17 / 20
7.【告白】Side穂花
②
しおりを挟む
「なんだ! その口の利き方は!」
「僕は女じゃないんだよ! ずっと前から、中身は男なんだ! 性同一性障害なんだよ!」
親父も母さんも、僕がこのことを口にするのに、どれほど勇気を振り絞っているか知らないだろう。どれほど、恐れを抱いているか。どんな風に馬鹿にされて、どんな風に気持ち悪がられるか、分かっているんだ僕は。
「ずっと言いたかった。ずっと苦しかった。本当の僕を見て欲しかった……っ」
苦しい、今だって苦しい。やっと言葉に出来たって、苦しくて、涙が止まらなくて、僕の居場所はないかもしれないって覚悟してる。
「……何かをしてもらいたい訳じゃない。ただ……、僕を認めてもらいたいだけなんだ」
僕としての居場所が欲しいだけなんだ。無理に女として生きろだなんて言わないでくれ。誰かに愛されたいだなんて思ってない。偽りならば、僕に向けられたものでないのなら、そんなものはいらない。
両親は黙ったまま何も言わず、理解していないのは目に見えていた。僕は携帯を握り締め、身を翻して走り出した。
「穂花!」
背後で私を呼ぶ声が聞こえた。でも、その名前とも僕はさよならしたい。自分が女なのか、男なのか、曖昧で分からなかったけれど、やっぱり僕は男で居たいと思った。
胸はいらない。完璧な男の身体になりたい。でも、今の医療技術じゃ、絶望しかない。絶望から、僕は女でも男でもありたいと思ったのだ。女でも男でもない存在にはなりたくはない。
後ろから追ってくる気配は無かったけれど、僕は全速力で走った。止まらずに走って、息が苦しくなっても走り続けて、肺も心臓も足も限界になるまで走って、僕は土手の芝生に倒れ込んだ。
倒れたまま目を開けると、当たり前みたいに白い雲が浮かんだ青い空が見えた。なんだか、少し笑えてくる。
両親が僕の存在を認めたところで、世界は何も変わらないじゃないか。青い空が緑色になるわけでもないし、世界で起きている戦争が終わるわけでもない。何も変わらない。
「はぁ……」
無意識に走って渡った長い橋の先も別に塔の下ではなかった。一人で渡ったけれど、僕は塔の上からは降りられなかった。あの橋の先には違う世界が待っていると思って居たけれど、何も変わらなかった。
暫くして気が付いた。手元で携帯が鳴いている。両親かもしれない。何食わぬ顔で、声で、僕に帰って来いと言うのかもしれない。返事をする勇気は無いけれど、聞いてみようとは思った。画面を見ずに携帯を耳にあてる。
「もしもし?」
その声は僕の父親でも母親でもなかった。何故、人は受話器越しに「もしもし」というのか。それは同じ言葉を繰り返して言えない妖怪を認識するためだった。人ならざるモノは人の真似が出来ずに、ボロを出す。
「もしもし」
僕は人だ。でも、いつか、人もボロを出す。同じ群れに居たら、僕はボロを出してしまう。異様な者だと気付かれるのが怖くて、学年が終わるごとに連む仲間を変えていた。
それで、いつも誰とでも仲良くなれる人気者だと思われていたけれど、僕にだって本当の友達は必要だ。それが一人であっても、それだけが救いだ。
「新山、大丈夫なのか?」
どれほどの怪我を負ったか、僕には分からないけれど、送られてきた音声だけでも痛々しいのは分かった。
「ああ、大丈夫だよ。お前が助けてくれたんだろ?ありがとう」
「うん。でも、一人じゃどうにもならなかった」
案外、元気そうな新山の声が聞けて、僕は嬉しくなった。この数時間を僕らは戦い抜いたのだ。僕らは戦友なのだ。
「新山、本当にありがとう。僕……、両親に本当のことを話したよ。理解はしてもらえなさそうだけど」
僕は必死に戦った。勇気を振り絞って戦った。
「そっか、勇気出したんだな。俺も、勇気出したよ」
「一緒だな」
僕らは同じだ。悩みが違くても、見た目の性別が違っても。
「あーあ、これから、どうしようかな……」
