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美少女と男心と本心と
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◆ ◆ ◆
「なんかあったのか?」
「いや、別に」
ダニエルが敬語なんて使うなと言うもんだから、俺はぶっきらぼうに答えた。
カウンターの中の『絶対要らないだろ、なにに使うんだよこの空瓶』を片付ける俺と店の奥の事務所っぽい半分住居スペースの椅子に座ってぼーっとするダニエル。
その構図が今、少し崩れようとしていた。
「気になる女でも現れたのか?」
ダニエルが、なぜかしつこく聞いてくるのだ。
「違う」
即答して、俺は無用な空瓶をカウンターの上にあげた。
二日前のあの日、あの後、何度か名前を呼ばれたり、一緒にステーキを食ったりしたが、味とかそれ以外のこととかまったく記憶に残っていない。何を話して、どうやって別れて、部屋に戻ったのかも。まったくと言っては間違いになるかもしれねぇが、ほわほわしてるというか……。
好きって言葉に動揺して、なんで殺人事件のことなんか気にしてんのか聞くの忘れたし、適当に流しちまったし、正直言うと、ラファエルと次、どんな顔して会えばいいかが分からねぇ。気配でいまは遭遇を回避してるが。
あの好きって、そういう好きか? 恋愛的な? なんで? マジで分かんねぇ。
まあ、生まれてこのか方、好きなんて人から言われたことがねぇんだから、分かるわけがねぇんだよな。
自分の気持ちすら分かんねぇ。なんで、こんなふわふわした気持ちになってんのかも。
俺が思考の波に飲まれそうになったときだ。
チリリン
店のベルが鳴った。
「いらっしゃ――」
俺が言葉を失った理由、それは俺の手をすり抜けて、空瓶がガシャンと派手な音を立てて割れたからか、店に入ってきた客があまりにも美少女だったからか。
その少女は俺に歳が近そうだったが、白のタートルネックに茶色のチェックズボン、栗色のコートで、明らかに夜にこんな場所を出歩くような人間に見えなかった。
というのも、ここは少し、治安が悪い。夜になるとなおさらだ。いまは殺人事件のこともあるしな。危険だ。
「こんな時間に一人じゃ危ないぞ?」
俺は心配して、真っ先に彼女に言った。
「大丈夫、私、もう成人してるから、ありがと」
その言い方は別に嫌味を含んだものでも、怒りを含んだものでもなかった。ニコッと笑った緑の瞳に心臓を持っていかれそうになる。
――都会ってのは、美人しかいねぇのか……? つーか、成人してるから大丈夫ってわけじゃねぇんだが……。
店内を自由に歩き始めて、ウェーブのかかったブルネットの長い髪がゆらりと動く。一体、なにを探しているのか。
あまりジッと見ても買い物をしづらいだろうから、俺は彼女の気配だけを感覚で追いながら、カウンター下で割れた空瓶を片付けようとした。
「痛っ」
こういうとき、人は指を切る。自分は大丈夫だろう、と思っていたが、案の定、俺も空瓶の破片で人差し指を切った。
ゆっくりと指先に赤い雫が浮き上がる。それが零れそうになり、やっちまった、と思いながら立ち上がると
「うおっ」
カウンターの前に彼女が立っていて俺は驚いた声を上げた。気配を追っていたはずなのに、彼女がここに移動したことに俺は全然気が付かなかった。
「大丈夫? 貸して」
「ん? ああ」
流れるような会話だった。なにか彼女が治療するものを持っているのかと思って、カウンター越しに俺が右手を差し出すと、彼女は何の躊躇いもなく俺の人差し指を口に咥えた。
「なっ……」
ドクンと胸が鳴り、戸惑う俺の視線と冷静な彼女の視線が真っ直ぐ合致する。
「良かった、破片とか残ってないね」
少しして、彼女は俺の指を口から離して、ニコッと笑った。
いやいや、破片が残ってたら、君が怪我してただろ? と思ったが、彼女があまりにも手際良く、俺の指に白いハンカチを巻いて縛ってくれたから、なにも言えなくなった。
「残りの破片、手袋とか着けて片付けたほうがいいよ?」
「ああ……、ありがとう」
礼だけは忘れない俺だ。だが、次の瞬間、また大いに戸惑うことになる。
「じゃあ、これください」
自然な動きで、彼女の手がカウンターに小さな箱を置いた。視線を落とすと、一瞬でそれは俺の視界に大インパクトを与えた。
――コ、コンドーム……!? こんな清楚そうな美少女が!?
