スーベニア・イン・ザ・スカイ ~僕が青春を忘れた理由~

純鈍

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7.【告白】Side穂花

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「なんだ! その口の利き方は!」
 
「僕は女じゃないんだよ! ずっと前から、中身は男なんだ! 性同一性障害なんだよ!」

 親父も母さんも、僕がこのことを口にするのに、どれほど勇気を振り絞っているか知らないだろう。どれほど、恐れを抱いているか。どんな風に馬鹿にされて、どんな風に気持ち悪がられるか、分かっているんだ僕は。

「ずっと言いたかった。ずっと苦しかった。本当の僕を見て欲しかった……っ」

 苦しい、今だって苦しい。やっと言葉に出来たって、苦しくて、涙が止まらなくて、僕の居場所はないかもしれないって覚悟してる。

「……何かをしてもらいたい訳じゃない。ただ……、僕を認めてもらいたいだけなんだ」

 僕としての居場所が欲しいだけなんだ。無理に女として生きろだなんて言わないでくれ。誰かに愛されたいだなんて思ってない。偽りならば、僕に向けられたものでないのなら、そんなものはいらない。

 両親は黙ったまま何も言わず、理解していないのは目に見えていた。僕は携帯を握り締め、身を翻して走り出した。

「穂花!」

 背後で私を呼ぶ声が聞こえた。でも、その名前とも僕はさよならしたい。自分が女なのか、男なのか、曖昧で分からなかったけれど、やっぱり僕は男で居たいと思った。

 胸はいらない。完璧な男の身体になりたい。でも、今の医療技術じゃ、絶望しかない。絶望から、僕は女でも男でもありたいと思ったのだ。女でも男でもない存在にはなりたくはない。

 後ろから追ってくる気配は無かったけれど、僕は全速力で走った。止まらずに走って、息が苦しくなっても走り続けて、肺も心臓も足も限界になるまで走って、僕は土手の芝生に倒れ込んだ。

 倒れたまま目を開けると、当たり前みたいに白い雲が浮かんだ青い空が見えた。なんだか、少し笑えてくる。

 両親が僕の存在を認めたところで、世界は何も変わらないじゃないか。青い空が緑色になるわけでもないし、世界で起きている戦争が終わるわけでもない。何も変わらない。

「はぁ……」

 無意識に走って渡った長い橋の先も別に塔の下ではなかった。一人で渡ったけれど、僕は塔の上からは降りられなかった。あの橋の先には違う世界が待っていると思って居たけれど、何も変わらなかった。

 暫くして気が付いた。手元で携帯が鳴いている。両親かもしれない。何食わぬ顔で、声で、僕に帰って来いと言うのかもしれない。返事をする勇気は無いけれど、聞いてみようとは思った。画面を見ずに携帯を耳にあてる。

「もしもし?」

 その声は僕の父親でも母親でもなかった。何故、人は受話器越しに「もしもし」というのか。それは同じ言葉を繰り返して言えない妖怪を認識するためだった。人ならざるモノは人の真似が出来ずに、ボロを出す。

「もしもし」

 僕は人だ。でも、いつか、人もボロを出す。同じ群れに居たら、僕はボロを出してしまう。異様な者だと気付かれるのが怖くて、学年が終わるごとに連む仲間を変えていた。

 それで、いつも誰とでも仲良くなれる人気者だと思われていたけれど、僕にだって本当の友達は必要だ。それが一人であっても、それだけが救いだ。

「新山、大丈夫なのか?」

 どれほどの怪我を負ったか、僕には分からないけれど、送られてきた音声だけでも痛々しいのは分かった。

「ああ、大丈夫だよ。お前が助けてくれたんだろ?ありがとう」

「うん。でも、一人じゃどうにもならなかった」

 案外、元気そうな新山の声が聞けて、僕は嬉しくなった。この数時間を僕らは戦い抜いたのだ。僕らは戦友なのだ。

「新山、本当にありがとう。僕……、両親に本当のことを話したよ。理解はしてもらえなさそうだけど」

 僕は必死に戦った。勇気を振り絞って戦った。

「そっか、勇気出したんだな。俺も、勇気出したよ」

「一緒だな」

 僕らは同じだ。悩みが違くても、見た目の性別が違っても。

「あーあ、これから、どうしようかな……」

 まるで独り言のようにボヤく。勢いで走ってきてしまったけれど、家には帰らなければならない。帰り辛いけれど、ちゃんと両親と向き合わなければならない。

 二人が僕をどう見るかは知らないけれど、新山は変わらず、僕を僕として見てくれる。一人でも、そんな人間が居てくれるならば、僕は救われる。

 だから、突然の「小岩井、あと一年待てるか?」という新山の言葉に、僕は固まった。
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