上 下
15 / 20
6.【星】Side光

しおりを挟む
「何をだ?」

 純は怪訝そうな顔をした。

「ほら、あれだよ。小岩井をさ? 俺も知りてぇよ」

 凄いよなぁ、というニュアンスで純に尋ねる。翼と葵も「俺も聞きたい」「俺も」と言った。人の習性は面白い。誰かと同じことをしようとする。弱い者なら尚更だ。

「聞きてぇのか? まあ、もうお前別れたんだもんな? 良いぜ? 教えてやるよ」

 群の頂点に立つ者は、讃えられると自慢気に語り出す。自信に満ち溢れた口調で言葉を紡ぎ出す。それが正しかろうと、そうでなかろうと。

「思い出したんだよな。小学校ん時にさ、なんか見せられなかったか? タバコだか、麻薬だか、詐欺だか分かんねぇけど、それに気をつけましょうみたいな動画」

 全校生徒だか、高学年だけだか、小学校の時に体育館に集められて犯罪予防のビデオを見せられた。その記憶は俺の中にもある。翼も葵も「あるある」と頷いた。

「そん中でさ、ガラの悪い奴がさ、靴紐結ぶから、その間だけタバコ持っててくれって女子高生に持たせてさ、陰から写真撮って脅すのがあったんだよ」

 俺の記憶力すげぇだろ? みたいな純の言い方に俺は自分の眉がピクリと動くのを感じた。

「まさか、嵌るとは思ってなかったけど、小岩井も馬鹿だよな」

 がはははは、と純が愉快そうに笑う。

「ああ、馬鹿だよな……」

 馬鹿だ、本当に馬鹿だ。

「だろう? ざまあみろって感じ──」
「馬鹿なのは、お前だよ」

 俺は純の言葉を遮った。

 馬鹿なのは、お前だ、村上純。人の人生を滅茶苦茶にするなんざ、最低だ。

「は? 今なんつった?」

 いくら自分の人生が滅茶苦茶であろうと、自分が不幸であろうと。

「おい、光やめろよ」
「お前が大馬鹿過ぎて笑えるって言ったんだよ」

 葵は俺を言葉で制止したが、迫ってくる純に対して俺は鼻で笑った。本当に腹が立つ。友人を馬鹿にされるほど胸糞悪いものはない。

「ふざけんなよ! 光!!」

「っ!」

 勢い良く俺の顔面に純の右の拳が飛んできた。鈍い痛みと血の味が口の中に広がる。喧嘩などする気はない。怒鳴ったところで、殴ったところで、それに意味がないことを俺は知っている。

 ただ、言わずにはいられなかったのだ。友のために、自分のために。

「お前って可哀想な奴だよな」

 居場所のない俺よりも、本当の自分を認めて貰えない小岩井よりも、お前の方が何倍も惨めだ。誰かを不幸にしないと生きられないお前の方が何倍も何十倍も。

「くそ! 殺してやるッ! お前なんか! ぶっ殺してやる!!」

 矢継ぎ早に純の拳や蹴りが繰り出され、俺はコンクリートの床に倒れ込んだ。俺は手を出さなかった。もう何処が痛むのかも分からない。身体中が痛い。翼と葵が純を止める声が聞こえたが、暫く、俺への攻撃は続いていた。

「翼! 葵! 行くぞ? そんな奴、放っとけ!」

 騒がしい声たちが去って行った。顔面を殴られ、瞼が腫れ上がっているのかもしれない。視界が狭い、ボヤける。

 冷静になってみれば、俺も大概大馬鹿野郎だ。無駄な戦いに変わりはない。若いから感情を抑えることが出来なかった、と言い訳をしても良いだろうか。

 言う相手など、どこにも居ないけれど。
 笑い合える相手なんて、どこにも……。

 手探りで携帯をポケットから取り出し、自分の顔ギリギリに近付ける。

 ──良かった、壊れてない。救急車……、いや、小岩井……に先に……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺と公園のベンチと好きな人

藤谷葵
青春
斉藤直哉は早川香澄に片想い中 公園のベンチでぼんやりと黄昏ているとベンチに話しかけられる 直哉はベンチに悩みを語り、ベンチのおかげで香澄との距離を縮めていく

