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「今からする話をよく聞け」

 昼食前に起きた子狐に貴嶺は言った。
 ぽやぽやした状態ながらも子供はしっかりソファに座り、真っ直ぐ彼に向き直る。

「よし、いい子だ。……まずひとつ。お前はここに残りたいか? それとももといた場所に戻りたいか。どっちだ?」

 ふたつ並んだ満月のような瞳を見つめて告げれば、子狐はぱしぱしと瞬きをする。それから首を傾げて訊ねた。

「きょうも、とまる?」

 昨夜の貴嶺の言葉を思い出しているのだろうが、それに対して貴嶺は首を振る。

「違う。泊まるんじゃなくて、ここで俺と一緒に暮らすんだ」
「いっちょに、くらしゅ……」
「そうだ。昨日みたいにふかふかの布団で寝て、起きたらご飯を食べる。この家で、俺と一緒にだ」
「……っ!!」

 それを聞いた子供は目を輝かせる。頬をぱっと赤く染めると、ふすふすと鼻息荒く貴嶺ににじり寄ってきた。

「くらしゅ! たかね、といっちょ! くらしゅ!!」
「……お前の親はどうする? 住んでた家は?」

 小さな子供に意地の悪いことをしている自覚はあるが、それでも必要な事だ。
 問われた彼はすぐに笑顔を消して考え込む。

「んゅ……。お、かあしゃん? でも、ぼくのおかあしゃんじゃないって。『もどってくるな』って、ゆってた、よ?」

 たどたどしくもそう告げ、子供は真っ直ぐにこちらを見る。

「ーーそうか。でも、ここに住んでも俺は優しくないかもしれないぞ? お前が言うことを聞かなかったら怒るし、家の手伝いだってさせる。それでもお前はここに残るか……?」

 そう聞くと、二人の間にしばらく沈黙が落ちる。お互いの顔を見つめあったまま動かないでいれば、子狐が急に貴嶺の膝に乗り上げてきた。

「うわ、なんだお前っ」
「いい!」
「……あ? なんだって?」
「おこっても、いい! おてつだいもしゅる!!」
「お前……」
「たかね、は、やさしいよ? だからぼく、いっちょにここにいたい!」

 きゅぅ、と服を握る手は微かに震えていて。この答えが安易に決めたものでないと知る。

「……そうか。わかった!」
「にょわぁ!?」

 貴嶺は膝に乗った子狐を抱き抱えて立ち上がった。

「ならお前は今日からうちの子だ。……ちゃんといい子にできるか?」
「っ、あい!」
「約束事は絶対に守れ」
「あい!!」
「悲しいことや辛いことがあったら、絶対に俺に教えること」
「う? ……ん、あいっ!!」
「よし! ならまずお前に名前をつけてやろう」
「ふぇ?」

 人形のように脇に手を入れ目線の高さに掲げる。ぷらんと両手足を垂らしている様は非常に愛らしい。

「お前は月みたいに綺麗な目をしてる。だから"こはく"だ」
「……こはく?」
「そうだこはく。それが、お前の名前だ」
「こはく……。ぼくの、なまえ」
「ああ。気に入ったか? こはく」
「ッうん! こはく!! ぼく、こはくっ!!」

 掲げられた状態でジタバタと暴れるので腕の中に閉じ込めてやれば、小さな腕を目いっぱい伸ばして貴嶺に抱きついてくる。

「たかね、ありあと! こはく! うれしいっ!!」

 ブンブンと揺れる真っ白なしっぽがその喜びを物語っていて、貴嶺も笑みがこぼれる。

「……よかったな。お前のことは絶対、俺が守ってやるからな」
「う……??」

 興奮しているこはくには己の洩らした小さな呟きは聞こえなかったらしく、首を傾げている。
 貴嶺はなんでもないふうを装うと、ふわふわの髪を優しく撫でた。

「お前は覚えることが沢山ある。まずは言葉遣いからだ。それから挨拶や礼儀、マナーなんかもだ」
「? わ、かった!!」

 ーーこうして名前もなかった小さな白狐はこの日、『こはく』という名を貰い、新しい人生を踏み出したのだった。
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