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第二部
ルゥ
しおりを挟む「ーーそれで、この子どうしようか?」
「なにか分かったことはあるか?」
「あぁ、うん。それなんだけど……」
眠ってしまった幼子を見ながら、枢は話し出す。
老婆は子供の祖母であったことや、彼らが何らかの理由により、ゼアル王国から逃げてきたのだということを。
「ゼアルからここまで? 老人と子供が……」
「そうなんだよね。ゼアル王国って、最近なんかあったっけ?」
「特になかった気がするが……、いや。少し前に新王が即位したのではなかったか?」
記憶を探るようにアシュレイが言う。それに頷くと、リオンが続けて喋り出す。
「おっしゃる通りです。半年ほど前に前王が崩御され、その息子が即位されています」
「その事と、この子たちが逃げてきたことになにか関係が?」
「分からない……。とりあえず調べてみよう。陛下からは滞在の許可が降りている。この子が起きたら少し話をしてみよう。祖母の遺体のこともあるしな」
「そうだね」
目元を赤く染め、離さないというように老婆の纏ったローブを握りしめて眠る子供。
たった一つの拠り所を無くしてしまったであろうこの子に、この世界に来る前の自分が重なる。
(……守ってあげなきゃ)
傷ついたこの子を助けてあげたい、傍で慈しんであげたい。……この世界に来て、自分がアシュレイにそうしてもらったように。
未だ目を覚ます様子のない、小さな丸い頭を枢は優しく撫でた。
♢♦︎♢
「あ! アシュレイ起きたみたい!!」
それは夕食の準備を行なっているときのこと。匂いにつられたのだろうか、モゾリと布団が蠢いて子供が顔を出した。
すぐに気づいた枢がアシュレイを呼び、それからベッドサイドへ歩み寄る。
「……っ!!」
「大丈夫だよ、何もしないから」
近づいてきた二人を見上げ肩を揺らす幼子。
安心させるように枢はしゃがみ、目線を合わせて更に言葉を続ける。
「さっきも言ったけど、僕は枢だよ。よろしくね。君の名前は『ルゥ』で間違いないかな?」
そう問えば、少し視線をさ迷わせてからコクンと頷く。
「そっか、いい名前だね。ルゥはいくつなのかな?」
これには指を四つ立てる動作で返す。
「四つか。小さいのにここまでおばあちゃんと旅してきたんだね? えらいね」
そう言えば、俯かせていた顔をパッとあげ、隣に目をやる。そして再びこちらを向いて縋るような視線を投げかけてきた。
「…………ルゥ、お話したおばあちゃんのこと、覚えてるかな? おばあちゃんはもう、動かなくなっちゃったって」
それを聞くとくしゃりと顔が歪んで、そのまろい頬を再び涙が流れていく。先程と違うのは、声をあげない事だった。
「覚えてるんだね。悲しいね、辛いね。僕もお母さんが死んじゃったからわかるよ。たくさん泣いていいからね」
言いながら枢はベッドに腰掛け、声をあげずに泣くルゥを優しく抱き寄せ、そっと頭を撫でる。
そうすれば震える体でしがみついてきて、胸元に顔を押付け悲しみに耐えているようだった。
「落ち着くまでずっとこうしてるからね。大丈夫だよ。きみはすごい子だ」
ポンポン背中を叩いてあやしながら、彼の心が落ち着くよう優しく声をかけ続ける。そうしていれば次第に震えが止まり、ゆっくりと顔を上げた。
「おや。もう大丈夫なの?」
涙に濡れて煌めくピジョンブラッドの瞳。未だ呼吸は整っていないがしっかりと頷いたルゥに微笑むと、体勢はそのままに枢は再び話し出す。
「いい子だね。それじゃあお話を続けるね。ルゥはどうしてここまで来たの? おうちはゼアル王国にあるんだよね?」
そう訊ねればピク、と肩を跳ねさせてから俯き、体を少し強ばらせる。
(おや……)
ベッドサイドに立ったまま見守っているアシュレイに視線を投げれば、彼も神妙な顔をして頷く。
「言いたくない? それなら無理に言わなくていいからね。ルゥが嫌なことはしないよ。それじゃあ次の質問ね」
枢の言葉にほっとしたのか、力が抜ける。再び顔を上げてくれたので、気になっていることを聞いてみた。
「ルゥはお話できないのかな? 声が出ない?」
パチパチ。ルゥは瞬きをする。
それから口をパクパクさせて、一瞬驚いた顔をする。
(あれ? もしかして本当に声が出ないのかな?)
確かに泣き声を聞いたので、今はあえて喋らないだけなのだと思っていたのだが、違ったのか。
そう思っていれば、ルゥはまた視線を泳がせてから頷いた。
「……そっか。喋れないんだね。ごめんね、たくさん聞いちゃって。答えてくれてありがとう。ねぇルゥ、お腹すいてない?」
声が出ないことに驚きはしたが慌てることはなく、なにかバツが悪そうな顔をするのが気になる。
『喋れない』というより、『喋りたくない』気持ちが強いように感じた。
だが、ここで焦っても仕方がない。枢はひとまず食事を勧めてみることにした。
すると目を大きく開き、嬉しそうな顔をする。途端に小さく「キュルルル」と腹の虫が泣いた。
「っ、ぷ! あははは!! お腹すいてたんだね! ゴメンね!! 準備してるからご飯食べようか」
子供らしい一面を見られて、枢はホッとする。
なにやら秘密を抱えているのは分かるが、それを強引に聞き出すつもりは無い。時間をかけて心を開き、それから打ち明けてくれればいいと、美味しそうに食事を頬張るルゥを見て枢は思った。
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