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先輩、そいつが好きなんですか?ver.バイト飯EX
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◆ ◆ ◆
夏休みが来てしまった。あんなにも待ち望んでいた夏休みが……。
「こちらがバイト先の施設になります。そして、こちらが俺の父の知り合いの高崎さんです」
俺は深緑に囲まれたちょっと新しめの旅館の前で、染谷先輩と真北先輩に高崎さんを紹介した。新幹線と専任運転手がいるマイクロバスで来たわけだが、周りには何もない。
「こんにちは、初めまして、高崎です。三人も来てくれるなんて、助かるよー」
高崎さんは俺の父親と同い年くらいの男性だ。紺色の作務衣姿で嬉しそうに俺たちの手を順番に取っていった。
「染谷です。よろしくお願いします」
「真北っす。お願いします」
ちょっと緊張した様子で先輩たちが挨拶をする。
「はい、よろしく。で、傑くんもバイトは初めてだよね」
「そうです、よろしくお願いします」
実は俺もここに泊まったことはあってもバイトをしたことはない。まあ、去年までは中学生だったからなんだが、手伝いすらしたことがない。だから、俺も緊張している。
「えっと、五日間泊まり込みで働いてもらって、五日目の夜に山のお祭りに連れて行くから頑張ってね」
つまり、俺たちは六日目の朝に自分たちの家に帰るのだ。たった五日だが、染谷先輩との距離を縮められたら……と期待してしまう。
と、まあ俺の理想は置いておいて。
「ということで、まずは部屋に案内するから」
そう言って、高崎さんは俺たちをまずは三人で泊まる部屋に案内してくれた。結構広めの部屋で、布団を三つ並べても間に隙間が出来るくらいだと思った。
――染谷先輩と二人が良かった……。なんで、真北先輩いるんだよ……。絶対、この人、間に入ってくるだろう……。
正直言って、大きな窓の外に広がる深緑を見ても、俺の心は変わらずブルーだった。
「で、これが、君たちの作務衣ね。今から着替えてもらって、すぐに仕事教えるから。さあ、スパルタでいくよ」
温厚そうな顔に似合わず、高崎さんは手をパンパンと叩いて、スパルタ宣言をした。まだまだ緊張が解けない俺たちは戸惑いながらも急いで用意された作務衣に袖を通していく。
「さ、着替えた人からフロントに来てね」
そう言われ、言い出しっぺの自分が遅れるわけにはいかない、と俺は二人よりも先に着替えてフロントに向かった。
「お、早いね」
何やらバインダーに挟まった書類に目を通していた高崎さんが俺に気が付いて顔を上げた。ニコニコと笑う瞳と視線が合致する。
「俺が遅れるわけにいかないです」
「そかそか。――そういえば、傑くん、本当に良いの?」
笑みが少し心配の色に変わったのが分かった。
「自分がバイトした分は染谷くんに加算してあげてくれだなんて、あとで後悔したりしない?」
ああ、あのことだな、と俺が理解して答える前に高崎さんが付け足して言った。
「良いんです。先輩にはお金が必要なんで。絶対に先輩には言わないでくださいね?」
絶対に、という部分を強めに言って、俺は真剣な眼差しで高崎さんを見つめた。彼がふっと笑う。
「分かったよ」
これで、先輩がいつもより二倍稼げるトリックは俺と高崎さんだけの秘密だ。
「すみません、遅れました」
パタパタと染谷先輩と真北先輩が走ってきて、俺と高崎さんの会話は終わりを告げた。
――真北先輩のことはどうでも良いけど、作務衣姿の染谷先輩、めちゃくちゃ似合ってて可愛い……! ちょっと袖とか裾が長かったのか折ってるの可愛い……!
