせるに至ったのである。
人だかりのできているそこには、巨大な建物が聳え立っている。大きさこそ比べるまでも無く小さくはあるものの、美しさで言えば、この国の王城に負けず劣らずの輝かしさを誇っていた。あれがセイレム教の総本山、彼らが祀る神が眠っているとされている大聖堂である。
「開けなさい! 第二王女シエルが命ずる、教祖ブラストは今すぐ私の前に出てきなさい!」
「ちょっ……何やってんのシエル!?」
正門の前で放たれる怒声に、民衆の目が釘付けになる。ひそひそとした憶測の声は、徐々に大きくなっていく。イメージダウンはおろか、教会側のさらなる反感を買う事にもなりかねない。
「やめなよ、やめなって! もう無理だよ、新聞の件で怒ってるんでしょ? あれだけばら撒かれたんだから、それに……私」
「認めない! 私は認めません! そんな不当な理由で、自分ではどうしようもない理由なんかで、貴方を中傷の的になんかさせません!」
「シエル……!」
嬉しさと、だからこそやめて欲しい気持ちが溢れかえって悲しい。こんな事をしても無駄なのも事実であり、彼女の最終的な目標である「王になる事」を考えれば、これは無理やりにでも止めて然るべきなのだ。しかし私にはそれができない、何故なら、彼女の厳しくも温かい優しさを、無下にするだけの度胸と勇気が無いからである。
(でも、このままじゃ……!)
「──何の騒ぎだ」
私があたふたとしている間に、選択権は既に溶けて消えていた。巨大な正門が開かれ、中から強面の男が現れる。燃え盛る炎のような白い髪、岩肌のような顔、きつい眼差し。白い煌びやかな修道服に身を包んだその男からは、何となく嫌な感じがした。……何だろう、凄く、嫌な感じだった。
「うん? ……これはこれはシエル王女ではないですか、何か?」
「何かじゃありません、このふざけた新聞は何なのですか⁉」
そう言って、シエルは持っていたぐちゃぐちゃの新聞を、目の前の男に投げつけた。男はそれを顔色一つ変えずに拾い上げ、見下すような目で見た。
「私の教会が出している新聞ですな、これが何か問題でも?」
「大問題です! 王国中が承認していた決闘の結果を、何故このような悪意に溢れた形で……魔女が不利になるような形でばら撒いたのですか⁉」
「貴方は何か、思い違いをしているようだ」
男は厳しい声色でシエルを威圧した。それは王族に対する態度などではなく、上っ面の敬意を見せているだけで、彼は完全にシエルを見下しているのは明白だった。
「魔女とは、本来許されない存在です。何故ウィジャス殿がそれを庇うのか、そもそも何故貴女がその女を庇うのか……私には見当もつきませんし、失礼ながら怒りが湧いてきます」
「恩人に報い、友を助けたいと思う心の何処が……!」
「そんなくだらない感情で、貴女は王になるおつもりですか?」
男のその一言は、私と彼女……特にシエルの心を貫いた。あまりにも的を得たその指摘と怒りは、確実にシエルの不撓不屈の弁舌を封じてしまっていたのである。
「お帰りください、無能な王よ」
そう言い残し、門は音を立てて閉められた。
「……シエル」
「……」
黙ったまま、シエルは踵を返した。道を開ける民衆の目線は腐りきっていて、彼女の弱弱しい背中を嘲笑う者もいた。アイツの言う通り、子供みたいな理由かもしれない。それで王になるなんて、バカバカしいかもしれない。──だけど。
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