まるで独り言のようにボヤく。勢いで走ってきてしまったけれど、家には帰らなければならない。帰り辛いけれど、ちゃんと両親と向き合わなければならない。
二人が僕をどう見るかは知らないけれど、新山は変わらず、僕を僕として見てくれる。一人でも、そんな人間が居てくれるならば、僕は救われる。
だから、突然の「小岩井、あと一年待てるか?」という新山の言葉に、僕は固まった。
「僕は女じゃないんだよ! ずっと前から、中身は男なんだ! 性同一性障害なんだよ!」
親父も母さんも、僕がこのことを口にするのに、どれほど勇気を振り絞っているか知らないだろう。どれほど、恐れを抱いているか。どんな風に馬鹿にされて、どんな風に気持ち悪がられるか、分かっているんだ僕は。
「ずっと言いたかった。ずっと苦しかった。本当の僕を見て欲しかった……っ」
苦しい、今だって苦しい。やっと言葉に出来たって、苦しくて、涙が止まらなくて、僕の居場所はないかもしれないって覚悟してる。
「……何かをしてもらいたい訳じゃない。ただ……、僕を認めてもらいたいだけなんだ」
僕としての居場所が欲しいだけなんだ。無理に女として生きろだなんて言わないでくれ。誰かに愛されたいだなんて思ってない。偽りならば、僕に向けられたものでないのなら、そんなものはいらない。
両親は黙ったまま何も言わず、理解していないのは目に見えていた。僕は携帯を握り締め、身を翻して走り出した。
「穂花!」
背後で私を呼ぶ声が聞こえた。でも、その名前とも僕はさよならしたい。自分が女なのか、男なのか、曖昧で分からなかったけれど、やっぱり僕は男で居たいと思った。
胸はいらない。完璧な男の身体になりたい。でも、今の医療技術じゃ、絶望しかない。絶望から、僕は女でも男でもありたいと思ったのだ。女でも男でもない存在にはなりたくはない。
後ろから追ってくる気配は無かったけれど、僕は全速力で走った。止まらずに走って、息が苦しくなっても走り続けて、肺も心臓も足も限界になるまで走って、僕は土手の芝生に倒れ込んだ。
倒れたまま目を開けると、当たり前みたいに白い雲が浮かんだ青い空が見えた。なんだか、少し笑えてくる。
両親が僕の存在を認めたところで、世界は何も変わらないじゃないか。青い空が緑色になるわけでもないし、世界で起きている戦争が終わるわけでもない。何も変わらない。
「はぁ……」
無意識に走って渡った長い橋の先も別に塔の下ではなかった。一人で渡ったけれど、僕は塔の上からは降りられなかった。あの橋の先には違う世界が待っていると思って居たけれど、何も変わらなかった。
暫くして気が付いた。手元で携帯が鳴いている。両親かもしれない。何食わぬ顔で、声で、僕に帰って来いと言うのかもしれない。返事をする勇気は無いけれど、聞いてみようとは思った。画面を見ずに携帯を耳にあてる。
「もしもし?」
その声は僕の父親でも母親でもなかった。何故、人は受話器越しに「もしもし」というのか。それは同じ言葉を繰り返して言えない妖怪を認識するためだった。人ならざるモノは人の真似が出来ずに、ボロを出す。
「もしもし」
僕は人だ。でも、いつか、人もボロを出す。同じ群れに居たら、僕はボロを出してしまう。異様な者だと気付かれるのが怖くて、学年が終わるごとに連む仲間を変えていた。
それで、いつも誰とでも仲良くなれる人気者だと思われていたけれど、僕にだって本当の友達は必要だ。それが一人であっても、それだけが救いだ。
「新山、大丈夫なのか?」
どれほどの怪我を負ったか、僕には分からないけれど、送られてきた音声だけでも痛々しいのは分かった。
「ああ、大丈夫だよ。お前が助けてくれたんだろ?ありがとう」
「うん。でも、一人じゃどうにもならなかった」
案外、元気そうな新山の声が聞けて、僕は嬉しくなった。この数時間を僕らは戦い抜いたのだ。僕らは戦友なのだ。
「新山、本当にありがとう。僕……、両親に本当のことを話したよ。理解はしてもらえなさそうだけど」
僕は必死に戦った。勇気を振り絞って戦った。