「大丈夫。全然遅くないよ。さて、じゃあ、これから接客以外のこと、洗濯とか掃除とかを手伝ってもらうんだけど、先に言っておかないといけないことがあったんだ」
何かを思い出したかのように、高崎さんはポンッと手を打った。そして、上機嫌な様子で続ける。
「お昼だけは自分たちで作ってもらうからね。裏にキャンプ場があるから薪で火を起こして、キャンプ飯を楽しんで。あ、食材はなんでもあるから、言ってくれればいいよ」
――なっ、んでキャンプ飯? これもやっぱりスパルタの一種なのか?
高崎さんのそのグーサインの意味がまったく分からなかった。
「キャンプ飯……」
そう呟きながら戸惑いを隠せない俺と「俺、飯にありつけないかも……」と嘆く真北先輩。そして、ただ一人、何故か目を輝かせながら「分かりました」と頷く染谷先輩であった。
「はい、じゃあ、行くよ。まずは客室からシーツとか枕カバーとか回収してクリーニングに出すから」
どうやら質問は受け付けていないらしい。高崎さんはフロントから出て、颯爽と歩きだした。少し早歩きで、客室を回っていく。俺たちは一人一台、キャスターの付いた洗濯物用の大きなカゴを担当させられ、結構な時間が掛かった。俺の予想だと、これの逆バージョンをあとでやらされるのだろう。
「よし、これでクリーニングはオッケー。ここでお待ちかねのお昼タイムです。さて、食材は何を用意しようか?」
あとでクリーニング屋が取りにくるらしく、旅館の裏口で洗濯物の入った大きな白い袋を何個も作りながら高崎さんが言う。
「白米とモッツァレラチーズと厚切りベーコン、じゃがいもとブロッコリー、コーン缶、それとバターをください。あ、それとトマト缶とコンソメも」
俺と真北先輩がオロオロする中で染谷先輩だけがスラスラと食材を言ってのけた。普段から料理のことを考えているのだろうか? いや、でも今回はキャンプ飯ですよ? 色々と限られているんですよ?
「それで良いの?」
「はい、あればですけど」
「あるよ」
チョイチョイと指で合図して、高崎さんが染谷先輩を呼ぶ。その足は厨房に向いているようで……。
夏休みが来てしまった。あんなにも待ち望んでいた夏休みが……。
「こちらがバイト先の施設になります。そして、こちらが俺の父の知り合いの高崎さんです」
俺は深緑に囲まれたちょっと新しめの旅館の前で、染谷先輩と真北先輩に高崎さんを紹介した。新幹線と専任運転手がいるマイクロバスで来たわけだが、周りには何もない。
「こんにちは、初めまして、高崎です。三人も来てくれるなんて、助かるよー」
高崎さんは俺の父親と同い年くらいの男性だ。紺色の作務衣姿で嬉しそうに俺たちの手を順番に取っていった。
「染谷です。よろしくお願いします」
「真北っす。お願いします」
ちょっと緊張した様子で先輩たちが挨拶をする。
「はい、よろしく。で、傑くんもバイトは初めてだよね」
「そうです、よろしくお願いします」
実は俺もここに泊まったことはあってもバイトをしたことはない。まあ、去年までは中学生だったからなんだが、手伝いすらしたことがない。だから、俺も緊張している。
「えっと、五日間泊まり込みで働いてもらって、五日目の夜に山のお祭りに連れて行くから頑張ってね」
つまり、俺たちは六日目の朝に自分たちの家に帰るのだ。たった五日だが、染谷先輩との距離を縮められたら……と期待してしまう。
と、まあ俺の理想は置いておいて。
「ということで、まずは部屋に案内するから」
そう言って、高崎さんは俺たちをまずは三人で泊まる部屋に案内してくれた。結構広めの部屋で、布団を三つ並べても間に隙間が出来るくらいだと思った。
――染谷先輩と二人が良かった……。なんで、真北先輩いるんだよ……。絶対、この人、間に入ってくるだろう……。
