男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora

文字の大きさ
上 下
419 / 525
第四章 ラブコメって言ったら学園じゃね…

第410話 体育祭、午後の部です。

しおりを挟む
 ノアは、まじまじと上から下までヴェルを見やった。
 庭仕事を終えて、そのまま食事の準備をし始めたヴェルは、髪にくしも通していないどころか、麦わら帽子をかぶった跡が髪にくっきりついている。
 ノアは不思議そうに首を傾げた。
「失礼だが、ヴェル。客人……というには、出立ちが使用人のようなんだけど」
「え? ああ。何もしてないってのも落ち着かないから、俺もリウの手伝いと……、あと庭の手入れを少しやってる」
 ノアはメガネ越しにじっとヴェルの顔を見た。ノアのまつ毛の長さに、ヴェルは思わずどきりとする。
 天を向くその黒いまつ毛はふさふさと長く、切れ長の瞳を縁取っている。肌は透き通るように白く、きめ細やかだった。
 薄い唇はほんのりと紅色で、誰が見ても美しいと形容されるだろう。
 しかしその柳眉りゅうびが顰められ、艶やかな唇が僅かに戦慄わなないた。

「ヴェル……。まさかとは思うけど、そのまま庭仕事を……?」
「そのまま?」
「だから、肌に何も塗らずにということだよ」
 肌に何か塗る、というのが、何を指しているのか分からずヴェルは眉根を寄せた。困惑の眼差しを向けるヴェルに、ノアは頭痛をおさえるかのようにこめかみに指を当てた。
「信じられない……。せめて日焼け止めを塗ってくれ。私のをあげるから」

 ポケットから色とりどりの缶を取り出したノアは、その中から掌にちょこんと収まるような青い缶を選んでヴェルに渡した。
 言われるがままに受け取り、蓋を取ってみると、中には軟膏のような、白いクリーム状のものが入っていた。
「日焼け止めって王都の貴族がつけるようなものだよな?」
「今は庶民でもつけるよ。はぁ……、リウにもつけるよう言ってるんだけど、この子は『焼けたら焼けたで構いません』なんて言うから」
 リウは「だって面倒じゃないですか」とヴェルの横から口を挟む。なるほどリウらしい、と、ヴェルは苦笑した。
「俺もどちらかというとそっちだけどな。まあいいや。とりあえず塗ってみるよ。ありがとう」
 必要とはあまり思わないが、せっかく厚意でくれているのだからつけないのも申し訳ない。
 するとノアはゆったりと目を細め、口の端に柔らかな笑みを浮かべた。
「ヴェルは良い子だねえ」
「良い子って……」
 もう「子」という年ではないし、そもそもノアとはそう年齢も変わらないと思うが。
 答えあぐねるヴェルの前で、ノアがリウに問う。
「カイとシグは?」
「殿下は眠っておられます。シグは出かけてます」
「おやおや。昼夜逆転は肌に悪いんだが、まあ、そうも言ってられないか……。私は先に城へ行っているよ。カイが起きたらそう伝えておいてくれ」

 ほっそりとした手をひらりと振ると、ノアは踵を返した。長旅から戻ってきたばかりだろうに、軽やかな足取りで館を出ていったノアを見送り、リウは「本当に自由なんだから」とこぼす。
 ヴェルはふとリウに訊ねた。
「ノアは『殿下』呼びじゃないんだな」
「そうですね。まあ、ノアは付き人の中でも特別です。公の場ではちゃんと呼んでますから大丈夫ですよ」
 リウは「夕飯の支度が途中でした」と慌ただしく厨房へ戻っていく。

 ヴェルはリウを追い掛けようとして、貰った缶に目を落とした。缶の中に入っていた日焼け止めの軟膏は、リウが言ったようにどことなく薬草のような匂いがする。だが決して鼻につくような嫌な香りではなく、むしろふわりとかぐわしい。
 今ばかりは、先ほど聞いたリウの言葉がぐるぐると頭の中を巡ってしまう。
『殿下もあの匂いは好きって言ってましたから』

 なんだか辻褄が合ってしまった気がする。
 断り続ける縁談。
 名前呼びが許される昔馴染み。
 好きな匂いのする、特別なオメガ——

(加えて、導医なんていう最難関に合格するほどの実力派魔導士。……で、あれだけ美人で気さくな性格、と。いやぁ……お似合いすぎて何も言えねえな。いや、別に元々何か言うつもりもなかったけど)

 恋愛のような分不相応なものを望んだことなど、今までの人生において一度もない。自分の人生においてそれは用意されていないのだ。選択肢として現れない。
 ヴェルは口の中で小さく「ない」と呟いた。

(ないない。俺には関係ない。この手の話は、元々俺には関係がない)

 カイは確かに良い匂いがした。だが、だったら何だというのか。

(恋だの愛だのは、まともな人間がやることなんだよ。俺じゃない)
 ヴェルは青い缶を慈しむように撫でた。

 ノアは、『この辺りの村をちょっと見ておこうと思ったら、どこも導医不足でね』と言っていた。口ぶりからして、自分の利益など考えず、困っている人たちを助けていたのだろう。つい、恩師の姿と重なってしまい、瞼を伏せる。

 そう、恋だの愛だの。幸せな結婚だの、愛すべき家庭だの。そういう「ちゃんとしたこと」は、まともな人間同士でやるものなのだ。
 一瞬で、ヴェルの顔から表情が消える。
(——……俺のせいで、先生は死んだ)
 そして缶をポケットにしまいこむと、リウを追い掛けて厨房へ向かった。
(俺には、まともな人間の資格がないんだよ)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです

.
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

嘘つきレイラ

織部
ファンタジー
1文800文字程度。通勤、通学のお供にどうぞ。 双子のように、育った幼馴染の俺、リドリーとレイラ王女。彼女は、6歳になり異世界転生者だといい、9歳になり、彼女の母親の死と共に、俺を遠ざけた。 「この風景見たことが無い?」 王国の継承順位が事件とともに上がっていく彼女の先にあるものとは…… ※カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

処理中です...