髪結いの魔女

キリン

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「第一話」空飛ぶ騎獣

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 十七年間隠し通してきた「自らは魔女である」という秘密が王国中に露呈したにも関わらず、私の首には縄がかけられていない。それどころか拘束もされていない、死んだはずなのに生きているような心地だ。

「勢いってすごいねぇ、てっきり問答無用で殺されちゃうかと思った」

 私は牢屋の中で一人ぼやいてみる。城の牢屋に入るのはこれが初めてではないが、何度入ってもやはり居心地は最悪である。臭いし汚いし、何より暗い。時間が経つにつれて罪人の心が磨り減るようにあえてこのような状態にしているのだろう。

 今、この城の会議室で緊急会議が開かれている。議題は公表されてはいないが、十中八九魔女である私の処遇についてだろう。本来ならばあの場で処刑されていたはずの私を、何と王女であるシエルが擁護した……しかし波紋はそれだけに留まらなかった。彼女は放棄していた王位を、勝利がほぼ確定しているイザベラと争うと言い出したのだ。

「──ロゼッタ」
「おっ、噂をすれば何とやら」

 面を上げると、そこには疲れ切った表情のシエルが居た。理由は大体察しが付く、会議でただ一人だけ、私の事を擁護し続けてくれたのだろう。私が牢屋に入ってからかなりの時間が経ったが、全く彼女の義理堅さには頭が上がらない。

「ごめんなさい、やっぱり無条件で貴女を自由にすることは出来そうにないです。姉さまから王位を勝ち取らなければ……力及ばず、申し訳ないです」
「謝らないでよ。本当なら、私は今ここで生きてるのもおかしいんだよ? 少しでも長生きできる希望をくれた君には、感謝しかないんだから」

 シエルはそれを、苦虫を噛みつぶしたような表情で聞き届けた。持っていた鍵を鍵穴に差し込み、くるりと回す……すると鉄の牢屋は開かれ、私はしばらくぶりに牢屋の外に出た。

「うーん! やっぱり自由っていいね!」
「安心するのはまだ早いですよ。王位中間発表までもう時間がありません、どうにかして民衆の支持を集めなければ……ロゼッタ、貴方の意見を聞かせてもらっても?」
「うーん、そうだねぇ」

 とまぁ、考えるしぐさをしては見るが何にも思いつかない。他人からの注目を浴びないように生きてきた私だ、真反対の事を、しかも民衆からの支持を集めるという条件付きで考えるのは、どうにも頭の回転が追い付かない。

「……やっぱ無理じゃない?」
「無理でもやるんです! 貴女、まるで他人事みたいですね⁉ 生きる気あるんですか⁉」
「あーごめんごめん! 考えるからそんなに怖い顔しないでよ!」

 嬉しいのだが、怒ったシエルは怖い。こんな人に論破されまくっていたエンザイの心境がなんとなく分かる気がする、アイツの場合は自業自得だが。

「あっ」
「何です?」
「私の師匠に相談してみるってのはどうかな!?」
「……? ロゼッタの、師匠?」

 険しくなっていくシエルの表情、私は身振り手振りで彼女を落ち着かせながら、自分の案がどれだけ有用なのかを説明した。シエルは微妙に納得していない表情だったが、現状が現状である。藁にもすがるような思いで、彼女は頷いた。

「じゃあ、まずは師匠の家に行こうかな。あっ、私って行動制限とかあるの?」
「特にはありませんが、私の許可が無ければ魔法を使ってはいけません。もしも私の許可無しに魔法を使った場合、国は問答無用であなたを処刑する、とのことです」

 思っていたよりも寛大な条件だと、私はシエルの交渉術に舌を巻いた。魔女であるだけで殺されるレベルの国なのであれば、魔法を使う事すら許さない。つまりは、「もしも理不尽な暴力に晒されても抵抗せずに殺されるべし」といった条件ぐらいは覚悟していたのだが。

「とにかく、私がいない間に魔法は使わないように。使ってしまえば、私の力でも庇うことは出来ないでしょう」
「肝に銘じますよ、っと」

 そうこう話しているうちに、私たちは正門を潜って城外に出た。緑豊か、賑わう街並みを一望できるこの城から見る景色は、やはり格別だった。そして道の端に並んでいる馬車の数々は、私の胸を大きく高鳴らせた。──だが。

「んじゃ、師匠の家に……ってあれ、あれれ? ねぇシエル、乗らないの? 馬車ならあそこにあるよ?」
「そこについてもごめんなさい。私は父……シャルル王から馬車を賜っていないんです。あそこに在るのは全てイザベラお姉さまの物なので、私の権限では何とも」

 シエルに対するシャルル王の冷遇は、私が思っているよりも酷いらしい。実の娘、しかも同じ王族に馬車の一つも与えないとは、もしや彼女は、今まで徒歩で出かけていたのか?     
 とても自分の娘への対応とは思えなかった。

「ですので、ここからは徒歩になります。もしかして貴女の師匠は、とても遠い場所に住んでいるのですか?」
「徒歩だと三日以上は掛かるね。ってか、シエルはお父さんに怒らないの? 何で自分だけ馬車が無いんだ、って」
「いいんです。私は、その……母親が平民だったので」

 そう言って、シエルは掻き消すように早歩きをした。彼女の背中には焦りのような、何とも言えない燻った何かがある気がした……だがこれではっきりしたことがある。シャルル王は、シエルを本当の娘だなんて思っていないのだ。

「……ムカつく」

 私は走り出し、シエルの小さな背中に追いついた。

「シエル、馬車が無いなら私が用意するよ。イザベラさんも、シャルル王も、誰も持っていないような素敵な馬を!」
「えっ? ちょっ……ロゼッタ!?」

 驚いた顔をしたシエルに背を向け、私は口笛を甲高く鳴らした。広い空に響いていくそれは、やがて虚空へと溶けていく……そしてその虚空から、私の呼び声に応じる翼が現れた。

「──グ、グリフォン!?」
「私の使い魔のイルだよ! さぁ、乗って!」

 私はシエルの手を掴み、利口に待つイルの背中に乗せた。イルは始め違和感を覚えていたが、すぐにシエルが気に入ったようだ。機嫌の良さそうな鳴き声を上げ、一気に大空へと飛び上がった。

「ひゃっほー!」
「たっ、高い! 高いですロゼッタ! ウウっ……」
「おやおや? シエルってもしかして高所恐怖症だったりする?」
「ぶっ、無礼者! 私に怖いものなんて……きゃああああっ!?」

 吹き抜ける風が強くなり、それに比例して加速し続けるイル。叫びながらもしっかりと私にしがみ付くシエルからは、自分の境遇に対する暗い感情は吹き飛んでしまっていた。

「このまま師匠の家まで突っ込むぞ~!」
「きゃあああああああああああああああああ!!!!」

 絶叫と軽快な笑い声が溶けあいながら、世にも珍しい空飛ぶ騎獣は、流れ星のような速度で空を駆けて行った。


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