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4.【バイト】Side光
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◆ ◆ ◆
先に楽しみのある一週間というのは、いつもの一週間よりも早く過ぎて行った。何故、楽しみなのか。自分の小さな目標に少しずつ近付くことが出来るからだ。
俺の母親は相変わらず、ほぼ毎日知らない男を部屋に連れ込んでいる。俺の居場所は無く、補導されて家に帰るという日が少なくはない。家に帰っても、見知らぬ男に怒鳴られたり、殴られたりする。
バイトを始めても、それは変わらなかった。未成年は二十二時以降は働けない。だから、その後の時間は家に帰るか、土手で座っているか、葵の家に泊めてもらうかをしていた。
葵の両親は共働きで忙しく、二人とも出張が多いらしい。葵自身は凄く良い奴で、彼も純から離れたいと言っていた。きっと葵は一人の寂しさをただ埋めたかっただけなんだ。悪いことをしたいわけじゃない。悪い仲間に入りたいわけじゃない。
夏休みが始まって数日後、俺はそんな葵の部屋に泊まっていた。
「光、彼女と上手くいってんの?」
豆電球も点いていない月明かりだけの部屋で天井を見上げながらベッドの上の葵が言った。
「彼女じゃない。バイト仲間だ」
同じように薄暗い天井を見上げながら、俺はぼそりと呟いた。注目の的である小岩井は初日でバイトに慣れたようだった。誰とでも仲良くなれるあの性格が役に立っているようだ。
「バイト仲間?」
「ただの友達だよ」
本当に俺の中に恋愛感情は存在していない。同じバイトをする友達の感覚だ。小岩井の事情を知ってるからかもしれないが、今は知って良かったと思っている。
自分を隠すというのは大変なことだと思うが、俺に見せる素顔は確実に男だ。一人でも知っていれば救われる。その理由が分かった。俺なんか営業スマイルをするだけでも疲れるのだ。ずっと隠し続けるのは気を張るに違いない。
「純がさ、光の彼女のこと狙ってるんだ。あ、俺から聞いたって言わないでよ?」
何故、葵は俺に報告してくれたのか。それは純のやっていること、やろうとしていることが間違っていると葵も気付いているからだ。
「ありがとう。でも、小岩井は俺の彼女じゃない」
小岩井は俺の彼女じゃないし、男だ。あいつ自身、嫌な奴には嫌だと言えるだろう。
そう思っていたが、事件は四日後に起こった。小岩井が午前中で俺が午後のバイトの日だった。出勤した瞬間、俺は見てしまったのだ。
「穂花ちゃんって、可愛いよね。クラスでもモテるでしょ?」
ハゲ頭の店長が、事務所で小岩井の肩に手を置いていた。これから着替えるところだろうに、呼び止められ、しかも気持ちの悪いじじいに身体を触られるという行為に俺が嫌悪感を感じた。
この頃は小岩井の立場になって物事を考えられるようになってきた。これはセクハラだ。女子だって気持ち悪いだろうが、男が男にいやらしい手つきで触られるのも相当気分が悪い。
「店長、俺の彼女に触んないで貰えますか?」
仕方がないと思った。俺はただ小岩井を救いたいだけだったのだ。店長はニヤニヤと黙って笑いながら手を離し、小岩井は複雑な表情をした。不貞腐れたような、悲しいような、そんな表情を。
『昼間の気持ち悪かっただろう? バイト辞めた方が良いんじゃないか? 俺が小岩井をバイトに誘ったんだけど。ごめんな?』
バイト終わりに店の前から、そんなメールを小岩井に送ったが、返事は『僕は男だから大丈夫』だけだった。
それからも、ずっと小岩井はバイトに通い続けた。店長のセクハラは、ずっと続いていた。元々細いあいつは少し痩せた気がした。
先に楽しみのある一週間というのは、いつもの一週間よりも早く過ぎて行った。何故、楽しみなのか。自分の小さな目標に少しずつ近付くことが出来るからだ。
俺の母親は相変わらず、ほぼ毎日知らない男を部屋に連れ込んでいる。俺の居場所は無く、補導されて家に帰るという日が少なくはない。家に帰っても、見知らぬ男に怒鳴られたり、殴られたりする。
バイトを始めても、それは変わらなかった。未成年は二十二時以降は働けない。だから、その後の時間は家に帰るか、土手で座っているか、葵の家に泊めてもらうかをしていた。
葵の両親は共働きで忙しく、二人とも出張が多いらしい。葵自身は凄く良い奴で、彼も純から離れたいと言っていた。きっと葵は一人の寂しさをただ埋めたかっただけなんだ。悪いことをしたいわけじゃない。悪い仲間に入りたいわけじゃない。
夏休みが始まって数日後、俺はそんな葵の部屋に泊まっていた。
「光、彼女と上手くいってんの?」
豆電球も点いていない月明かりだけの部屋で天井を見上げながらベッドの上の葵が言った。
「彼女じゃない。バイト仲間だ」
同じように薄暗い天井を見上げながら、俺はぼそりと呟いた。注目の的である小岩井は初日でバイトに慣れたようだった。誰とでも仲良くなれるあの性格が役に立っているようだ。
「バイト仲間?」
「ただの友達だよ」
本当に俺の中に恋愛感情は存在していない。同じバイトをする友達の感覚だ。小岩井の事情を知ってるからかもしれないが、今は知って良かったと思っている。
自分を隠すというのは大変なことだと思うが、俺に見せる素顔は確実に男だ。一人でも知っていれば救われる。その理由が分かった。俺なんか営業スマイルをするだけでも疲れるのだ。ずっと隠し続けるのは気を張るに違いない。
「純がさ、光の彼女のこと狙ってるんだ。あ、俺から聞いたって言わないでよ?」
何故、葵は俺に報告してくれたのか。それは純のやっていること、やろうとしていることが間違っていると葵も気付いているからだ。
「ありがとう。でも、小岩井は俺の彼女じゃない」
小岩井は俺の彼女じゃないし、男だ。あいつ自身、嫌な奴には嫌だと言えるだろう。
そう思っていたが、事件は四日後に起こった。小岩井が午前中で俺が午後のバイトの日だった。出勤した瞬間、俺は見てしまったのだ。
「穂花ちゃんって、可愛いよね。クラスでもモテるでしょ?」
ハゲ頭の店長が、事務所で小岩井の肩に手を置いていた。これから着替えるところだろうに、呼び止められ、しかも気持ちの悪いじじいに身体を触られるという行為に俺が嫌悪感を感じた。
この頃は小岩井の立場になって物事を考えられるようになってきた。これはセクハラだ。女子だって気持ち悪いだろうが、男が男にいやらしい手つきで触られるのも相当気分が悪い。
「店長、俺の彼女に触んないで貰えますか?」
仕方がないと思った。俺はただ小岩井を救いたいだけだったのだ。店長はニヤニヤと黙って笑いながら手を離し、小岩井は複雑な表情をした。不貞腐れたような、悲しいような、そんな表情を。
『昼間の気持ち悪かっただろう? バイト辞めた方が良いんじゃないか? 俺が小岩井をバイトに誘ったんだけど。ごめんな?』
バイト終わりに店の前から、そんなメールを小岩井に送ったが、返事は『僕は男だから大丈夫』だけだった。
それからも、ずっと小岩井はバイトに通い続けた。店長のセクハラは、ずっと続いていた。元々細いあいつは少し痩せた気がした。
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