孤狼の子孫は吸血鬼に絆される

純鈍

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ラファエルが俺に……

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「おい、ラファエル、誰かに見つかったらまずいぞ? 俺たちが犯人だと疑われる」

 いつになく真剣な眼差しでラファエルが路地に入っていっちまうものだから、俺は後ろから小声で注意喚起した。だが、進んでいく足が止まる気配はない。

 誰かに見られないだろうか? とキョロキョロと辺りを見渡せば、路地の入口に立っている俺のほうが怪しく思えた。仕方なく、恐る恐るラファエルの後を追う。

「若い女性だ。殺されてから数時間経ってる」

 血液を踏まないように近くに寄りながら、ラファエルは残骸を見つめてそう言った。

「どうして分かる?」

 まじまじと見てみれば残された細い腕や骨格から性別が女性であることが俺にも分かった。だが、殺されてから経った時間なんざ、俺を含めて素人には分かりゃしないだろ? それと、頭はどこにいった?

「血液は死後、私たちにとって毒へと変わるんだ。その匂いの変化で分かる」

 死人の血液は吸血鬼への毒。それは図書館に置いてある文献通りか。

「これは噛み跡だね。鋭い牙……。この子はなにかに喰われてる」

 スマートにしゃがんで、ラファエルは肉片に残っていた歯形を指差した。

 鋭い牙、とか言われると、自分はやってねぇのにどぎまぎしてくる。

「なあ、さすがに誰かに見つかるだろ?」

 後ろを確認しながら、俺はまたラファエルに小さく声を掛けた。

「分かった。離れるよ」

 そろりと立ち上がって、ラファエルが俺のほうに戻ってくる。コートの裾に血がついていないかを確認して、何食わぬ顔で太陽の下に出ていくのだから、この男のメンタルはすさまじいなと思う。

 俺なんか、本当に何もしてねぇのに、まだ心臓が少し暴れてやがる。本物の人間の死体なんざ初めて見た。

 だが、その気持ちも徐々に落ち着いてくる。これは俺の遺伝子に組み込まれた本能の影響だ。

 ちなみに俺が警察に通報しねぇ理由は、人間じゃないってバレねぇように、出来るだけ調べられるような奴らと接触しないことをルールに生きてきたからだ。

 恐らく、ラファエルも同じだろう。被害者には申し訳ないが。

「ジョン、大丈夫? あれを見て、朝ご飯食べられる?」

 俺の横を歩きながら、ラファエルが気に掛けるように尋ねてくる。

「ああ……、残念ながら、食えちまうんだよな」

 たしかに驚いたし、可哀想だとも思ったが、これは俺が人間じゃねぇからなのか、そこまで気分は悪くない。犬や狼は自然の摂理で血だらけの生肉を食う。

 並の人間なら、あんな残骸を見たら、「うへぇ」だの「おぇ」だの、下手すると吐いちまうかもしれねぇが、結局は俺にとっては誰かの食事後を見ただけに過ぎなくなっちまうんだよな。

「あ、いや、俺は別に気にしてないっていう程度で、食えるって言っただけで……」

 自分が疑われてるかもしれねぇの忘れて普通に答えちまった。言い訳っぽく言葉を探すが、上手い言葉が見つからない。

 隣で静かにラファエルが息を吸ったのが分かった。

 一体、何を言うつもりだ?

「――素晴らしいね」
「へ?」

 まさか、そんな笑顔で言われると思ってなくて、俺は間抜けな声を洩らしてしまった。

「ずっと君を連れて行きたいと思っていた店があるんだ。朝からステーキを扱っていてね、ソースが美味しいんだよ」
「いや、待て、あんたは平気なのか? 品良く食事するイメージなんだが?」

 ラファエルがあまりにも動じず、こちらの方が戸惑いを隠せない。

 ――あんなにグチャグチャの食事後を見て、大丈夫なのか? 食欲失せたりしてねぇのか? だって、あんたはいつも人の血を飲むとき……。

 俺の想像の中で、ラファエルが真っ赤な瞳で妖艶な笑みを浮かべ、美女の首筋に牙を立てる。

 ぞわっとして、俺は反射的に自分の首に右手を伸ばしていた。

「私は大半のことにはもう慣れて……いま、なにかいけないことを想像した? 悪い子だね」

 ラファエルの視線がこちらを向いたと思ったら、その口元が悪戯に歪む。

「っ……」

 なにかモーションを起こすとは思ったが、予想よりも強い力でさっきとは違う路地裏に連れ込まれて、俺は息を吞んだ。

「あ、ああ、あんた、俺のこと疑ってたんじゃねぇのか?」

 言うつもりはなかったんだが、首筋に顔を埋められ、焦って、そう口にしていた。

「疑う? なにを?」

 耳朶を甘噛みされながら吹き込まれる。

 ――この男はこんなところで、なんつー……。

「うっ、俺が最近起きてる殺人事件の犯人じゃねぇか、って……!」

 もうどうにでもなれ、と思い切って聞いちまった。俺の言葉がそうさせたのか、ピタリと奴の動きが止まる。だが、

「君が? いいや、ないね」

 笑いを含んだ声はあっさりと答えた。

「ない? だって、あんた俺に事件の新聞とか思わせぶりに渡してきたじゃねぇか」

 否定されて良かったはずなんだが、なぜか、イラッときて、俺は右の拳をラファエルの胸に打ち付けた。ドンッという鈍い音がする。それなのに、奴ときたら、嬉しそうに笑うだけで……。

「ないない、君には無理だよ。だって、君はこの街に引っ越してきたばかりだし、なにより、純粋だし……。新聞を渡したのは君の身を案じてさ。事件に巻き込まれないように」

 するりと動くラファエルの手が俺の頬を撫でる。

「心配? あんたが俺を心配? なんでだ?」

 訳が分からなくて、俺はキッと奴を睨み付けた。バチッとぶつかった透き通る視線が、おもむろにこちらに近付く。

「君のことが好きだから」

 優しい眼差しが俺の頭を優しく撫でた。俺の脳内でボンッと何かが爆発する。そんな音がした。

 ――す、き? ら、ラファエルが、お、おお、俺に、す、好きって……っ!

「お、俺は肉が好きだ」

 ――平常心、平常心、平常心。

 目を逸らしながら、俺はラファエルから離れた。そのままの足で路地から抜け出す。

 ――いい、天気だな……。

 それから、なんとも思ってねぇって顔で歩き 出してやった。

 ただし、未知の熱に浮かされすぎて脳細胞が 一時的に死んだのか、その後の記憶がない。
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