心の中の俺が、衝撃を受けて、口元を手で覆う。
「ふふっ」
ハンカチを巻いた指なのも相まって、焦り、おつりを落とした俺を見て、少女がクスリと笑った。
こんな美少女にまで笑われるなんて、まるでラファエルに笑われてるみてぇだ。
「またね」
「お、おう……ありがとうございました」
恥ずかしくて、彼女の目からは視線を逸らしちまったが、チリリンとベルを鳴らして去っていく彼女の背からは目が離せなかった。
――またね、ってことは、また来るってことか? というか、このハンカチ、返さねぇとだよな?
白いハンカチを見つめながら考える。
「よしよし、今度、お前がいない間に彼女が来たら、わしが代わりに彼女の連絡先を聞いておいてやろうな」
急によっこらしょ、と椅子から立ち上がったと思ったら横からダニエルがそんなことを言った。
「なんでそうなる?」
バッとダニエルのほうを向いて、俺は尋ねた。なんで、あの子の連絡先を聞く必要がある?
「だって、タイプだろ?」
「た、タイプって、相手いるぞ、あの子」
あの子が買っていったもので分かる。今回は金髪ではなかったし、たぶん、相手はラファエルではないと思うが。
「まだ諦めるには早いぞ? 男は当たって砕けろ、だ。さ、閉店、閉店」
そう言ってダニエルは上に上がっていってしまった。なんか日に日に閉店時間が早くなっていってる気がするんだよな。ま、ちゃんと給料はかわらずにくれるから良いんだけどよ。
「はぁ……」
ったく、年長者ってのは若いやつの色恋沙汰が好きだよな。
ラファエルだって、若くないわけだし……、いやいや、なんで、いまあいつのこと思い出すんだよ。
そんなことを考えながら、ホウキとちりとりで空瓶の破片をなんとか片付けて、俺は店を閉めた。
「なんかあったのか?」
「いや、別に」
ダニエルが敬語なんて使うなと言うもんだから、俺はぶっきらぼうに答えた。
カウンターの中の『絶対要らないだろ、なにに使うんだよこの空瓶』を片付ける俺と店の奥の事務所っぽい半分住居スペースの椅子に座ってぼーっとするダニエル。
その構図が今、少し崩れようとしていた。
「気になる女でも現れたのか?」
ダニエルが、なぜかしつこく聞いてくるのだ。
「違う」
即答して、俺は無用な空瓶をカウンターの上にあげた。
二日前のあの日、あの後、何度か名前を呼ばれたり、一緒にステーキを食ったりしたが、味とかそれ以外のこととかまったく記憶に残っていない。何を話して、どうやって別れて、部屋に戻ったのかも。まったくと言っては間違いになるかもしれねぇが、ほわほわしてるというか……。
好きって言葉に動揺して、なんで殺人事件のことなんか気にしてんのか聞くの忘れたし、適当に流しちまったし、正直言うと、ラファエルと次、どんな顔して会えばいいかが分からねぇ。気配でいまは遭遇を回避してるが。
あの好きって、そういう好きか? 恋愛的な? なんで? マジで分かんねぇ。
まあ、生まれてこのか方、好きなんて人から言われたことがねぇんだから、分かるわけがねぇんだよな。
自分の気持ちすら分かんねぇ。なんで、こんなふわふわした気持ちになってんのかも。
俺が思考の波に飲まれそうになったときだ。
チリリン
店のベルが鳴った。
「いらっしゃ――」
俺が言葉を失った理由、それは俺の手をすり抜けて、空瓶がガシャンと派手な音を立てて割れたからか、店に入ってきた客があまりにも美少女だったからか。
その少女は俺に歳が近そうだったが、白のタートルネックに茶色のチェックズボン、栗色のコートで、明らかに夜にこんな場所を出歩くような人間に見えなかった。
というのも、ここは少し、治安が悪い。夜になるとなおさらだ。いまは殺人事件のこともあるしな。危険だ。
「こんな時間に一人じゃ危ないぞ?」
俺は心配して、真っ先に彼女に言った。
「大丈夫、私、もう成人してるから、ありがと」
