嫌われ者は異世界で王弟殿下に愛される

希咲さき

文字の大きさ
上 下
50 / 50
第二部

ルゥ

しおりを挟む


「ーーそれで、この子どうしようか?」
「なにか分かったことはあるか?」
「あぁ、うん。それなんだけど……」

 眠ってしまった幼子を見ながら、枢は話し出す。

 老婆は子供の祖母であったことや、彼らが何らかの理由により、ゼアル王国から逃げてきたのだということを。

「ゼアルからここまで? 老人と子供が……」
「そうなんだよね。ゼアル王国って、最近なんかあったっけ?」
「特になかった気がするが……、いや。少し前に新王が即位したのではなかったか?」

 記憶を探るようにアシュレイが言う。それに頷くと、リオンが続けて喋り出す。

「おっしゃる通りです。半年ほど前に前王が崩御され、その息子が即位されています」
「その事と、この子たちが逃げてきたことになにか関係が?」
「分からない……。とりあえず調べてみよう。陛下からは滞在の許可が降りている。この子が起きたら少し話をしてみよう。祖母の遺体のこともあるしな」
「そうだね」

 目元を赤く染め、離さないというように老婆の纏ったローブを握りしめて眠る子供。
 たった一つの拠り所を無くしてしまったであろうこの子に、この世界に来る前の自分が重なる。

(……守ってあげなきゃ)

 傷ついたこの子を助けてあげたい、傍で慈しんであげたい。……この世界に来て、自分がアシュレイにそうしてもらったように。

 未だ目を覚ます様子のない、小さな丸い頭を枢は優しく撫でた。


          ♢♦︎♢


「あ! アシュレイ起きたみたい!!」

 それは夕食の準備を行なっているときのこと。匂いにつられたのだろうか、モゾリと布団が蠢いて子供が顔を出した。
 すぐに気づいた枢がアシュレイを呼び、それからベッドサイドへ歩み寄る。

「……っ!!」
「大丈夫だよ、何もしないから」

 近づいてきた二人を見上げ肩を揺らす幼子。
 安心させるように枢はしゃがみ、目線を合わせて更に言葉を続ける。

「さっきも言ったけど、僕は枢だよ。よろしくね。君の名前は『ルゥ』で間違いないかな?」

 そう問えば、少し視線をさ迷わせてからコクンと頷く。

「そっか、いい名前だね。ルゥはいくつなのかな?」

 これには指を四つ立てる動作で返す。

「四つか。小さいのにここまでおばあちゃんと旅してきたんだね? えらいね」

 そう言えば、俯かせていた顔をパッとあげ、隣に目をやる。そして再びこちらを向いて縋るような視線を投げかけてきた。

「…………ルゥ、お話したおばあちゃんのこと、覚えてるかな? おばあちゃんはもう、動かなくなっちゃったって」

 それを聞くとくしゃりと顔が歪んで、そのまろい頬を再び涙が流れていく。先程と違うのは、声をあげない事だった。

「覚えてるんだね。悲しいね、辛いね。僕もお母さんが死んじゃったからわかるよ。たくさん泣いていいからね」

 言いながら枢はベッドに腰掛け、声をあげずに泣くルゥを優しく抱き寄せ、そっと頭を撫でる。
 そうすれば震える体でしがみついてきて、胸元に顔を押付け悲しみに耐えているようだった。

「落ち着くまでずっとこうしてるからね。大丈夫だよ。きみはすごい子だ」

 ポンポン背中を叩いてあやしながら、彼の心が落ち着くよう優しく声をかけ続ける。そうしていれば次第に震えが止まり、ゆっくりと顔を上げた。

「おや。もう大丈夫なの?」

 涙に濡れて煌めくピジョンブラッドの瞳。未だ呼吸は整っていないがしっかりと頷いたルゥに微笑むと、体勢はそのままに枢は再び話し出す。

「いい子だね。それじゃあお話を続けるね。ルゥはどうしてここまで来たの? おうちはゼアル王国にあるんだよね?」

 そう訊ねればピク、と肩を跳ねさせてから俯き、体を少し強ばらせる。

(おや……)

 ベッドサイドに立ったまま見守っているアシュレイに視線を投げれば、彼も神妙な顔をして頷く。

「言いたくない? それなら無理に言わなくていいからね。ルゥが嫌なことはしないよ。それじゃあ次の質問ね」

 枢の言葉にほっとしたのか、力が抜ける。再び顔を上げてくれたので、気になっていることを聞いてみた。

「ルゥはお話できないのかな? 声が出ない?」

 パチパチ。ルゥは瞬きをする。
 それから口をパクパクさせて、一瞬驚いた顔をする。

(あれ? もしかして本当に声が出ないのかな?)

 確かに泣き声を聞いたので、今はあえて喋らないだけなのだと思っていたのだが、違ったのか。
 そう思っていれば、ルゥはまた視線を泳がせてから頷いた。

「……そっか。喋れないんだね。ごめんね、たくさん聞いちゃって。答えてくれてありがとう。ねぇルゥ、お腹すいてない?」

 声が出ないことに驚きはしたが慌てることはなく、なにかバツが悪そうな顔をするのが気になる。
『喋れない』というより、『喋りたくない』気持ちが強いように感じた。
 だが、ここで焦っても仕方がない。枢はひとまず食事を勧めてみることにした。

 すると目を大きく開き、嬉しそうな顔をする。途端に小さく「キュルルル」と腹の虫が泣いた。

「っ、ぷ! あははは!! お腹すいてたんだね! ゴメンね!! 準備してるからご飯食べようか」

 子供らしい一面を見られて、枢はホッとする。

 なにやら秘密を抱えているのは分かるが、それを強引に聞き出すつもりは無い。時間をかけて心を開き、それから打ち明けてくれればいいと、美味しそうに食事を頬張るルゥを見て枢は思った。
しおりを挟む
感想 52

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(52件)

キース
2024.07.20 キース

クソガキ共のざまぁはちょっと甘いですね。退学と家族の社会的抹殺ではまだまだ足りないと思います。
性奴隷にでもならないと。
稔が可哀想。護衛は役立たずでしたね

解除
YORU
2023.03.16 YORU

とても面白かったです!
枢の家族のその後とかも気になります!

解除
四葩(よひら)

2人がお揃いのリボンで髪を結うのも、見てみたいです。とてもお似合いかと💡

解除

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。