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まだ3日目なのに襲われました!

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「雪、夕飯、まだだよな? 何食いたい?」

 ただそれだけ言って、私をソファに座らせる。

「え? 京極くんが作ってくれるんですか?」

 悪魔界の御曹司と噂の京極くんが料理をするなんて考えてもみなかった。
 というか、なんで本当に私なんかにこんなに良くしてくれるんだろうか。

「いや、別に食堂でもいいけど」

 ダメか、という雰囲気が京極くんから出ていて、早く答えなければと思った。

「いえ、あの、えっと、本当になんでもいいんですか?」
「ん? うん、なんでもいいぞ」

 京極くんがにこっと笑う。

「生姜焼き、とか」

 遠慮気味に私は言った。

 好き嫌いとかあまりなくて、基本なんでもよくて、だから、これっていうのを選ぶのが苦手で、今は生姜焼きしか浮かばない。

「オッケー、豚肉もあるし。ちょうど朝セットしといた米も炊けてる」

 ブレザーを脱いで黒いエプロンをしてキッチンに立った京極くんは慣れた手つきで料理をし始めた。
 
 意外な家庭的な姿。

 あー、あんまり見てたら気が散るよね。

 そう思って私は一応「何か手伝えることありますか?」と尋ねてみた。

「いや、大丈夫だよ。雪はそこ座って休んでて」

 返ってきたのはそんな優しい言葉だった。
 気を遣われているのだろうか。
 私、さっき、そんなに酷い顔してたのかな? 
 というか、いまも酷い顔してる?

「ちょっと俺、顔洗ってきます」
「ほいよー、すぐ出来るからな」
「はい」

 ソファから立ち上がって、洗面所へと向かう。
 メガネを外して、自分の顔を見てみた。

 別に泣いてないから、そんなに酷い顔はしてない。
 よかった、これなら普通だ。

 顔を洗って、棚の綺麗に畳まれた真っ白いタオルを手にとって、顔面の水気を取る。

「雪、出来たよ」
「ひゃいっ!」

 急に洗面所の扉が開き、タオルに顔を押しつけるようにして、変な声が出た。

 ちょっと待ってください、京極くん。
 私、いまメガネを外しているんです。
 まだ女だとバレたくないんです。まだ二日目なんです。

「いま行きます」

 タオルに顔面を押しつけたまま、私はもごもごと言った。

「オッケー」

 私の言葉がちゃんと聞こえたのか分からないけど、京極くんは扉を閉めて戻っていった。

「わぁ、いい匂い」

 リビング部分に戻ると、そこは生姜焼きのいい匂いで満ちていた。

「ほら、座れよ」
「はい」

 リビング部分にはソファと椅子のスペースがあって、椅子が置かれているほうのテーブルに京極くんは二人分の料理を並べてくれていた。

 生姜焼き、綺麗な色。
 ツヤツヤしてる。タマネギも飴色だ。

「ほい、じゃあ、いただきます」
「いただきます」

 一緒に挨拶をして、一口目を口に運ぶ。
 咀嚼した瞬間、広がる幸福感。

「とても美味しいです! 京極くん!」

 ――庶民派な味、最高……! 神! いや、悪魔なんだけど、神!

 料理も出来る男子って最高じゃないですか! すごいなぁ!
 素直にそう思ってしまいました、私。

「大げさだな、普通の飯だって」

 京極くんは少し照れたように笑った。それから

「でもさ、誰かと食べるご飯っていいよな」

 と呟いて、私を見て、そうじゃないか? という顔をした。
 私の家では家族そろってご飯を食べることが普通だったから、たしかにいまの一人でご飯を食べる生活は静かだったり、少し味気ないなと思ったり。

「そうかもですね」

 なんと答えればいいのか分からなくて、ちょっと素っ気なくなってしまった。
 そのせいかしばらく沈黙が続いて、生姜焼きを食べて

「じつはオレ、自分で言うのもなんだけど、意外と一人が苦手で寂しがり屋なんだよ」

 京極くんは静かにそんなことを言った。
 言うのに勇気がいったと思うのに、私なんかに話してくれた。

 これは世に言うギャップ萌えというやつでしょうか。
 こんなにやんちゃしてそうな見た目で、一人が苦手と?

「飯食い終わったら、皿シンクに置いて、先に風呂入っていいぞ」

 照れているのか、私が何か言葉を返す前に彼はそう言ってお皿を持って席から立ち上がった。

「京極くん、あの、俺、風呂長いかもしれないんですけど、大丈夫ですか? お皿洗いなら、俺も出来るし……」

 京極くんは先に入らなくていいのだろうか?

「なに? 晩に文句でも言われたの? いいよ、別に、ゆっくり入ってこいよ、風呂くらい。皿もオレが洗うし」

 少し長くなる風呂も気にしない。スパダリじゃないですか、京極くん。
 小説でしか見たことないけど、そんな単語。

「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」

 食べ終わったお皿をシンクまで運び、私はパジャマを用意してお風呂に向かった。

 京極くんの部屋にある入浴剤はまさかのゆずだった。
 意外。みんな薔薇の香りだと思ったのに、これ個人の好みで置いてるってこと?

「あ……」

 湯船にお湯を入れながら、私は洗面所で鏡に映る自分を見て声をもらした。
 左の胸元を手でなぞる。
 ここには自分を人間だと示す小さなハートの印が特殊な魔力で記されてる。
 だから、ここを見られたら私は自分の正体を知られてしまうんだ。
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