その言い方は別に嫌味を含んだものでも、怒りを含んだものでもなかった。ニコッと笑った緑の瞳に心臓を持っていかれそうになる。
――都会ってのは、美人しかいねぇのか……? つーか、成人してるから大丈夫ってわけじゃねぇんだが……。
店内を自由に歩き始めて、ウェーブのかかったブルネットの長い髪がゆらりと動く。一体、なにを探しているのか。
あまりジッと見ても買い物をしづらいだろうから、俺は彼女の気配だけを感覚で追いながら、カウンター下で割れた空瓶を片付けようとした。
「痛っ」
こういうとき、人は指を切る。自分は大丈夫だろう、と思っていたが、案の定、俺も空瓶の破片で人差し指を切った。
ゆっくりと指先に赤い雫が浮き上がる。それが零れそうになり、やっちまった、と思いながら立ち上がると
「うおっ」
カウンターの前に彼女が立っていて俺は驚いた声を上げた。気配を追っていたはずなのに、彼女がここに移動したことに俺は全然気が付かなかった。
「大丈夫? 貸して」
「ん? ああ」
流れるような会話だった。なにか彼女が治療するものを持っているのかと思って、カウンター越しに俺が右手を差し出すと、彼女は何の躊躇いもなく俺の人差し指を口に咥えた。
「なっ……」
ドクンと胸が鳴り、戸惑う俺の視線と冷静な彼女の視線が真っ直ぐ合致する。
「良かった、破片とか残ってないね」
少しして、彼女は俺の指を口から離して、ニコッと笑った。
いやいや、破片が残ってたら、君が怪我してただろ? と思ったが、彼女があまりにも手際良く、俺の指に白いハンカチを巻いて縛ってくれたから、なにも言えなくなった。
「残りの破片、手袋とか着けて片付けたほうがいいよ?」
「ああ……、ありがとう」
礼だけは忘れない俺だ。だが、次の瞬間、また大いに戸惑うことになる。
「じゃあ、これください」
自然な動きで、彼女の手がカウンターに小さな箱を置いた。視線を落とすと、一瞬でそれは俺の視界に大インパクトを与えた。
――コ、コンドーム……!? こんな清楚そうな美少女が!?
心の中の俺が、衝撃を受けて、口元を手で覆う。
「ふふっ」
ハンカチを巻いた指なのも相まって、焦り、おつりを落とした俺を見て、少女がクスリと笑った。
こんな美少女にまで笑われるなんて、まるでラファエルに笑われてるみてぇだ。
「またね」
「お、おう……ありがとうございました」
恥ずかしくて、彼女の目からは視線を逸らしちまったが、チリリンとベルを鳴らして去っていく彼女の背からは目が離せなかった。
――またね、ってことは、また来るってことか? というか、このハンカチ、返さねぇとだよな?
白いハンカチを見つめながら考える。
「よしよし、今度、お前がいない間に彼女が来たら、わしが代わりに彼女の連絡先を聞いておいてやろうな」
急によっこらしょ、と椅子から立ち上がったと思ったら横からダニエルがそんなことを言った。
「なんでそうなる?」
バッとダニエルのほうを向いて、俺は尋ねた。なんで、あの子の連絡先を聞く必要がある?
「だって、タイプだろ?」
「た、タイプって、相手いるぞ、あの子」
あの子が買っていったもので分かる。今回は金髪ではなかったし、たぶん、相手はラファエルではないと思うが。
「まだ諦めるには早いぞ? 男は当たって砕けろ、だ。さ、閉店、閉店」
そう言ってダニエルは上に上がっていってしまった。なんか日に日に閉店時間が早くなっていってる気がするんだよな。ま、ちゃんと給料はかわらずにくれるから良いんだけどよ。
「はぁ……」
ったく、年長者ってのは若いやつの色恋沙汰が好きだよな。
ラファエルだって、若くないわけだし……、いやいや、なんで、いまあいつのこと思い出すんだよ。
そんなことを考えながら、ホウキとちりとりで空瓶の破片をなんとか片付けて、俺は店を閉めた。
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