ムーンダスト

晴菜
青春
「僕が、いや俺がこの子の親だ」 これは、何をやっても上手くいく器用貧乏昼行灯のヒロと人付き合いが得意だけど強情なツキネと、彗星の子供カナメとの偽りの親子の物語

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

桜の下でつまずく 不器用な女子高生の転生物語

ログ
青春
『さくら色の転生:不器用な女子高生の成長物語』は、春に転生した女子高生、美咲の冒険と自己発見の物語です。美咲は突然、自分が全く異なる世界に転生したことに気づきます。この新しい世界で、彼女は自然と調和する特別な力を発見し、多くの挑戦に直面します。美咲は、失敗と成功を繰り返しながら自分自身を見つめ直し、真の自己実現を目指します。彼女の旅は、友情、勇気、そして自己受容の重要性を描いています。この物語は、読者に夢と希望を与え、自分自身の可能性を信じる力を教えてくれるでしょう。

真っ白のバンドスコア

夏木
青春
親父みたいに、プロのバンドとして絶対にデビューしてやる! そう意気込んで恭弥が入学した羽宮高校には軽音楽部がなかった。 しかし、多くのプロが通ってきたバンドコンテストの出場条件は「部活動であること」。 まずは軽音楽部を作るために、与えられた条件を満たさなければならない。 バンドメンバーを集めて、1つの曲を作る。 その曲が、人を変える。 それを信じて、前に進む青春×バンド物語!

永遠のファーストブルー

河野美姫
青春
それは、ちっぽけな恋をした僕の、 永遠のファーストブルー。 わけあってクラスの日陰者に徹している日暮優は、ある日の放課後、クラスでひときわ目立つ少女――空野未来の後を尾けてしまう。 そこで、数日後に入院すると言う未来から『相棒』に任命されて――? 事なかれ主義でいようと決めたはずの優は、その日から自由奔放で身勝手、そして真っ直ぐな未来に振り回されていく。 *アルファポリス* 2023/4/30~2023/5/18 こちらの作品は、他サイトでも公開しています。

図書準備室のシキガミさま

山岸マロニィ
青春
港町の丘の上の女子高の、図書準備室の本棚の奥。 隠された秘密の小部屋に、シキガミさまはいる―― 転入生の石見雪乃は、図書館通学を選んだ。 宇宙飛行士の母に振り回されて疲れ果て、誰にも関わりたくないから。 けれど、図書準備室でシキガミさまと出会ってしまい…… ──呼び出した人に「おかえりください」と言われなければ、シキガミさまは消えてしまう── シキガミさまの儀式が行われた三十三年前に何があったのか。 そのヒントは、コピー本のリレー小説にあった。 探る雪乃の先にあったのは、忘れられない出会いと、彼女を見守る温かい眼差し。 礼拝堂の鐘が街に響く時、ほんとうの心を思い出す。 【不定期更新】

和歌浦グラフィティ

真夜中
青春
レーズンの家の近くには二軒の本屋がある。雑誌を読むにはもっぱら大浦街道に面した大きい方を利用することにしている。倉庫のような白い建物にそれを照らすライティング設置用の黄色い鉄骨、看板には赤く大きな文字でBooKとある。その中にあったアイスクリームを主に売るテナントはオープンして三年程で消えた。レーズン達はよくそこで水風船を買いアイスクリームを頬張った。そこで覚えたラム・レーズンの味は最高。僕のニックネームはレーズンに決まった。 これから何度と淡い春が来て、その度にまた厳しい冬を乗り越えようとも、もう、あの頃と同じ情熱を感じることはないのかもしれない。僕は決して誠実な人間ではないけれど、あの時代に感じていたすべてを忘れることはないだろう。目一杯満喫したから二度と振り返らないなんて言わないし、サヨナラの手を振るつもりもない。あの頃からいろいろと吸うものは変わったけど、カクテルグラスに刺さった安いストローや、濃度の高い煙に巻かれながら、僕らは、この胸、深いところと共謀し、センチメンタルという一生懸命に甘くて、精一杯に酸っぱく苦しいドロップを互いの口に放り込む計画を立てている。かつて、僕のことをレーズンと呼んだあの悪ガキ達の残像が摺り寄って来ては、僕の横腹を突つきニヤっとささやくと、今、僕の横に掛けているのはあの頃とちっとも変わらないチャーミングな女の子。  それは、たった一度の魔法で、僕らはそれを初恋と呼んだ。

処理中です...