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先輩、俺と付き合ってみますか?ver.初めての大皿料理DX
⑤
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「盛満くんの着替えはお父さんのでいっか」
うん、と頷いて先輩のお母さんは一人で納得したようだった。
――ん? 着替え?
俺がその言葉の意味を理解しようとした瞬間、「はい、じゃあ、行った行った」と先輩のお母さんに背中を押され、気が付くと、俺は狭い脱衣場に先輩と押し込められていた。先輩も無理矢理背中を押されて押し込められたのだ。
「うちは人数が多いから、風呂には時間短縮と事故防止のために二人一組で入ることになってるんだ」
すごく嫌そうな顔で先輩が言う。
「もしかして、今日は俺とペアですか?」
「うっさい、口に出して言うな。変なことしたら二度と口聞かないからな?」
ジトッとした視線が俺を疑っていた。
「大丈夫ですよ。何もしませんって」
もとより、先輩にこれ以上嫌われたくないから、変なことをする気は本当にない。善良さを出すためにも、俺は先輩にニコッと笑い掛けた。
「……俺、先に入って身体と頭洗うから、少ししたら入ってこい」
「分かりました」
俺が頷くと先輩は体育着を脱ぎ始めた。現れた華奢な身体を見て、細いなぁ、と思う。
「こっち見んな」
「分かりました」
言われた通り、俺は先輩に背中を向けた。だが、衣類の擦れる音だけが聞こえて、逆にそれにドキドキしてしまう。
そして、ガラっと先輩が風呂場に入っていく音がした。
いつの間にか、息を止めていたようで、俺は数秒振りに「はぁ……」と息を吐いた。
それから数分後、いつもそうなのか、それとも俺がいるから慌てて洗ったのか、先輩の気配が湯船の方に移動したのが分かった。
「失礼します」
まるで職員室に緊張して入るみたいに、俺は風呂場の扉をそっと開けて中に入った。先輩は湯船に浸かって、俺を睨んでいた。雨の日に段ボールに入れられて捨てられた子猫みたいだった。
「早くしろ。ゆったりなんてさせないからな」
ツンとした態度でジッと俺のことを見て先輩が言う。
「先輩だけ俺のこと見てるのずるいですよ。少しだけ目閉じててください」
「ふんっ、それもそうだな、仕方ないからそうしてやる」
シャワーの前からチラッと視線をやると先輩は意外にも素直に目を閉じてくれた。
「あの、お父さんの服、ほんとに借りて良いんですか?」
俺が借りたら先輩のお父さんは怒るんじゃないか、と心配になって身体を洗い始めて俺はすぐに質問していた。
「良いんだよ。親父はもう死んだ。母親が捨てられなくて、たまに洗濯してるから、安心して着ろよ」
「そんな大事なもの、着られませんよ」
「じゃあ、裸でいれば?」
目を閉じたまま、先輩がそう意地悪く言う。そんな彼から俺は視線を外せなくなってしまった。
――きっと先輩は、まだ高校生なのに父親の代わりをしてるんだ。
「すみません、先輩のこと家族がいっぱいいて寂しくなくて良いなって言って」
すごく申し訳なくなって、思わず暗い声で言ってしまう。
「寂しくはない。ただ、少し大変なだけだ」
先輩は目を閉じた不機嫌そうな顔のままそう言った。その変わらぬ先輩の表情に引き寄せられて、気付けば俺は彼の顔を間近で見つめていた。
――あの日、俺に会って、先輩の生活は何か変わっただろうか。少しは楽になっただろうか。苦しくはないだろうか。俺は先輩に無理強いをさせていないだろうか……。
「おい、終わったのか? って、何して――」
「いや、別に変なことを考えていたわけではなくて! ……っ、すみません」
突然、先輩が目をパッと開いたため、俺は驚いて身をのけぞらせて、両手を違います、とぶんぶんと左右に振った。でも、何故だが涙が込み上げてきて。
「は? なんで、お前、泣きそうな顔してんだよ?」
「すみません。俺、先輩を苦しめてないかな、と思って」
「はあ?」
涙に滲んであんまりよく見えないが、多分、先輩はまた呆れた顔をしている。
「だって、先輩は大変な思いしてるのに、俺なんかに絡まれて、お金のためだからって無理に料理とかさせられてて、毎日、毎日、俺に苦しめられてるんじゃないかって――」
「ない」
「へ?」
先輩の即答に、俺は間抜けな声を出してしまった。
「それはない。俺はお前に救われてる。前にはなかった自由な時間も貰えてるし、好きな料理も作れてる。だから、そんなに自分責めんなよ」
「先、輩……?」
信じられないと思った。俺は今、先輩に優しく頭をなでなでされている。
「俺は先に出るから、お前も早く出ろよ?」
まるで何もなかったかのように先輩は湯船から上がり、俺の横を通って風呂場から出ていった。去っていく手が名残惜しくて、本当は掴んで引き留めたかった。でも、そんなことをしても何かを言えるわけじゃない。だから
「……どうしよう……好きだ……」
――先輩を幸せにしたい……。
湯船に浸かって、俺は両手で自分の顔面を覆い隠しながら小さく呟いた。
うん、と頷いて先輩のお母さんは一人で納得したようだった。
――ん? 着替え?
