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第三章 ある少年の回顧録

第325話 俺ってこの世界の主役じゃね?

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”ほら愚図ども、今月の締め切りはあと二日しかないんだぞ。きりきり働かんかい!”

パソコンモニターに向かいただひたすらデータを入力する日々。代わりがいるのかと聞けばいくらでもいると帰って来るような単純作業。能力よりも何も考えず間違いなく作業を熟すことが求められる、ある意味精神的な拷問に近いこの暮らし。

”それじゃ、俺は帰るがサボらずに作業を終わらせろよ、責任者は俺なんだ、俺の顔に泥を塗ったらただじゃ置かねえからな。”

脅迫、恫喝、懐柔。あらゆる手段で個人の自由を搾取する自称上司。サービス残業当たり前、最後に家に帰ったのは何日前だろうか。

”おいお前、大分臭くなって来てるぞ、そろそろ風呂に入った方がいいんじゃないか?”

声を掛けて来たのは同期の松本、こいつもずっとここにいるよな。時々自分の家はこのデスクなんじゃないかと思う時がある。
この会社は社内になぜかシャワールームがある。福利厚生の一環と言いながら、こうして寝泊まりする社員に利用させるのが目的だ。取引先の人間が視察に来た際、社内が臭うと印象が悪くなるというのが主な理由らしい。
臭いのする社員には自称上司のネチネチとした嫌みの嵐が待っているのだ。
だったら家に帰してくれと思うのだが、それが罷り通らないのがこの理不尽な会社である。
”嫌ならやめろ”、これは自称上司の口癖だ。そのくせ本当に辞めようとするとあれやこれやと妨害してくる。続けるのも辞めるのも大変、仕方が無く惰性で仕事をし続ける。そして気が付けば身も心も無気力な社畜の出来上がりである。

この環境から抜け出す方法はただ一つ、死ぬ気で働いて病院送りになる、それだけだ。


”ジャーーーーーーーッ”
シャワールームの使用料は給料から天引き、入り口の電子ロックに社員証を翳して使用する為ズルは出来ない仕組みだ。福利厚生とは一体何だったのだろうか、もはや突っ込む気にもならない。
ほとんどの下っ端社員がこの施設を利用する。なぜならサービス残業が当たり前だから。その為社内は同じ匂いをした人間で溢れかえる。
そこで使われるシャンブー・ボディーソープの銘柄は社長の好み、この匂いが堪らなく好きらしい。
そんなところでどうして悦に浸れるのか、その感性が分からない。

”キュッ”
バスタオルで良く身体を拭き、新しい下着とワイシャツに着替える。
汚れものはビニールに詰め、会社の一階に何故かあるコインランドリーで洗濯する。
その時間を利用してこれまた何故かある隣のコンビニで食糧の買い出しをする。
"絶対家に帰す気がないだろう。"
この呟きはここの社員なら誰しもがした事のあるモノだろう。

ノロノロとゾンビの様な足取りで自分のデスクに戻る。締め切りは明後日、まずはそれまで頑張ろう、それが歯車の役割なのだから。



「はっ!?」
いかん、眠ってしまっていたらしい。今は何時だ?
急いで時計を探そうとするが見当たらない。と言うかベットの中にいる?どう言うことだ?
漸くの後、俺はある結論に達した。俺は遂に倒れたのだと。

「アハ、アハハハハハ。やった、やってやった、俺は自由だ~!」
喜びから立ち上がり腕を突き上げる俺、しかしその喜びは長くは続かなかった。
声がおかしい、異常に高いのだ。それに視線が低すぎる。
恐る恐る自分の手を見る。小さな紅葉の様な手、まるで子供のそれを見ているような。

"パチンッ"
急に部屋が明るくなり驚く俺。

「ひろし君、どうしたの?何か恐い夢でも見ちゃったのかな?」

声のした方を振り向くと、そこには今まで見た事のない様な美しい女性が、心配そうな顔をして此方を見ながら立っていた。
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