「そっか、勇気出したんだな。俺も、勇気出したよ」
「一緒だな」
僕らは同じだ。悩みが違くても、見た目の性別が違っても。
「あーあ、これから、どうしようかな……」
まるで独り言のようにボヤく。勢いで走ってきてしまったけれど、家には帰らなければならない。帰り辛いけれど、ちゃんと両親と向き合わなければならない。
二人が僕をどう見るかは知らないけれど、新山は変わらず、僕を僕として見てくれる。一人でも、そんな人間が居てくれるならば、僕は救われる。
だから、突然の「小岩井、あと一年待てるか?」という新山の言葉に、僕は固まった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
忘れられない約束
雪苺
青春
ねぇ、あなたは覚えていますか?
あの日交わした約束を・・・。
表紙イラストはミカスケ様
http://misoko.net/
小説家になろう、エブリスタ、カクヨムにも掲載しています。
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
恋とは落ちるもの。
藍沢咲良
青春
恋なんて、他人事だった。
毎日平和に過ごして、部活に打ち込められればそれで良かった。
なのに。
恋なんて、どうしたらいいのかわからない。
⭐︎素敵な表紙をポリン先生が描いてくださいました。ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
この作品は小説家になろう、エブリスタでも連載しています。
※エブリスタにてスター特典で優輝side「電車の君」、春樹side「春樹も恋に落ちる」を公開しております。
「史上まれにみる美少女の日常」
綾羽 ミカ
青春
鹿取莉菜子17歳 まさに絵にかいたような美少女、街を歩けば一日に20人以上ナンパやスカウトに声を掛けられる少女。家は団地暮らしで母子家庭の生活保護一歩手前という貧乏。性格は非常に悪く、ひがみっぽく、ねたみやすく過激だが、そんなことは一切表に出しません。
めくるめく季節に、君ともう一度
雨ノ川からもも
青春
生前、小さな悪事を積み重ねたまま死んでしまった瀬戸 卓也(せと たくや)は、地獄落ちを逃れるため、黒猫に転生する。
その自由さに歓喜したのもつかの間、空腹で行き倒れているところをひとりの少女に助けられ、そのまま飼われることに。
拾われて一ヶ月ほどが経った頃、ふたりにある不思議な出来事が起きて……?
君に出会って、大嫌いだった世界をちょっとだけ好きになれたんだ――
春夏秋冬に起こる奇跡 不器用なふたりが織りなす、甘く切ない青春物語
※他サイトにも掲載中。
おてんばプロレスの女神たち ~男子で、女子大生で、女子プロレスラーのジュリーという生き方~
ちひろ
青春
おてんば女子大学初の“男子の女子大生”ジュリー。憧れの大学生活では想定外のジレンマを抱えながらも、涼子先輩が立ち上げた女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスで開花し、地元のプロレスファン(特にオッさん連中!)をとりこに。青春派プロレスノベル「おてんばプロレスの女神たち」のアナザーストーリー。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
青春活動
獅子倉 八鹿
青春
バイトとゲームをして、終わりを迎えようとしている夏。
「こんな枯れた生活してるお兄ちゃんに、彼女がいる訳がない」
妹の言葉やSNS上の輝きに満ちた投稿により、俺は「枯れた」大学生ということを痛感することになった。
俺も光を放ちたい。
友人やバイト先の高校生を巻き込み、輝きに満ちた青春を過ごすため、動き始める。
スマホのカメラで青春を捕まえる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる