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1.【プロローグ】Side光
①
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「内緒だよ……」
【敢えて、その言葉を言わなかったのは誰かを信じたかったから。誰でも良い、何も言わなくとも秘密を守ってくれる友人が欲しかったから。理解者を望んでいたから。たとえ、たった一人でも】
◆ ◆ ◆
夏のとある日の夕方、俺は自分が住んでいるアパートの部屋の前に立っていた。母親の浮気が原因で両親が離婚し、父親が出て行ってから二年、母親は毎日のように知らない男を取っ替え引っ替え部屋に連れ込んでいる。
「ダメ、光が帰って来ちゃう」
そんな母親の声が部屋の中から聞こえて来た。いつものことだ。きっと、いつも俺の気配に気付いている。高校二年になったのだから、もう良いだろうと思われているのかもしれない。出て行け、と遠回しに言われているようだ。
「ちっ」
舌打ちを一つして、俺は身を翻し、金属の階段を大きな音を立てて駆け下りた。家に帰れなくとも、行く場所ならある。いつも連んでいる仲間の所だ。
夏の四時半は、まだ明るい。だらしなく伸び切った陽の所為だ。公園で遊ぶ小さな餓鬼は長く遊べると喜んでいるが、俺は全然嬉しくない。
──早く、夜になってしまえば良いのに。
「光、遅かったな。学校から直接来なかったのか?」
駅前のゲームセンターの横、何のビルか知らないが、その外階段にいつものメンバーは座っていた。俺に声を掛けて来たやつは、同じ高校に通っていた村上 純だ。髪は、如何にも不良という様な金色。その隣に居る黒髪の男子二人は、近くの高校の柴崎 翼と吉永 葵。
俺たちは一年の頃から連んでいる。純が高校を辞めたのは一年の二学期が始まる頃だった。学校が退屈だったからだそうだ。
純のその気持ちが分かる気がする。いや、逆か。俺にとっては、学校は暇を潰す場所でしかない。昼間に、ただ居る場所。家に帰るより、他の場所で時間を潰すよりマシなのだ。
何を考えることもない。勉強など、留年しない程度にやれば良い。テストでは最低三十点を取れば良い。
何もないからただ卒業を目標としただけ。
「光、遅刻したんだから、あの可愛い子ナンパして来いよ」
純がそう言うと、翼と葵も合わせるように「行けよ、行っちゃえよ」と囃し立てた。結局、俺たちの中にもリーダーは存在しているのだ。皆が平等になることは決してない。どんなところにもリーダーは存在する。
「どの子だよ? げっ、マジか?」
純が指差した方を見て、俺は少々バツが悪くなった。駅前の広場を歩く、その女子高生の制服が俺の通う高校の物だったからだ。即ち、純も知っていたのだ。知っていて彼女を選んだのだ。
しかも、俺は気が付いてしまった。先程までは後ろ姿しか見えなかったのだが、俺たちが大きな声で喋っていた所為か彼女がチラリとこちらを振り向いた時、その顔が見覚えのあるものだと気付いてしまった。
俺の通っている高校は一学年ごとに八クラスあるが、彼女は男女問わずどのクラスでも人気な生徒だった。あまりに住む世界が違いすぎて俺は関わらないようにしていたが、確か、名前は……小岩井穂花。
「あれって小岩井じゃんか! お前も知ってんだろ? ここで失敗して、校舎内で会っちまったらどうするんだよ?」
下手に目立つことは避けたい俺だ。出来ることなら、空気のように生きて、空気のように死んでいきたい。高校をただ卒業して……。
でも、選択肢が見えない。
「やってみなきゃ分かんねぇだろ? もしかしたら、付き合ってくれるかもしんねぇじゃんか。ほら、早く行けよ」
「イテッ」
純にケツを蹴られ、俺はよろけるように広場の方へと足を踏み出した。歩幅の違いで、小岩井には安易に追いつくことが出来た。偶然を装うように彼女の前に回り込む。
「あれ、小岩井じゃん。今帰り?」
俺が、そう言うと小岩井は予想通り、誰? というような怪訝そうな表情をした。俺のことは知らないだろうと思った。同じクラスではないからだ。タイプも違いすぎる。
「俺、同じ高校の新山。突然でごめん。あのさ、小岩井、俺と付き合ってくれないか?」
何のモーションを起こすことも無く、俺と歩みを止めた小岩井は互いの目を一瞬合わせた。遠くの方で純と翼と葵がクスクスと笑っているのが見える。
小岩井もチラッと奴らの方に視線を向けた気がした。目に見えるふざけた空気。
そう、これは罰ゲームなのだ。遅刻した俺への罰。仲良くもない、きっと俺の名前を知りもしない学年の人気者に告白をして、フラれてお終い。そうやって、このくだらないゲームは終わるはずだった。
「良いよ。明日、休みだよね? 遊ぼう。明日の十時半、この広場に来て」
小岩井はニコッと笑って、あっさりとそんなことを言った。嘘か真か、分からない。連絡先を交換することなく「約束ね」と彼女は俺の横を通り過ぎて行った。まるで小学生のような約束を残して……。
