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「第五話」牙を剥く号外
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狭い一本橋の上で、両者の魔法は入れ違い続ける。白い球が同時に何発も放たれ、それと同時に私は髪を梳いた。抜け落ちた髪の毛は炎の壁となり、間一髪のところで魔法を消し去っていた。
「どうした、『髪結いの魔女』! 伝説に語られる貴様の実力はそんなものか⁉ それともなんだ、私の相手など片手間で事足りるとでも!?」
「ご名答! 君の魔法は強いけど雑なんだよね、込められた魔力の割に威力がお粗末って言うか……うーん、未熟!」
唸り声と歯軋りが混じった音。白い球の数は増え、既にあらゆる方向から迫っていた。避ける事は難しいだろう。少し大目に髪を梳き取り、それを即座に両手に握る。片足を軸にその場で一回転、炎の壁は渦を巻き、私を中心に炎の竜巻が巻き起こった。
「くっ……」
「言ったでしょ? 雑なんだって。戦法自体はいいのにさ、どうしてそんなに深めないの?何をそんなに急いでるの?」
「──黙れぇ!」
激昂したハルファスは杖を天に掲げる。すると杖の先に魔力の流れが集約されていく……恐らく、これからとんでもない大技が来るだろう。このレベルの魔術師であれば、山一つを吹き飛ばすような威力を秘めているに違いない。全く、本当にこんな人間が、王女直属の魔術師なのだろうか? 感情に左右されている点については、もはや魔術師失格と言える。
(ま、今の私が言える立場じゃないか)
「魔女ぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
放たれる魔力の一筋。速くは無いが、直撃すれば確実に致命傷を負うというのを肌で感じた。避ける事もできなくは無いが……何せ、後ろには無防備なシエルがいる。彼女を連れて避ける時間も無いし、何より──。
「かっこいいとこ、見せたいし!」
髪を梳き、抜け落ちた赤髪を人差し指でつまむ。姿を変え始めたそれは炎ではなく、五本の指にぐるぐると巻きつき……それはやがて指輪のような見た目になった。指輪一つ一つから髪の毛が射出され、それらは立体的に、迅速に張り巡らされた。
「!?」
「見せてあげるよ、魔女の本気。──『髪結いの魔女』の、本気の魔法!」
驚いた顔のハルファスに不敵な笑みを見せてやり、私は張り巡らされた髪を肩で操る。それらは互いに絡み合い、折り重なり……迫り来る魔力の束を消し去ったのである。
「は、張り巡らされた髪の毛をワイヤーのように使って、魔力を細切れにして霧散させた……!? 在り得ない、あり得ない! そんな魔法聞いたことが無い、やはりお前は……お前は……!」
「魔女だよ」
小刻みに震えるハルファスの手から、杖が零れ落ちる。彼はそれを拾おうとするが、運悪く杖は泥水の中へ……彼は拾うことを躊躇っていて、後ずさりしながら私を睨んでいた。
「拾わないと、死ぬよ」
「っ……わ、私はエーデルハイドの魔術師だぞ⁉ 貴様のような呪われた血ではない、高潔で、誇り高き魔術師の血なのだ! それを、お前みたいな……お前みたいなド素人に……!」
「──拾えつってんだよ、ボンボン」
血管が浮かび上がる程の怒りを、表情筋で彼は表現した。奥歯が嚙み潰されたような音が聞こえ、同時に彼は泥水に手を突っ込んだ。あれほど固着していた泥への嫌悪は、目先の怒りと、借り物のプライドが傷つけられたことへの恐怖で塗り潰されていた。
「うぉおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
杖を握りしめ、突っ込んでくる。その目に理性は無く、とても高潔で埃がある人間だとは思えない……私は呆れを前面に出した溜息をした後に、張り巡らせた全ての髪の毛で、ハルファスを縛り上げて拘束した。
「があっ……くぅっ、クソっ……」
「んで、私の勝ちで良い? 魔力も空、使える魔法は全部通じない、これ以上貴方にできることは無いよね?」
「ふざけるな! 私はエーデルハイドの魔術師で、高潔な血で、誇りがあって、王からたくさんのお褒めの言葉と勲章をもらって、それから、それから……」
怒りがすうっと冷めて逝き、彼の顔からは感情が消えて行った。力なく頷く彼に多少の同情を抱きながら、私は彼の拘束を解いた。崩れ落ちたハルファスはそのまま蹲り、図らずとも彼は約束を果たしたのである。ずたずたに誇りを引き裂かれ、打ちのめされながらも……彼は血に頭を擦りつけ、泥まみれのまま動かなかった。
「……勝った」
シエルは呆然とした表情で、しかし嬉しさを前面に出していた。彼女は私の下に走ってきて、そのまま勢い良く抱き着いてきたのである。もう少しで、倒れる所だった。
「勝った、勝ちました! ロゼッタが、私の最高の友達が!」
「う、うん! えっとその何だろうね、すごーくなんて言うかあれだから抱き着くのは、ちょっと……」
何はともあれ、目的は達成されたことには変わりない。ウィジャスは約束を守る人間だから、きっと約束通り私たちを支持してくれるだろう。抱き着いてくるシエルに赤面がバレないように顔を横に逸らしながら、しかし私も、内心喜んでいた。
掴み取った大きな希望を二人で喜び合いながら、私はまだ笑っていた。
この時は、まだ知らなかった。セイレム教の黒い影が、私たち二人の運命に牙を剥こうとしている事を。この決着の後に、このような号外新聞がばら撒かれたことを。
