仲里鈴音は死んでない✽.。.:*・゚

純鈍

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はじまりの日 ~Side:颯馬~

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 ◆ ◆ ◆

「なあ、俺たちって付き合ってるのかな?」
「なに? 飽きてきた? フってくれてもいいんだよ?」
「いや、飽きたとかないけど」

 仲里は俺と付き合ってると思ってないから、全然デートをしてくれなかった。
 いつも行くのは地元の図書館だけ。
 それでも、俺は彼女との時間を大切だと思ったし、楽しいとも思っていた。

 ただ、どうしようもなく、一方的に不安になる。

 フってくれてもいい、と嬉しそうに言われて、胸が苦しくなった。
 仲里は初めて話したときから何も変わっていない。
 そう思った。

 このまま俺と付き合っていて、フッたとして、仲里にとってそれは意味があるのか? と考えてしまう。
 これは俺の一方的なエゴで、それで……。

「小説、読ませて」
「いいけど、まだ途中だよ?」

 図書館からの帰り、俺は仲里に書きかけのノートを借りた。
 案外、あっさり貸してくれて、彼女は俺のことを信用してくれているのだと感じた。

「ありがとう」

 嬉しさを隠しきれなくなって、俺が笑い掛けると
 
「今日はもう書かないから、明日には返してね」

 そう言って、彼女は急に駆け出した。

「え? ちょ」

 突然のことで、慌てて走って角を曲がると、そこで仲里は俺を待っていた。
 危うくぶつかるところだ。

「びっくりした?」

 彼女がまたイタズラな顔して笑ってる。
 忘れてた、仲里はすぐこういうことをするんだった。

「驚かせないでくれよ。死ぬかと思った」

 照れながら、耳につけたピアスを手でいじる。

 中学に入学するのと同時に空けたピアス。
 小学生のときは地味なメガネでいじめられてたから、中学に入ってコンタクトにして、髪も茶髪にしてチャラい不良グループに入ったんだ。
 教師には口うるさく注意されるが、もう誰も俺をいじめるやつはいない。
 小学校時代の同級生に合っても俺だと気付かれないくらいだ。
 殴り合いの喧嘩だって、たくさんした。
 もう俺は昔の俺じゃない。

「中川くんに聞いてみたいことがあったんだ」

 隣を歩いていると、仲里がぼそりと言った。

「なに?」

 答えながら横を見ても視線は合わない。

「顔がいい人の世界って、どんな風に見えてるの?」

 前を向いたまま仲里は俺に問いかけた。

「それって、どういう意味?」

 仲里も俺の顔がいいと思ってくれてるってこと?
 こうやって話してるとき、全然見てくれないけど。

「周りからキャーキャー言われて月に何度も告白される人の世界って、どんな感じなのかと思って」
「それ、本当に文章書いてる人の聞き方なの?」

 はは、と笑ってしまう。
 ややこしくて物書きらしくない聞き方だ。

「そうだよ? わざとしてるんだもの。分からなかった?」

 仲里も笑ってる。ほんと意地悪だ。
 まだこっち見てくれないし。

「分かってるよ。モテるやつの世界がどう見えてるかってことでしょう?」

 自分で口にして、本当かよ? と思いながら考えてみる。

 イメチェンして中学に入って、急に周りが騒ぎ始めた。
 顔がどうのとか、そんなので。
 最初のうちはなんで俺の顔なんて、と思ったし、どうでもよかった。
 いままでは地味でいじめられてきたわけだし。
 でも、そのうち身長も伸びて、さらに周りの女子から気にされることが多くなった。
 そりゃ、人に必要とされてるみたいで、気分は良かった。
 嫌われているより良かったから。

「みんなと何も変わらないよ。周りが光って見えるわけでもないし」

 考えた末に、そう答える。

 そのうち大人になって、気にされなくなるんだ。いまは同い年の中で、少し気にされてるだけ。

「そう」

 あっさりそう答えて、仲里は納得したのだと思った。

「でも、私からは別世界の人に見えるんだよね。こんな地味なやつといつまでもつるんでないで、中川くんは自分の世界に帰りな」

 やっと視線が合ったのに、言われたのはそんな言葉。 

 ただ、突き放された、というより優しさを感じた。
 まるで怪我をした鳥類を保護して、森に返すみたいな、そんな優しさ。
 生きる世界が違う、みたいな、そんな……。

「なんてね、私こっちだから、じゃあね」

 そう言って、仲里は普通に帰った。
 何も変わらずに帰ったんだ。
 あいつ笑ってたはずなのに……。
 
 突然、仲里は次の日から学校に来なくなった。
 何があったか聞こうにも俺は仲里の家も連絡先も知らなかった。

 仲里が近くの川で死んだことを知ったのは、一ヶ月以上後の朝礼の時間だった。
 ご家族のご希望でみなさんにお知らせするのを遅らせました、それが教師の口から出た言葉。
 クラスの誰かが自殺だと言った。

「中川くん! どこ行くの!」

 俺は信じられなくて、仲里のノートを持って学校を飛び出し、近くの川まで走った。
 川の細かい場所までは分からない。
 ただ、想像はしたくないが、飛び降りるなら橋の近くだと思って、橋の下に行った。

 探してみても全然分からなかった。どこにも仲里の痕跡がなかった。
 脱力して、その場に膝をつく。

「俺が一方的にフラれる気持ち、味わってどうすんだよ……っ」

 まだ何も分かってないだろ、俺を置いていくなよ。
 主人公の相手に俺の名前使ったくせに。

「この小説……、どうすんだよ……! なあ、仲里!」

 お前がいなきゃ、完成しないじゃんかよ。
 お前がいなきゃ、意味なんて……。

 叫んでも橋の上を渡る電車の音に掻き消されていくだけ。
 こんなにも自分の心を彼女に浸食されているとは思わなかった。

 仲里が死んだなんて冗談なんじゃないかと思えてくる。
 彼女はイタズラが好きだったから、しばらくして嘘でした、って言いながら俺の前に現れるんじゃないかって。

「……っ?」

 仲里を探して、キョロキョロと辺りを見回して、ふと橋の上に彼女の姿を見つけた気がした。橋の向こうからこちら側に向かって歩いてくる。

 ほら、そうだ。
 これは彼女が仕掛けたドッキリで……。

 幽霊かもしれない。いや、幽霊でもいいんだ。
 ただ、会いたい。

 仲里……、仲里……! 仲里!

 俺は走って、橋への階段を上がった。
 彼女は過ぎ去ったあとだった。
 彼女の背中が見える。
 どう見ても彼女なんだ。
 
 仲里……。

 手が届きそうなところまで来て、気が付く。
 俺はゆっくりと足を止めた。

 彼女はきっと、仲里の妹だ。
 仲里があんなにも毎日話していた妹、たしか名前は……

「Aちゃん?」

 こぼすように名前を呼んだ。仲里と変わらない姿。
 その背中が動きを止めて、こちらを振り返る。

「お姉ちゃん?」

 生きてるのに、生きてないみたいな顔をした仲里の妹にそう呼ばれて、もう戻れなくなった。

 当然のことだけど、あいつを求めていたのは、俺だけじゃなかったんだ。

「Aちゃん、私だよ」

 顔を見て、声を聞いて、どうしようもなく、離れたくないと思ってしまった。
 たとえ理由を無理矢理に作ってでも。
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