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第三章 ある少年の回顧録
第332話 卒業 (side : 倉持幸恵)
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「倉持さん、お花持った?お線香とライターは鞄にいれたから大丈夫だよ。
早く行こうよ。」
「待って下さいひろし君、まだ着替えが終わってないんですよ~。」
「もう~、しようがないな~。車の所で待ってるね。」(ぷんすか)
あれから約三年の月日が経った。ひろし君も明日の卒業式を終えるともう中学生だ。
あれからも彼の周りでは色々な事があった。
律子さんが亡くなって一週間、当初ひろし君は食事も喉を通らないほど鬱ぎ込んでいた。でもそんなひろし君を救ったのは律子さんが残したビデオレターだった。
ひろし君は律子さんの想いに触れ、少しずつ元気を取り戻していった。
私に出来たのはただ見守ると言う事だけであったが、彼は"ありがとう"と優しく微笑んでくれた。
ひろし君の心はゆっくりと癒されて行く。しかしながら現実はそう甘くはなかった。
次に起きたのはひろし君の親権問題だった。彼の母親になりたい、そうした人物が殺到したからだ。こうした問題は男の子が遺された場合度々起こる事であった。
私は急ぎ男性保護観察局に連絡を入れ、ひろし君の保護を申請した。
ひろし君はしばしの間保護観察官にその身柄を保護され、その間に親権に関する各種手続きを行う事となった。
律子さんはもしもの場合の後見人として、私の名前を登録していてくれた。
「倉持幸恵さんですね。」
男性保護観察局から渡されたのは、今後ひろし君に関わる保護責任者として倉持幸恵を任命する旨の書類と、承認証であった。
これで晴れて私はひろし君の"保護者"となった。
ひろし君が学校へ復学してしばらくは、蜂の巣を突ついた様な騒ぎであった。そのほとんどは彼を心配する声であったが、なかにはそんな彼に近づきあわよくばといった下心見え見えの者も少くない数見受けられた。
だがひろし君はこうした無自覚の悪意に対しても嫌悪を示す事なく、爽やかな笑顔で対処していった。
彼は演じきったのだ、女性の理想とする本物の王子様を。
その姿は、あの日最後に見せた律子さんの演技そのものであった。
「もう、遅いよ~。今日はお母さんに小学校卒業と私立桜泉学園中等部入学の報告に行くんだからね!
僕の節目なんだから、しっかりしてよね。」
「本当にごめんなさい、お待たせしました。それじゃ行きましょうか。」
"バタン"
私は運転席に乗り込み、一路律子さんの眠る場所に向けハンドルを切った。
「倉持さん、小学校では本当に色々あったね。」
窓の外に広がる街並みも、徐々に春の装いに変わってきた。待ち行く人々も暖かさを求める服装から自由に動き回る服装へ。
季節は此方の都合には関係なく流れていく。
「ハハハハ、そうね、話題の中心はいつもひろし君だったけどね。」
「ううん、そんな事ないよ。僕も昔はそんな風に思ってた頃もあったけど、僕以外にも凄い子は沢山いるんだなって思い知らされたよ。
六年生の時の運動会なんかがそうかな?今まで僕は体育の駆けっ子で負けた事なんてなかったんだ。それがあわよくばって事があんなに何度もあるなんて思いもしなかったよ。最後のリレーなんか、あれほど必死に走ったの生まれて初めてだったかも。
それに学芸会の舞台も、お母さんには全然及ばないけどみんな必死に舞台に取り組んでくれて。嬉しかったな~、"幸福の王子様"はお母さんが大好きなお話しだったから。
受験生の女の子を応援する会で僕が歌を歌った事があったでしょ?
