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第1話 プール開き前の異次元プール

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 ◆ ◆ ◆

「昨日はありがとうございました」

 次の日の放課後、私は訳あり新聞部の部室で甲斐枝部長に深々と頭を下げた。

「いーえ。君、僕になにか聞きたいことがあるんじゃないの?」

 窓際に無造作に置かれた椅子に足を組んで座って、部長がニコッと笑う。
 まさか、そちらからそんなことを言ってくれるなんて思わなかった。
 昨日、考えすぎて夜眠れなかったくらい、私の中には聞きたいことがたくさんある。

「えっと……、あの子はなんだったんでしょうか? なんで弱気な人間を狙ってるって分かったんですか?」

 まずはこれから。
 プールにいたあの子は一体、なんだったのか。
 どうして、弱気な人間だけを狙っているのか分かったのか。
 質問すれば、このもやもやは解決すると思った。

 のに

「さあ?」

 部長は大げさくらいに首を傾げた。

「さあって」

 質問一番目から、返事がてきとうすぎる。

「じゃあ、いつも憑れてるあれは……」

 いないよな? とおそるおそる周りを見ながら、私は言った。

「僕の祖父は呪物コレクターだったんだ」
「じゅぶつ?」

 部長に答えをもらっても私の中の疑問が増えただけだった。
 楽しそうな顔でこの人は何を言っているのだろうか。

「そう、髪の伸びる呪われた人形とか、人を呪うために丑の刻参りっていう儀式で使われた藁人形とか、どっかの国の占いに使われる人間の赤ちゃんの骨とか。いわくつきの物とも言われるね。因縁物とか。まあ、簡単に言うと呪われた物」

 ツラツラと部長が喋って、その最後に来た言葉に私の喉がひゅっと鳴る。
 それでも説明は止まらない。

「僕の祖父はそれに魅入られてしまったらしくて、ずっと集めてたんだ。で、去年、祖父が亡くなって、そのままにすると危ないからって元から幽霊が見える僕が受け継いだんだけど、僕はまったくそれらの影響を受けなくてね。僕が受けない場合、呪いって周りにいってしまうっていうんだけど、運良く家族にもなにもなくて」

 そこで私はハッとなった。

「それ、たぶん、私に来てます」
「え?」

 私が真顔で言うと、甲斐枝部長は小さく声をこぼした。
 絶対、部長のせいなんです。

「私、もともと霊感まったくなかったんです。でも、入学式の日、甲斐枝部長にあの女の人が憑いてるの見て、見えちゃって、あれからずっとちらちらといろんなものが見えるようになってしまったんです。これ、呪いだと思います」

 ぐっと距離を詰めるように私は早口でまくしたてた。
 二回言いますけど、これ、絶対に部長のせいなんです。

「そうか、なるほど、君にいっちゃったか……。それは悪かったね……。彼女はその呪物の中のどれかに取り憑いてるやつなんだけど。とりあえず、入部届け出してもらっていいかな? この部、潰れそうなんだ」

 え? いまの流れで、どうしたらその話になるんですか?
 ちょっと途中、すごい申し訳なさそうな顔してたのに、突然、部の心配ですか。

「え、いや、え?」

 あわあわしてる間に私の前には一つの机が置かれ、その上に一枚の入部届けと一本の鉛筆が用意された。

「はい、僕へのお礼だと思って、ここで書いて」

 とんとんと紙の表面を指で叩かれる。
 お礼と言われてしまっては、断れない。

「そもそも部員足りなくないですか? 私だけ入っても……」

 文句を言いながらも氏名などの項目を埋めていく私。

「そこは名前だけ借りてどうにかしてる」
「幽霊部員ですか」
「本当の幽霊も混ざってるかもしれないね」
「ひぇ」

 そんな会話をしているうちに私は項目を埋め終えてしまった。
 これで入部が決まってしまう。
 
「君、線は真っ直ぐに引ける?」
「はい?」

 私の入部届けを回収しながら、部長はまたよく分からないことを言いはじめた。

「字も綺麗そうだ」

 まじまじと私の字を見て、つぶやくように言う部長。

「な、なんの話ですか?」

 私は一体、何を見られているのだろう。
 線とか字とか、なんの話?

 と思ったら

「新聞を書いて活動を発表しないと部活が認められないんだ」

 いままでで一番深刻そうな顔で甲斐枝部長が私に告げた。
 思わず、呆然としてしまう。

 潰れるとかの問題じゃなかった。
 そもそも部活動が認められてなかった。
 そうだ、ここ新聞部だったんだ。
 新聞作らないと活動にならないの当たり前だよね。

「ただ勘違いしないで。ちゃんと自分で新聞を書こうとしたんだ。でも、これを見てくれ」

 部長から手渡された訳あり新聞を見て、さらに私は固まってしまった。
 これは酷すぎる。

「この線、定規使ったんですよね? 定規使って、どうしてこんなに線が曲がるんですか? 三角定規の緩やかな斜めのほう使いました?」

 斜めに真っ直ぐってなんなんですか、わざとなんですか? と聞きたくなるほど、新聞を横に三つに区切る線は斜めになっていた。

 漫画でこういうコマ割りを見たことがあるけれど、新聞でそれはやらないだろう。

「これもなんて書いてあるんですか?」

 ある一点をてきとうに指差して私は部長に聞いた。
 部長の見た目からこんな字を書くとは思えないのに、全体的に読めないくらいに字も汚かった。

「それは、“おこずかい”だね」
「ずですよね? 誤字です」

 自慢げに言ってるところごめんなさいだけど、正しくはおこづかい。
というか、おこづかいという単語が出てくる話ってなんなんだろう。

「……」

 一瞬、私たちの間に沈黙が流れる。
 そして、部長から口を開いた。

「この新聞、ただ書けばいいというわけでもなくてね。一定数の読者を集めなければいけないんだよ」

 ――あ、話流した。

 まあ、でも、私もそろそろ諦めることにする。
 部長は弟の勇気と私を助けてくれたのだから。

「分かりました。書きます。それで今回の訳あり新聞、見出しは何にしますか?」

 椅子をガガッと机のほうに引いてきて、私はそこに腰を下ろした。
 部長が書いた訳あり新聞を裏返して、たまたま机の中にあった定規で容赦なくシュッと真っ直ぐな線を引く。

 部長は一瞬、あ、という顔をしたけど

「そうだね……、プール開き前の異次元プール、とかかな」

 と楽しそうに笑った。
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