転生勇者の三軒隣んちの俺

@aozora

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こんにちは、転生勇者様

第44話 村人転生者、森の賢者とお話しする

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エルフ族、その者達は神秘に包まれている。森を愛し森と共に生きる彼ら、その姿は多くの伝承や物語に謳われ、美しい顔立ちや耳に心地よい声音こわねは、勇者や賢者のみならず高貴な貴族や王族をも虜にしたと言われている。その為多くの人々が彼らエルフ族を求め、侵略し、迫害した。時には愛玩動物の様に、時には性奴隷の様に。彼らは次第に数を減らし、欲深き人間を嫌い隠れ住むようになった。そしていつしか極稀に姿を見せる幻の種族と言われる様になっていった。

「森の中での戦闘術は他に追随を許さず、弓の腕は種族特性ではないかと言われるほど。そして何と言っても豊富な魔力と多彩な魔法技術、それは普人族の使う所謂”魔法”とは異なり神からの祝福を必要としない”魔術”と呼ばれるものだとか。かつてエルフ族に教えを乞うた当時の大魔法使いがその教えを理解する事が出来ず膝を付いたでしたっけ?僕が知ってるのはそれくらいですね、これも村のお年寄りに教えて貰ったお話しなんですけどね。」
俺はそう言い、元お婆さんの方を向いた。耳デカ、あれって収音機の代わりなの?森での暮らしにそれって必要?木々に当たって乱反射するから森での音ってそんなに遠くまで聞こえないのよ?動物の進化からすれば草原の生き物の方が大きい耳を持ってるように思うんだけど?
なんか釈然としないエルフ耳の謎、元々は草原の民であったものが普人族に迫害されて森に逃げ込んだって言われた方が納得出来る。得意とされる弓だって主要な活躍場所って草原だし、見通しのいい草原なら弓の腕が良ければほぼ無敵じゃね?森だったらやっぱり罠でしょう。
俺がビッグワーム肉入りスープのお替りをしながらそんな事を考えていると、元お婆さんが口を開いた。

「ケビン君は博学でいらっしゃるのですね、お年寄りから話しを聞きそれを自分の力にする。簡単そうに見えて中々出来る事ではないのですよ。それでケビン君はどう言った要件でここに来たのですか?聡明なケビン君が何の目的も無くこの地区にとどまったと言う訳ではないのでしょう?」
こちらに笑顔を向けながらその目は真剣な光を放つ元お婆さん。ま、少し気になった程度なんでそれほど大した要件は無いんですが、ここの連中隙だらけだからな~、一応忠告しておきますかね。

「はい、聡明と謳われるエルフ族の方にそう言っていただけるとは大変光栄です。ではお言葉に甘えて少しお話しさせて頂きます。先ほどもお話しさせて頂きましたが、この地区のおかしさは見る者が見れば直ぐにでも気が付くと言った程度のものです。現に授けの儀前の子供であるこの僕が気が付いたのですから。その上でこれから起こるであろう問題をお伝えいたします。僕が自身の口上で述べた様に、現在周辺五箇村の農業重要地区入りを目指したビッグワーム農法の啓蒙活動が行われております。その成果は上々で、ヨーク村、ゴルド村、スルベ村、マルガス村の各村長が積極的に農法の実践を確約してくださいました。これは近い将来五箇村の作物収穫量が飛躍的に伸び、グロリア辺境伯家より監察官と文官及び領兵が派遣される事を意味します。」
そこで一拍置きスープをズルズル。やっぱり冬場の野外飯って旨いよね。冬キャンプって言葉があるけど、あえて寒い野外で温かいスープを頂くのって最高だよね。

「この地区が暴かれる、そう言いたいのですね。」
その声音は低く、どこか悲壮感が漂っていた。流石迫害の歴史を持つエルフ族、その辺には敏感に気が付くのね。

「今までの様に素朴な村人だけであればその様な事も無かったのでしょうが、これからやって来るのは領都で権力争いに鎬を削ってきた様な人々。この地区の違和感には当然気が付く、そして多くの者を引き連れ調査と称し全てを破壊する。その辺はお婆さんの方がよくご存じなのではないですか?」
俺の言葉に苦い表情になる元お婆さん。周りの住民も動揺しそれぞれが不安を口にする。

「ではケビン君は一体どうしろと言うのですか?この地を捨て新天地を目指せとでも?」
これまでどれ程の土地を移動してこの場所に辿り着いたのか。その顔には長い年月で刻まれた多くの苦労と疲れが見て取れる。迫害されし種族、狙われ続ける種族の苦悩は、村人のお子様である自分ではうかがい知る事など出来ない。