『最後の魔女、第一王女側近に勝利。敗北したハルファス氏は泥まみれで蹲ったまま動けず、魔女はその様子を楽しそうに笑っていた』
「どうした、『髪結いの魔女』! 伝説に語られる貴様の実力はそんなものか⁉ それともなんだ、私の相手など片手間で事足りるとでも!?」
「ご名答! 君の魔法は強いけど雑なんだよね、込められた魔力の割に威力がお粗末って言うか……うーん、未熟!」
唸り声と歯軋りが混じった音。白い球の数は増え、既にあらゆる方向から迫っていた。避ける事は難しいだろう。少し大目に髪を梳き取り、それを即座に両手に握る。片足を軸にその場で一回転、炎の壁は渦を巻き、私を中心に炎の竜巻が巻き起こった。
「くっ……」
「言ったでしょ? 雑なんだって。戦法自体はいいのにさ、どうしてそんなに深めないの?何をそんなに急いでるの?」
「──黙れぇ!」
激昂したハルファスは杖を天に掲げる。すると杖の先に魔力の流れが集約されていく……恐らく、これからとんでもない大技が来るだろう。このレベルの魔術師であれば、山一つを吹き飛ばすような威力を秘めているに違いない。全く、本当にこんな人間が、王女直属の魔術師なのだろうか? 感情に左右されている点については、もはや魔術師失格と言える。
(ま、今の私が言える立場じゃないか)
「魔女ぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
放たれる魔力の一筋。速くは無いが、直撃すれば確実に致命傷を負うというのを肌で感じた。避ける事もできなくは無いが……何せ、後ろには無防備なシエルがいる。彼女を連れて避ける時間も無いし、何より──。
「かっこいいとこ、見せたいし!」
髪を梳き、抜け落ちた赤髪を人差し指でつまむ。姿を変え始めたそれは炎ではなく、五本の指にぐるぐると巻きつき……それはやがて指輪のような見た目になった。指輪一つ一つから髪の毛が射出され、それらは立体的に、迅速に張り巡らされた。
「!?」
「見せてあげるよ、魔女の本気。──『髪結いの魔女』の、本気の魔法!」
驚いた顔のハルファスに不敵な笑みを見せてやり、私は張り巡らされた髪を肩で操る。それらは互いに絡み合い、折り重なり……迫り来る魔力の束を消し去ったのである。
「は、張り巡らされた髪の毛をワイヤーのように使って、魔力を細切れにして霧散させた……!? 在り得ない、あり得ない! そんな魔法聞いたことが無い、やはりお前は……お前は……!」
「魔女だよ」
小刻みに震えるハルファスの手から、杖が零れ落ちる。彼はそれを拾おうとするが、運悪く杖は泥水の中へ……彼は拾うことを躊躇っていて、後ずさりしながら私を睨んでいた。
「拾わないと、死ぬよ」
「っ……わ、私はエーデルハイドの魔術師だぞ⁉ 貴様のような呪われた血ではない、高潔で、誇り高き魔術師の血なのだ! それを、お前みたいな……お前みたいなド素人に……!」
「──拾えつってんだよ、ボンボン」
血管が浮かび上がる程の怒りを、表情筋で彼は表現した。奥歯が嚙み潰されたような音が聞こえ、同時に彼は泥水に手を突っ込んだ。あれほど固着していた泥への嫌悪は、目先の怒りと、借り物のプライドが傷つけられたことへの恐怖で塗り潰されていた。
「うぉおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
杖を握りしめ、突っ込んでくる。その目に理性は無く、とても高潔で埃がある人間だとは思えない……私は呆れを前面に出した溜息をした後に、張り巡らせた全ての髪の毛で、ハルファスを縛り上げて拘束した。
「があっ……くぅっ、クソっ……」
「んで、私の勝ちで良い? 魔力も空、使える魔法は全部通じない、これ以上貴方にできることは無いよね?」
「ふざけるな! 私はエーデルハイドの魔術師で、高潔な血で、誇りがあって、王からたくさんのお褒めの言葉と勲章をもらって、それから、それから……」
怒りがすうっと冷めて逝き、彼の顔からは感情が消えて行った。力なく頷く彼に多少の同情を抱きながら、私は彼の拘束を解いた。崩れ落ちたハルファスはそのまま蹲り、図らずとも彼は約束を果たしたのである。ずたずたに誇りを引き裂かれ、打ちのめされながらも……彼は血に頭を擦りつけ、泥まみれのまま動かなかった。
「……勝った」
シエルは呆然とした表情で、しかし嬉しさを前面に出していた。彼女は私の下に走ってきて、そのまま勢い良く抱き着いてきたのである。もう少しで、倒れる所だった。
「勝った、勝ちました! ロゼッタが、私の最高の友達が!」
「う、うん! えっとその何だろうね、すごーくなんて言うかあれだから抱き着くのは、ちょっと……」
何はともあれ、目的は達成されたことには変わりない。ウィジャスは約束を守る人間だから、きっと約束通り私たちを支持してくれるだろう。抱き着いてくるシエルに赤面がバレないように顔を横に逸らしながら、しかし私も、内心喜んでいた。
掴み取った大きな希望を二人で喜び合いながら、私はまだ笑っていた。
この時は、まだ知らなかった。セイレム教の黒い影が、私たち二人の運命に牙を剥こうとしている事を。この決着の後に、このような号外新聞がばら撒かれたことを。
『最後の魔女、第一王女側近に勝利。敗北したハルファス氏は泥まみれで蹲ったまま動けず、魔女はその様子を楽しそうに笑っていた』
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