あれって同じ学校の男子生徒が頑張ってる女子生徒の為にって言って企画したんだって。僕今まで他の男子生徒の事ってあまり考えた事なかったけど、僕以外にも形は違うけど王子様っているのかもしれないね。」
そう語り、窓の外の代わり行く景色を眺めるひろし君。
彼はこの六年間、何を思い何を考えて来たのだろう。
それは彼にしか分からない。
私に出来るのはただ傍に寄り添い見守るだけ。
倉持は横目に映るひろし君から目を反らし、安全運転に集中するのであった。
「倉持さん、バケツは僕が取って来るからお花の準備をお願い出来る?」
律子さんの墓所は寺院に併設された管理された場所であったが、ひろし君は毎回彼女の墓石を丁寧に磨きあげていた。
その姿はまるで親子の会話のようであり、私はいつもその語らいが終わるまで、傍で見守るのであった。
「あれ?誰か来てる。ファンの方かな?」
律子さんのお墓の前には見覚えのない人の姿があった。
それは大きな背中であった。黒のスーツに身を包んだ短髪の男性が、その大きな身体を縮め、お線香をあげ祈りを捧げていた。
その雄雄しい男性は、此方に気が付くとゆっくりと立ち上がり。まるで明け渡すかの様にその場を後にしようとした。
「あの、お母さんのファンの方ですか?ご丁寧にありがとうございます。これからも高宮律子の事を忘れないであげて下さい。
お願いします。」
深々と頭を下げ、男性に語り掛けるひろし君。ひろし君の中では、男優・高宮律子は今もなお生き続ける不滅の存在なのだろう。
「君はもしかしたら高宮律子さんの息子さんなのかな?」
その声は、低く温かみのある、慈愛の籠ったものであった。
「はい、男優・高宮律子の息子、高宮ひろしです。」
確りと男性の目を見詰め答えるひろし君。高宮律子の息子と言う事に誇りを持った態度であった。
「そうか、彼女は素晴らしい男優だった。君も彼女に負けない様、頑張って欲しい。」
「はい。いつか僕の名前がお母さんに届く様に、流石は男優・高宮律子の息子と言われる様に。」
"ポンポン"
男性はひろし君の頭を軽く叩くと、微笑みを浮かべ去って行った。
その後ろ姿を嬉しそうに見詰めるひろし君は、まるで父親に誉められて喜ぶ子供の様に見えた。
早く行こうよ。」
「待って下さいひろし君、まだ着替えが終わってないんですよ~。」
「もう~、しようがないな~。車の所で待ってるね。」(ぷんすか)
あれから約三年の月日が経った。ひろし君も明日の卒業式を終えるともう中学生だ。
あれからも彼の周りでは色々な事があった。
律子さんが亡くなって一週間、当初ひろし君は食事も喉を通らないほど鬱ぎ込んでいた。でもそんなひろし君を救ったのは律子さんが残したビデオレターだった。
ひろし君は律子さんの想いに触れ、少しずつ元気を取り戻していった。
私に出来たのはただ見守ると言う事だけであったが、彼は"ありがとう"と優しく微笑んでくれた。
ひろし君の心はゆっくりと癒されて行く。しかしながら現実はそう甘くはなかった。
次に起きたのはひろし君の親権問題だった。彼の母親になりたい、そうした人物が殺到したからだ。こうした問題は男の子が遺された場合度々起こる事であった。
私は急ぎ男性保護観察局に連絡を入れ、ひろし君の保護を申請した。
ひろし君はしばしの間保護観察官にその身柄を保護され、その間に親権に関する各種手続きを行う事となった。
律子さんはもしもの場合の後見人として、私の名前を登録していてくれた。
「倉持幸恵さんですね。」
男性保護観察局から渡されたのは、今後ひろし君に関わる保護責任者として倉持幸恵を任命する旨の書類と、承認証であった。
これで晴れて私はひろし君の"保護者"となった。
ひろし君が学校へ復学してしばらくは、蜂の巣を突ついた様な騒ぎであった。そのほとんどは彼を心配する声であったが、なかにはそんな彼に近づきあわよくばといった下心見え見えの者も少くない数見受けられた。
だがひろし君はこうした無自覚の悪意に対しても嫌悪を示す事なく、爽やかな笑顔で対処していった。
彼は演じきったのだ、女性の理想とする本物の王子様を。
その姿は、あの日最後に見せた律子さんの演技そのものであった。
「もう、遅いよ~。今日はお母さんに小学校卒業と私立桜泉学園中等部入学の報告に行くんだからね!