「僕から提案出来る事は三つです。一つはこれまでの生活を改めスルベ村かマルガス村の一員として生きる事。流石に村と村の間にこの様な家屋を作り隠れ住む事など無理があり過ぎます。両村の住民しかいないこれまでは良かったのでしょうが、新しい人間がやってくる可能性が高い今後の事を考えれば逆に目立ち過ぎる。それならば新しい農法が始まるこの機会にスルベ村かマルガス村に潜り込んでしまった方がまだ目立たない。辺境に訳アリが多い事はよく知られた事実、然程違和感もなく受け入れられるでしょう。
二つ目はこの地を離れる事。ですがただ闇雲に新しい土地を目指せと言うのも酷な話しです。幸い我がマルセル村村長代理は所謂”よそ者”に寛容です。どちらかと言えば外から来る者の持つ技術に期待している御方、我が村に”よそ者”排斥と言う言葉はありません。橋渡しは僕が行いましょう、これでも信頼は厚い方なので。
三つ目は森の中に新たな集落を作ると言う道です。この地区は一見ボロボロの家屋しか建っていない、ですが皆さんの健康状態はすこぶる良さそうだ。おそらく建物に魔術的工夫がなされているのでしょう。その建築技術があれば、森の中に新しい集落を作り上げる事くらい可能なのでは?マルセル村に隣接する森、ホーンラビットが多く生息し月に一度間引きを行っているような場所ですが、その更に奥、村では老木と呼ばれる古くから伝わる不思議な木があります。この周りには草が生えず、森の魔物も近寄らないと言われている場所です。僕は個人的に御神木様と呼んでいたのですが、この樹木、実は土地に根付いたトレントと呼ばれる魔物であることが最近分かりました。
ドレイク村長代理によれば森では狩人や冒険者に畏れられる凶悪な魔物らしいのですが、何故か襲われる事はありません。その代わり施肥を行う必要があります。それこそビッグワーム農法で作った肥料をです。今ではかつての老木も若葉生い茂る大樹となっていますが、特に問題はないでしょう。
この樹木周辺であれば魔獣の畏れもなく新しい集落の建設も可能なのではないでしょうか。なんと言っても森に愛されるエルフ族なのですから。」
あ~、一杯しゃべったら疲れちゃった。普段話し相手なんかいないからな~、よくよく考えたら俺って結構孤独民?同じ年代の友人なんかいないし、チビッ子はチビッ子だしな~。最近になってケイト君って言う友人が出来たけど、彼って基本”ん。”しか言わないから。彼のこれまでの環境じゃ言葉なんて使ってこなかったんだろうし、返事を返せるまでに精神が回復した事自体が奇跡だもんな。彼に多くを求めてはいけない、温かく見守り続けなければ。
あの、皆さんスープのお替り如何っすか?難しい事はあちらのお婆さまにお任せしちゃえばいいんですよ。後お隣の側近みたいな人達?多分三人が考えてくれますって、どうせ皆さんあちらの意見に従うんでしょう?だったら難しい顔をしてるだけ無駄ですって。それにお腹が減ったら頭も回らないってね、スープが終わったら偽癒し草のお茶をお出ししますから、早い所カラにしちゃいましょうよ。
視線の先では元お婆さんが難しい顔をし、側近らしき男性が二人ほど話し合いに参加なさっておられます。
えっ、ここって女性の方もいたんですか?そのボロを着てお肌ツルツルってよく村人にバレませんでしたね、もう違和感出まくりですからね?お隣が旦那さんなんですか、王都から逃げて来てこの地区で匿って貰っていたと、お二人とも苦労なさられたんですね。良かったらうちの村に来ません?丁度空き家が一件残ってますから、すぐに移り住めますよ。うちの村は若い人大歓迎ですから、何と言っても子供が少なくて。何か若者ってみんな村を出て行っちゃうんですよね。ま、何もない所なんで仕方がないんですけどね、どうも若い人には退屈みたいで。俺、弟がいるんですけど、彼も将来冒険者を目指してるんですよ、幼馴染み二人と一緒に日夜木刀を振り回して。みんな出て行っちゃうんですよね、それが悪いとは言いませんけど、少し寂しくはありますよね。
俺ですか?行く訳無いじゃないですか、恐ろしい。それは皆さんが一番分かっていらっしゃるでしょうが、都会の何が恐ろしいかって悪意を持った人間ですから。だって魔物みたいに見分けがつかないんですよ?俺なんて一晩でスラム行きですって。尻の毛まで剥かれちゃいますっての、まだ生えてないんですけどね?
それと冒険者?無理無理無理、知ってます?スライムって実は目茶苦茶強いんですよ?それとビッグワーム、奴らが本気出したら俺なんてとてもじゃない。あ~恐ろしい、この世は怖いものだらけですっての。今回だって冬場の冬眠期間だからこうしてお邪魔しましたけど、春夏秋の魔物の活動期だったら絶対来ませんでしたからね?
魔物超恐い、行商人様って本気で凄いと思います。
俺は元お婆さん方が難題に頭を捻っている間、偽癒し草のお茶を飲みながら(スープは住民が美味しく頂きました)マルセル村の暮らしや、王都の暮らし、街道の魔物の話など楽しいおしゃべりに花を咲かせるのでした。