【敢えて、その言葉を言わなかったのは誰かを信じたかったから。誰でも良い、何も言わなくとも秘密を守ってくれる友人が欲しかったから。理解者を望んでいたから。たとえ、たった一人でも】
◆ ◆ ◆
夏のとある日の夕方、俺は自分が住んでいるアパートの部屋の前に立っていた。母親の浮気が原因で両親が離婚し、父親が出て行ってから二年、母親は毎日のように知らない男を取っ替え引っ替え部屋に連れ込んでいる。
「ダメ、光が帰って来ちゃう」
そんな母親の声が部屋の中から聞こえて来た。いつものことだ。きっと、いつも俺の気配に気付いている。高校二年になったのだから、もう良いだろうと思われているのかもしれない。出て行け、と遠回しに言われているようだ。
「ちっ」
舌打ちを一つして、俺は身を翻し、金属の階段を大きな音を立てて駆け下りた。家に帰れなくとも、行く場所ならある。いつも連んでいる仲間の所だ。
夏の四時半は、まだ明るい。だらしなく伸び切った陽の所為だ。公園で遊ぶ小さな餓鬼は長く遊べると喜んでいるが、俺は全然嬉しくない。
──早く、夜になってしまえば良いのに。
「光、遅かったな。学校から直接来なかったのか?」
駅前のゲームセンターの横、何のビルか知らないが、その外階段にいつものメンバーは座っていた。俺に声を掛けて来たやつは、同じ高校に通っていた村上 純だ。髪は、如何にも不良という様な金色。その隣に居る黒髪の男子二人は、近くの高校の柴崎 翼と吉永 葵。
俺たちは一年の頃から連んでいる。純が高校を辞めたのは一年の二学期が始まる頃だった。学校が退屈だったからだそうだ。
純のその気持ちが分かる気がする。いや、逆か。俺にとっては、学校は暇を潰す場所でしかない。昼間に、ただ居る場所。家に帰るより、他の場所で時間を潰すよりマシなのだ。
何を考えることもない。勉強など、留年しない程度にやれば良い。テストでは最低三十点を取れば良い。
何もないからただ卒業を目標としただけ。
「光、遅刻したんだから、あの可愛い子ナンパして来いよ」
純がそう言うと、翼と葵も合わせるように「行けよ、行っちゃえよ」と囃し立てた。結局、俺たちの中にもリーダーは存在しているのだ。皆が平等になることは決してない。どんなところにもリーダーは存在する。
「どの子だよ? げっ、マジか?」
純が指差した方を見て、俺は少々バツが悪くなった。駅前の広場を歩く、その女子高生の制服が俺の通う高校の物だったからだ。即ち、純も知っていたのだ。知っていて彼女を選んだのだ。
しかも、俺は気が付いてしまった。先程までは後ろ姿しか見えなかったのだが、俺たちが大きな声で喋っていた所為か彼女がチラリとこちらを振り向いた時、その顔が見覚えのあるものだと気付いてしまった。
俺の通っている高校は一学年ごとに八クラスあるが、彼女は男女問わずどのクラスでも人気な生徒だった。あまりに住む世界が違いすぎて俺は関わらないようにしていたが、確か、名前は……小岩井穂花。
「あれって小岩井じゃんか! お前も知ってんだろ? ここで失敗して、校舎内で会っちまったらどうするんだよ?」
下手に目立つことは避けたい俺だ。出来ることなら、空気のように生きて、空気のように死んでいきたい。高校をただ卒業して……。
でも、選択肢が見えない。
「やってみなきゃ分かんねぇだろ? もしかしたら、付き合ってくれるかもしんねぇじゃんか。ほら、早く行けよ」
「イテッ」
純にケツを蹴られ、俺はよろけるように広場の方へと足を踏み出した。歩幅の違いで、小岩井には安易に追いつくことが出来た。偶然を装うように彼女の前に回り込む。
「あれ、小岩井じゃん。今帰り?」
俺が、そう言うと小岩井は予想通り、誰? というような怪訝そうな表情をした。俺のことは知らないだろうと思った。同じクラスではないからだ。タイプも違いすぎる。
「俺、同じ高校の新山。突然でごめん。あのさ、小岩井、俺と付き合ってくれないか?」
何のモーションを起こすことも無く、俺と歩みを止めた小岩井は互いの目を一瞬合わせた。遠くの方で純と翼と葵がクスクスと笑っているのが見える。
小岩井もチラッと奴らの方に視線を向けた気がした。目に見えるふざけた空気。
そう、これは罰ゲームなのだ。遅刻した俺への罰。仲良くもない、きっと俺の名前を知りもしない学年の人気者に告白をして、フラれてお終い。そうやって、このくだらないゲームは終わるはずだった。
「良いよ。明日、休みだよね? 遊ぼう。明日の十時半、この広場に来て」
小岩井はニコッと笑って、あっさりとそんなことを言った。嘘か真か、分からない。連絡先を交換することなく「約束ね」と彼女は俺の横を通り過ぎて行った。まるで小学生のような約束を残して……。
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