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2.【光】Side光

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 土曜という名の次の日、俺は一人で広場に向かっていた。嘘かもしれない。でも、本当だったならば、彼女をずっと待たせてしまうことになる。そんな気持ちが俺の中にもあったのかもしれない。

 昨日、純たちは俺の顔を見てフラれたんだと思っていた。あとが面倒だ。俺は小岩井にフラれなかったことを隠すことにした。どうせ、あとでバレそうだが関係ない。

 時刻は小岩井が指定した午前十時半。いや、午前とか午後とかは言っていなかったが、多分約束の時間。広場に着いた俺は、数秒後に肩を叩かれた。よっ? という軽いノリと共に。

「……小岩井?」

 どんな顔をすれば良いのか、分からなかった。長い髪を一つに結び、制服ではなく周りの女子が着るような洒落た服を着た小岩井は、可愛いと思ったがなんだか雰囲気が違った。いつもと違った。

「ありがとう、来てくれて」

 何かが違う。俺の真正面に立った小岩井は俺が見ていた小岩井とは違う。騒がしい広場の真ん中で、彼女が続ける。

「でも、先に言わせてくれ。僕は男だ。性同一性障害なんだ。せっかく来てくれたけど、幻滅したなら帰ってくれ」

 沢山の会話の波の中で小岩井の声だけが俺には浮いて聞こえた。もしかしたら、ふざけて告白した俺を遠ざけたいがための嘘かもしれない。

「嘘だろ?」

 そう口にしても、やはり違和感は拭い去れない。困惑した。普段見ている女子に混ざる小岩井とは違う。

「本当だ。証明する術は無いが、体は女、心は男なんだ。新山以外、家族も含めてそれを知っている人間は居ない」

 俺と違って、小岩井はあっさりとしていた。

「なんで俺に言うんだ?」

 小岩井の家族も知らない大きな秘密を俺は知ってしまった。だが何故、俺は小岩井の言葉を聞き、問い返し、その場に留まっているのか。逃げれば良い。聞かなかったことにすれば良い。

「これはお前への罰だ。遊びで僕に告白しただろう? その罰としてお前に秘密を抱えてもらう」

 聞かなかったことに。

「お前って言うなよ」

 どうしてもそこだけは聞き捨てならなかった。

「何故? どうして、お前と言ってはいけない? 僕の容姿が女だからか? 女だったら、お前と言ってはいけないのか? 僕は男だが、それは差別だ」

 女が男である自分に対して「お前」というのは、酷く癪に触った。だが、反論され、何も言い返せなくなる。聞かなかったことになど出来ない。バツが悪くなり、俺は別のことを口にした。

「っ、もしも俺が誰かにバラしたら、どうするんだ?」

「……"残念ながら"、誰も信じない。私は上手く女子に紛れている」

 小岩井の"残念ながら"という言葉は、僅かに悲しそうに見えた。本当は紛れたくない、と言っているようだ。言葉が見つからない。

「デートなんてしなくて良い。ただ話を聞いてもらえれば良い。一人でも本当のことを知ってくれていれば救われる」

 寂しげな眼差しが「帰らないのか? なら、話を聞いてくれ」と俺に言い放ち、ゆっくりと歩き出す。騒がしい空間が、空気が、少しずつ移動していく。俺たちとは逆方向に。

「どこに向かってるんだ?」

「ただの古い喫茶店だよ」

 帰るタイミングを完全に逃した俺は、全く未知の世界に足を踏み入れていた。知らない住宅街を歩き、知らない公園を通り抜け、廃れた商店街に辿り着く。

 気付けば、目の前には小岩井の言う通り古ぼけた喫茶店があった。名前はショパン。小岩井が扉を開けるとカランカランという音がした。

 狭い店内にはレトロな雰囲気が漂っていた。オレンジと黄色の間のようなライトに鏡が張り付いた天井、小さな木のテーブルに小さな革張りの椅子、染み付いた煙草の匂い。店内に客の姿はない。

「お好きな席にどうぞ」

 口髭を伸ばした黒いベストの爺さんが、お好きなと言いながら、適当なテーブルを指し示す。小岩井はどこに座るのか、と動きを目で追うと彼女は店の奥の方へ行き小さな椅子に腰を下ろした。その目の前に俺が腰を掛ける。

「バナナジュースをください。新山は?」

「え? あ、俺も同じので」

 喫茶店なんかに足を踏み入れたことがない俺は戸惑って、小岩井と同じものを注文してしまった。バナナジュースなど飲んだことがないのに。

 黙ったまま無愛想な店員が店の奥に去って行った。注文してしまったが、俺の心はなんだか落ち着かない。ここに居て良いのか悪いのか。

「なあ、小岩井。他に行きたいところはないのか? 買い物とか」

「お前はまだ僕を疑っているのか? 自分がそのままの容姿で女子として扱われたとして、お前は気持ち悪くはないか? 違和感を感じないか? それと同じだ」

 自分が男のまま女扱いされる? 冷たい眼差しで小岩井に言われ、普段使わない頭をフル回転させる。

「確かに、気持ち悪いな」

 俺の頭の中では自分がオカマになっている姿が一瞬想像されたが、そうではないんだと思った。このままの俺で、俺のままで誰か男に女として扱われる。可愛いという言葉だとか、自分に似合わない物を押し付けられたりする。そういうことだろう?

「正直言って、自分が性同一性障害か断定出来ないんだよ。男も女も好きになるし、カッコいいものも可愛いものも好きだ。それが僕を惑わせる。男なのか、女なのか、どちらなのか分からなくさせる。でも、日に日に違和感が増して、結局、限界がきた」

 まるでダムが崩れるように、小岩井の口から言葉が溢れ出す。限界という言葉が耳に聞こえ、目にも見えるようだった。
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