「ケビン君、ずいぶん楽しそうですね。」
お茶を飲みながらおしゃべりをしていると背後から掛けられる声、どうやら相談事は終わったようです。あ、寒かったでしょう、皆さんもお茶をお飲みになります?
俺が差し出したのは偽癒し草の煮出し茶をよそったカップ。お前そんなもの持ってなかったよねって?作ったに決まってるじゃないですか、チャチャッと捏ねて固めてポンですから、慣れたもんです。将来食器屋さんで食べて行けるかもしれない、硬くて丈夫な食器、需要はあるはず。でも木製食器があるからな~、やっぱり釉薬を探して焼き物にチャレンジか?
俺がそんな事を考えているとなぜか顔を引き攣らせる元お婆さん、一体どうしたと言うのだろう?

「ケビン君はまだ授けの儀の前と言っていたけれど、どうしてそれほど迄多彩な魔法を使えるのかしら?それも無詠唱で。そんな普人族なんて見たことも聞いた事もないんだけど、私と同じように種族を偽っているのかしら?」
なんか斜め上の疑いを掛けられているんですけど。えっと俺が普人族で授けの儀の前ってのは本当ですよ?歳も十一ですし。で、これって所謂”魔法”じゃないですから、魔力制御と生活魔法の合わせ技ですね。やろうと思えば誰にだって出来ますよ?それこそスライムにだって出来ますっての。
俺の飼ってるスライム、大福って言うんですけどね、強い強い、半端ないですから。そいつ俺がやった事なんて全部出来ますよ?それと無詠唱でしたっけ?よく考えてみてください、世の中には魔法を使う魔物なんてゴロゴロいるじゃないですか、身近な所だとキャタピラー、アイツらの飛ばす繊維って魔法の産物ですから。そうじゃなかったらあんなにバンバン飛ばすなんてあり得ないですから、奴らの糸袋なんてこんなんですよ、量が釣り合いませんっての。
俺はそう言い手で丸を作って見せる。本当にそれくらいの大きさしかないのだ、全長だって三十センチくらいだしね。
で、思ったんです、”詠唱って本当に必要?”って”頭の中でしっかり現象を思い浮かべて魔力を制御すれば出来るんじゃね?”って。やったら出来たんですけどね。
ま、それでも所謂”魔法”は出来ないんですけど、あれはどうも別の要素が必要みたいなんですよね。
そう言い”アハハハ”と笑うケビン少年に戦慄を覚えるエルフ族の女性、彼女は思った、”この少年を放置していてはいけない、ここで始末しなければエルフ族は終わる。”と。だが次に放った少年の言葉はそれがすでに遅かったと言う事を知らせるものであった。

「因みにうちの村の人間はみんな大なり小なり似た様な事が出来ますから、ここで俺を始末しても無駄ですよ?それにね。」
ケビン少年がそう言うと彼の気配が消える。そう、目の前にいるはずなのに彼が認識出来ない。これは暗殺系のスキル、彼に殺意を向けた自分はこの場で殺される。
流れる冷や汗、震える手、自分は敵に回してはいけない人物を敵に回してしまった。自分の浅はかな行動でこの地区の者全ての命を危険に晒してしまった。

「俺、逃げる事に関しては誰にも負けないんです。明日、マルガス村の講習会が終わったらまたこの地区の前を通ります。良ければその時御答えをお聞かせください。」
耳元に囁かれるケビン少年の声音、だがその一言を残し彼は霧のように姿を消してしまった。
先程までそこにあったはずの足付きの大鍋は砂に代わり、椀やスプーンもサラサラと崩れ去って行く。”自分たちは幻でも見せられていたのだろうか。”、そう訝しむもそうではないと訴え掛ける証拠がそこにはあった。手の中で温かな湯気を上げる偽癒し草の煮出し茶が入ったカップ、自分たちは答えを迫られている。
エルフ族の女性はこの地区に住まう全ての住人を集め、彼女の決定を伝えるのであった。
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