俺がその言葉の意味を理解しようとした瞬間、「はい、じゃあ、行った行った」と先輩のお母さんに背中を押され、気が付くと、俺は狭い脱衣場に先輩と押し込められていた。先輩も無理矢理背中を押されて押し込められたのだ。
「うちは人数が多いから、風呂には時間短縮と事故防止のために二人一組で入ることになってるんだ」
すごく嫌そうな顔で先輩が言う。
「もしかして、今日は俺とペアですか?」
「うっさい、口に出して言うな。変なことしたら二度と口聞かないからな?」
ジトッとした視線が俺を疑っていた。
「大丈夫ですよ。何もしませんって」
もとより、先輩にこれ以上嫌われたくないから、変なことをする気は本当にない。善良さを出すためにも、俺は先輩にニコッと笑い掛けた。
「……俺、先に入って身体と頭洗うから、少ししたら入ってこい」
「分かりました」
俺が頷くと先輩は体育着を脱ぎ始めた。現れた華奢な身体を見て、細いなぁ、と思う。
「こっち見んな」
「分かりました」
言われた通り、俺は先輩に背中を向けた。だが、衣類の擦れる音だけが聞こえて、逆にそれにドキドキしてしまう。
そして、ガラっと先輩が風呂場に入っていく音がした。
いつの間にか、息を止めていたようで、俺は数秒振りに「はぁ……」と息を吐いた。
それから数分後、いつもそうなのか、それとも俺がいるから慌てて洗ったのか、先輩の気配が湯船の方に移動したのが分かった。
「失礼します」
まるで職員室に緊張して入るみたいに、俺は風呂場の扉をそっと開けて中に入った。先輩は湯船に浸かって、俺を睨んでいた。雨の日に段ボールに入れられて捨てられた子猫みたいだった。
「早くしろ。ゆったりなんてさせないからな」
ツンとした態度でジッと俺のことを見て先輩が言う。
「先輩だけ俺のこと見てるのずるいですよ。少しだけ目閉じててください」
「ふんっ、それもそうだな、仕方ないからそうしてやる」
シャワーの前からチラッと視線をやると先輩は意外にも素直に目を閉じてくれた。
「あの、お父さんの服、ほんとに借りて良いんですか?」
俺が借りたら先輩のお父さんは怒るんじゃないか、と心配になって身体を洗い始めて俺はすぐに質問していた。
「良いんだよ。親父はもう死んだ。母親が捨てられなくて、たまに洗濯してるから、安心して着ろよ」
「そんな大事なもの、着られませんよ」
「じゃあ、裸でいれば?」
目を閉じたまま、先輩がそう意地悪く言う。そんな彼から俺は視線を外せなくなってしまった。
――きっと先輩は、まだ高校生なのに父親の代わりをしてるんだ。
「すみません、先輩のこと家族がいっぱいいて寂しくなくて良いなって言って」
すごく申し訳なくなって、思わず暗い声で言ってしまう。
「寂しくはない。ただ、少し大変なだけだ」
先輩は目を閉じた不機嫌そうな顔のままそう言った。その変わらぬ先輩の表情に引き寄せられて、気付けば俺は彼の顔を間近で見つめていた。
――あの日、俺に会って、先輩の生活は何か変わっただろうか。少しは楽になっただろうか。苦しくはないだろうか。俺は先輩に無理強いをさせていないだろうか……。
「おい、終わったのか? って、何して――」
「いや、別に変なことを考えていたわけではなくて! ……っ、すみません」
突然、先輩が目をパッと開いたため、俺は驚いて身をのけぞらせて、両手を違います、とぶんぶんと左右に振った。でも、何故だが涙が込み上げてきて。
「は? なんで、お前、泣きそうな顔してんだよ?」
「すみません。俺、先輩を苦しめてないかな、と思って」
「はあ?」
涙に滲んであんまりよく見えないが、多分、先輩はまた呆れた顔をしている。
「だって、先輩は大変な思いしてるのに、俺なんかに絡まれて、お金のためだからって無理に料理とかさせられてて、毎日、毎日、俺に苦しめられてるんじゃないかって――」
「ない」
「へ?」
先輩の即答に、俺は間抜けな声を出してしまった。
「それはない。俺はお前に救われてる。前にはなかった自由な時間も貰えてるし、好きな料理も作れてる。だから、そんなに自分責めんなよ」
「先、輩……?」
信じられないと思った。俺は今、先輩に優しく頭をなでなでされている。
「俺は先に出るから、お前も早く出ろよ?」
まるで何もなかったかのように先輩は湯船から上がり、俺の横を通って風呂場から出ていった。去っていく手が名残惜しくて、本当は掴んで引き留めたかった。でも、そんなことをしても何かを言えるわけじゃない。だから
「……どうしよう……好きだ……」
――先輩を幸せにしたい……。
湯船に浸かって、俺は両手で自分の顔面を覆い隠しながら小さく呟いた。
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