正直言って、大きな窓の外に広がる深緑を見ても、俺の心は変わらずブルーだった。
「で、これが、君たちの作務衣ね。今から着替えてもらって、すぐに仕事教えるから。さあ、スパルタでいくよ」
温厚そうな顔に似合わず、高崎さんは手をパンパンと叩いて、スパルタ宣言をした。まだまだ緊張が解けない俺たちは戸惑いながらも急いで用意された作務衣に袖を通していく。
「さ、着替えた人からフロントに来てね」
そう言われ、言い出しっぺの自分が遅れるわけにはいかない、と俺は二人よりも先に着替えてフロントに向かった。
「お、早いね」
何やらバインダーに挟まった書類に目を通していた高崎さんが俺に気が付いて顔を上げた。ニコニコと笑う瞳と視線が合致する。
「俺が遅れるわけにいかないです」
「そかそか。――そういえば、傑くん、本当に良いの?」
笑みが少し心配の色に変わったのが分かった。
「自分がバイトした分は染谷くんに加算してあげてくれだなんて、あとで後悔したりしない?」
ああ、あのことだな、と俺が理解して答える前に高崎さんが付け足して言った。
「良いんです。先輩にはお金が必要なんで。絶対に先輩には言わないでくださいね?」
絶対に、という部分を強めに言って、俺は真剣な眼差しで高崎さんを見つめた。彼がふっと笑う。
「分かったよ」
これで、先輩がいつもより二倍稼げるトリックは俺と高崎さんだけの秘密だ。
「すみません、遅れました」
パタパタと染谷先輩と真北先輩が走ってきて、俺と高崎さんの会話は終わりを告げた。
――真北先輩のことはどうでも良いけど、作務衣姿の染谷先輩、めちゃくちゃ似合ってて可愛い……! ちょっと袖とか裾が長かったのか折ってるの可愛い……!
「大丈夫。全然遅くないよ。さて、じゃあ、これから接客以外のこと、洗濯とか掃除とかを手伝ってもらうんだけど、先に言っておかないといけないことがあったんだ」
何かを思い出したかのように、高崎さんはポンッと手を打った。そして、上機嫌な様子で続ける。
「お昼だけは自分たちで作ってもらうからね。裏にキャンプ場があるから薪で火を起こして、キャンプ飯を楽しんで。あ、食材はなんでもあるから、言ってくれればいいよ」
――なっ、んでキャンプ飯? これもやっぱりスパルタの一種なのか?
高崎さんのそのグーサインの意味がまったく分からなかった。
「キャンプ飯……」
そう呟きながら戸惑いを隠せない俺と「俺、飯にありつけないかも……」と嘆く真北先輩。そして、ただ一人、何故か目を輝かせながら「分かりました」と頷く染谷先輩であった。
「はい、じゃあ、行くよ。まずは客室からシーツとか枕カバーとか回収してクリーニングに出すから」
どうやら質問は受け付けていないらしい。高崎さんはフロントから出て、颯爽と歩きだした。少し早歩きで、客室を回っていく。俺たちは一人一台、キャスターの付いた洗濯物用の大きなカゴを担当させられ、結構な時間が掛かった。俺の予想だと、これの逆バージョンをあとでやらされるのだろう。
「よし、これでクリーニングはオッケー。ここでお待ちかねのお昼タイムです。さて、食材は何を用意しようか?」
あとでクリーニング屋が取りにくるらしく、旅館の裏口で洗濯物の入った大きな白い袋を何個も作りながら高崎さんが言う。
「白米とモッツァレラチーズと厚切りベーコン、じゃがいもとブロッコリー、コーン缶、それとバターをください。あ、それとトマト缶とコンソメも」
俺と真北先輩がオロオロする中で染谷先輩だけがスラスラと食材を言ってのけた。普段から料理のことを考えているのだろうか? いや、でも今回はキャンプ飯ですよ? 色々と限られているんですよ?
「それで良いの?」
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