スーベニア・イン・ザ・スカイ ~僕が青春を忘れた理由~

純鈍

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3.【穂花】Side穂花

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 冬に産まれた私に祖母は穂花という名前を付けた。稲穂のように可憐な花のようにスクスクと成長するように。でも、私はこの名前が嫌いだ。自分に似合っていないから。私は私ではなく、僕だから。ばあちゃんには申し訳ないけど、僕には合わない、ごめんなさい。

 どうせなら、男か女か分からない名前にしてくれれば良かったのに……、本当に生まれてごめんなさい。

「新山、ここで一体、何をするつもりだ?」

 なんだかよく分からない草の匂いと都会の空気の匂いと汚れた水の匂いがする場所で、僕はボヤいた。新山が僕を連れて来た場所、それは近くの土手だった。生い茂った背の高い草の間を抜け、川に寄る。

「ちょっとした火遊び」

 ニヤニヤしながら新山はポケットから百円ライターを取り出した。まさか、真昼間から花火でもやるのかと思ったが、それは違った。土手に落ちている小さなゴミなんかに火を点けて遊び始めたのだ。

「お前もやるか?」

「やってみようかな」

 真面目な僕は、絶対にこんなことはしない。でも、それは親に植え付けられたものだ。汚い字を直しなさい、歩き方を直しなさい、言葉遣いを直しなさい。お前はガサツだ。僕を女として見るから、そう思うのだ。もっと女の子らしくしなさい、これが僕を締め付ける洗脳の言葉だ。

 これが僕なのに、全て直され、本当の僕は消えた。今まで生きてきた人生は、僕のものではない。

 だから、僕は青春の記憶を自分の中から消した。

「どうやってやるんだ?」

 ライターを持ったことはない。僕の家系はタバコを吸わない。もしかして、新山はタバコを吸うのだろうか?だとしたら、僕は悪い人間と連んでしまったのだろうか?まあ、いい、今の僕はとてもワクワクしている。

「銀のとこに指を添えてシュッとやるだけだ」

 新山が見本を見せてくれた。それに従ってやってみると意外と簡単にライターの火は点いた。試しに、そのままコンクリートに張り付いていた白いビニール袋に近付けてみた。面白いことに、それは溶けてギュッと縮まった。

 その瞬間、新山が「あ、やべぇ」と言った。

「え? なんだ?」

 訳の分からない僕の後ろを一隻の小さな船が通って行った。新山が、その動きを目で追っているのが分かった。

「通報された、多分」

 川をパトロールしている船がいるそうだ。

「どうすれば良い?」
「いや、どうもしない」

 焦った僕に新山は「まあ、座れよ」と言った。あまりの冷静な口調に言われた通りに河川敷のゴツゴツしたコンクリートに腰を下ろす。そして数分後、チラッと高い草の上を新山が覗いた。

「来た」

 その言葉に僕も顔を草の上から覗かせて見たけれど、どきっとしてしまった。そこには一人の警察官が立っていたのだ。

「君たち、火遊びしてただろう?」
「はい、すみません」
「ダメだよ?」
「はい、もう帰ります」
「気をつけるんだよ?」
「はい」

 名前を聞かれるのだろうか? 学校名を聞かれるのだろうか? 親にバレてしまうんじゃないだろうか? 僕の心臓はバクバクと暴れていたが、新山と警察官の会話はこんなものだった。

 何かを僕らに聞くこともなく、警察官は去って行った。

「まあ、こういうもんだ。でも、もうやらないさ。やり納めってやつかな」

 はは、と笑いながら新山は僕からライターを取り上げた。彼の言っていることはよく分からなかったけれど、寂しい顔をしているように見えた。

「新山、将来の夢ってあるか?」

 自分の口から勝手にそんな言葉が走り出していた。自分には、そんなものなど無いくせに。将来など、見えていないくせに。

「今の家から早く出たい。一人暮らしがしたい」

 流れているのか流れていないのか分からない汚れた川を見つめて、新山がぼそりと言った。皆が抱く将来の夢と云うのは、もっと大きなものだと思っていた。お金持ちになりたいだとか、芸能人になりたいだとか、誰かと結婚がしたいだとか。

「一人暮らし……?」

 それは夢だと言えるのだろうか? と思ったけれど、僕も同じ夢を持とうとも思った。それが夢でも良いのだと今初めて気が付いた。気付かされた。

「僕も家から出たい。一人で暮らしたい」

 家族に縛られない世界に足を踏み出したい。家事は一応、何でも出来る。あとはお金だ。お金が無ければ住むところも借りられないし、ご飯も食べられない。

「じゃあ、バイトするか? そろそろ夏休みだし。俺は高校卒業したら働こうと思ってる。最初の家賃分、今稼ぎたい」

 あと一週間で夏休みだ。確かに去年の夏、クラスでバイトをしていた人間は沢山居た。でも僕は、まだバイトをしたことがない。

「バイトって、何をやるんだ?」
「スーパーだよ」
「うっそ、ほんとに?」

 新山の口から、まさかスーパーなんて言葉が出てくるとは思わなかった。だから、僕は思わずクスクスと笑ってしまった。

「なんで笑うんだよ?」
「いや、だってさ、新山だったら、もっと服屋とかカフェとか、お洒落な方に行くかと思って」

 新山がスーパーでテンション低く品出しをしたり、レジ打ちをする姿なんて想像出来ない。

「お前馬鹿だな、服屋は制服みたいな感じでその店の服を買わないといけないから、あまり稼ぎにはならないんだよ。それにカフェだってコーヒーの種類を覚えなきゃいけないし、朝だって早い」

 学生が稼ぐんだったらスーパーかドラッグストアが良い。そんな言葉が耳に滑り込みセーフを決めてくる。危うく言葉を被せてしまうところだった。

「スーパーが良いんだよな?じゃあ、どうやって始めるんだ? 取り敢えず、行けば良いのか?」

 バイトなんてしたことのない僕には、まったく仕組みが分からない。店に直接行って働かせてくれと言えば良いだけじゃないのだろうか?

「違う。ネットで求人を見たり、店頭の張り紙を見て探すんだよ。小岩井、お前、本当にバイトする気あるのか?」

「あるさ、まあ……、帰って親に話してみるけど」

 こちらを振り向いた新山と目が合い、僕はもごもごと口を動かしながら視線を逸らした。

 僕は三人家族で両親は厳しい。少しでも一人で外出していると何度も居場所を確認するメールが来るし、夜なんて絶対に外出なんて出来ない。今だって、何度も携帯が鳴いている。

 こんな僕がバイトなんて出来るだろうか? 僕は外に出てはいけないのだろうか? こんなの塔の上に閉じ込められたラプンツェルみたいじゃないか。

 僕は外の世界が知りたい。外の世界で暮らしたい。

「じゃあ、俺がバイト先探しといてやるよ?一緒に金稼ごうぜ?」

「おう」

 出来たらな? という言葉は呑み込んで、僕は新山とそこで別れた。

 中学のマラソン大会以外で土手になど来たことはなかった。あの川に架かった長い橋を自分一人で渡れたならば、僕は塔から降りられるだろうか……。
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