僕の節目なんだから、しっかりしてよね。」
「本当にごめんなさい、お待たせしました。それじゃ行きましょうか。」
"バタン"
私は運転席に乗り込み、一路律子さんの眠る場所に向けハンドルを切った。
「倉持さん、小学校では本当に色々あったね。」
窓の外に広がる街並みも、徐々に春の装いに変わってきた。待ち行く人々も暖かさを求める服装から自由に動き回る服装へ。
季節は此方の都合には関係なく流れていく。
「ハハハハ、そうね、話題の中心はいつもひろし君だったけどね。」
「ううん、そんな事ないよ。僕も昔はそんな風に思ってた頃もあったけど、僕以外にも凄い子は沢山いるんだなって思い知らされたよ。
六年生の時の運動会なんかがそうかな?今まで僕は体育の駆けっ子で負けた事なんてなかったんだ。それがあわよくばって事があんなに何度もあるなんて思いもしなかったよ。最後のリレーなんか、あれほど必死に走ったの生まれて初めてだったかも。
それに学芸会の舞台も、お母さんには全然及ばないけどみんな必死に舞台に取り組んでくれて。嬉しかったな~、"幸福の王子様"はお母さんが大好きなお話しだったから。
受験生の女の子を応援する会で僕が歌を歌った事があったでしょ?
あれって同じ学校の男子生徒が頑張ってる女子生徒の為にって言って企画したんだって。僕今まで他の男子生徒の事ってあまり考えた事なかったけど、僕以外にも形は違うけど王子様っているのかもしれないね。」
そう語り、窓の外の代わり行く景色を眺めるひろし君。
彼はこの六年間、何を思い何を考えて来たのだろう。
それは彼にしか分からない。
私に出来るのはただ傍に寄り添い見守るだけ。
倉持は横目に映るひろし君から目を反らし、安全運転に集中するのであった。
「倉持さん、バケツは僕が取って来るからお花の準備をお願い出来る?」
律子さんの墓所は寺院に併設された管理された場所であったが、ひろし君は毎回彼女の墓石を丁寧に磨きあげていた。
その姿はまるで親子の会話のようであり、私はいつもその語らいが終わるまで、傍で見守るのであった。
「あれ?誰か来てる。ファンの方かな?」
律子さんのお墓の前には見覚えのない人の姿があった。
それは大きな背中であった。黒のスーツに身を包んだ短髪の男性が、その大きな身体を縮め、お線香をあげ祈りを捧げていた。
その雄雄しい男性は、此方に気が付くとゆっくりと立ち上がり。まるで明け渡すかの様にその場を後にしようとした。
「あの、お母さんのファンの方ですか?ご丁寧にありがとうございます。これからも高宮律子の事を忘れないであげて下さい。
お願いします。」
深々と頭を下げ、男性に語り掛けるひろし君。ひろし君の中では、男優・高宮律子は今もなお生き続ける不滅の存在なのだろう。
「君はもしかしたら高宮律子さんの息子さんなのかな?」
その声は、低く温かみのある、慈愛の籠ったものであった。
「はい、男優・高宮律子の息子、高宮ひろしです。」
確りと男性の目を見詰め答えるひろし君。高宮律子の息子と言う事に誇りを持った態度であった。
「そうか、彼女は素晴らしい男優だった。君も彼女に負けない様、頑張って欲しい。」
「はい。いつか僕の名前がお母さんに届く様に、流石は男優・高宮律子の息子と言われる様に。」
"ポンポン"
男性はひろし君の頭を軽く叩くと、微笑みを浮かべ去って行った。
その後ろ姿を嬉しそうに見詰めるひろし君は、まるで父親に誉められて喜ぶ子供の様に見えた。
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