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あんたも気付いたか?
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◆ ◆ ◆
「……あ……?」
頭に触れる手の感触で目が覚めた。
もさもさと身体を起こすが、なんだか、いつもより視線が低い。
見上げた先にはラファエルが座っていて、すげぇ嬉しそうな顔で俺のことを見ていた。
そして、思い出す。
そうだ、昨晩、ラファエルの言葉なんか信じられるかって、奴にへんなことをされねぇように完全に獣化して寝たんだった。
「おはよう。ああ、なんて愛らしいんだろう」
両手で両頬を固定されたかと思うと、俺の顔面に無数のキスが降ってくる。
「やめ、やめろ」
「猫は苦手だけど、犬は大好きなんだ、私は」
全然、人の話なんざ聞いてねぇ。
身体を捻って逃げようとしたが、今度は仰向けにされて顔を腹に埋められ、吸われた。なにを吸ってんだが分からねぇが、なにか見えないものを吸われた。猫吸いってやつの犬バージョンだと思う。ただ大きくスーハーという音がしていた。
「本当にやめねぇかっ」
足をバタバタと動かして、今度こそ奴から離れて、ベッドの上に座る。
「なんだ、残念」
「そんな顔してもダメなんだからな?」
俺はこの男のこの顔に弱い。本当に残念がってるような顔。
だが、逆に本心かどうか分からないのが怖い。
ラファエルはなにか隠しているような気がするんだよな。これはただの俺の勘だが。
『君を誰かに取られたくないと思ってしまった』
昨日、この男はそんなことを言っていたが、まだ本心だと確定されたわけじゃない。ただのタラシかもしれねぇし、誰にでもそんなこと言ってるのかもしれねぇし、なんの証明にもなってねぇ。
好きだと言われたわけでもねぇ……、ってことは、やっぱり俺を事件の犯人だと疑ってて、近付こうとしてる、のか? 犬の本能が言ってやがる。この男はなにか危険だって。
「ハッ、ハッ……」
緊張のあまり、口呼吸になり息が荒くなる。犬特有の反応だ。
「どうしたの? 具合悪い?」
「いや、なんでもねぇ」
顔を覗き込まれて、慌てて俺は人間の姿に戻った。耳も尻尾も隠せたから、よし、上手くいったぞ。
いまは何食わぬ顔して、奴の様子を伺って、こっちになにか被害が出そうなら逃げればいい。別に俺はなにも悪いことはしてねぇんだから。
「そっか。――じゃあ、お散歩しながら朝食でも食べに行こうか?」
ベッドから降りながら、ラファエルが言う。
――散歩!?
その単語は呪いの言葉だ。俺たち犬にとって、めちゃくちゃ嬉しい言葉。だが、不思議なことに俺の口から転がり出たのは散歩のことではなかった。俺自身もびっくりした。
「今日はあんたが作るんじゃねぇのか?」
まさか、こんなことを言っちまうなんて。
「ジョン……」
派手なワインレッドのシャツを裸体に羽織っただけで、ラファエルが俺のほうにグッと寄ってきた。なんだか嫌な予感がする。
「そんなに私の手料理が食べたかったのかい? すまないね。当分、君とは会わないと思っていたから、君用のお肉はストックしてないんだ」
ほら、なんか調子乗りやがった。緩んだ顔しやがってムカつく。
「べ、別にいいって、いまのは言葉の綾――」
「でも、喜んでくれたまえ。君のために黒いシャツを買っておいたんだ」
どっから出してきたのか、視界の端から登場したラファエルの手にはシルクっぽい素材の黒いシャツがあった。
なんだ、くれたまえ、って? 全然嬉しくねぇんだが? この男のセンスは俺に合わない。同じ黒いシャツでも、もっとテカらない地味なもんがあるだろう?
「これを俺が――」
「昨日汚れた服はあとでランドリーに持っていくから。さあ、とっとと着替えて、お散歩に行くよ?」
全然俺に喋らせてくれねぇ……。
勢いに押され、半ば諦めて、俺は言われた通りにラファエルが用意した服を着た。
そして、背中を押されるままにアパートから出る。
「いい天気だね」
散歩は本能的に好きだが、俺より浮かれている奴が隣にいる。吸血鬼のくせに太陽の光が大丈夫って、どんな仕組みしてやがるのか。それに今日は曇ってる。というか、イギリスはほとんど毎日が曇りだ。晴れてる日のほうが少ない。
「おい、腕を組もうとすんなよ」
上着のジャケットに手を突っ込んで歩いていたら、隙間の出来た腕にラファエルが自分の腕を絡ませてきた。慌てて俺はそれを振りほどく。
誰かに見られたら、おかしいと思われるだろうが?
「いいじゃないか。君が迷子になったら困る。――ああ、それともリードが良かった?」
「なっ」
――ほんっと、クソ野郎だな。
悪戯な笑みに意地悪なことを言われ、腹が立った。
「あんたなぁ! ……ん? この匂い……」
ボロクソに文句を言ってやろうと思ったが、他のことに気を取られ、足を止める。ラファエルの足も同じように止まった。
「あんたも気付いたか?」
「ああ、これは……」
ラファエルの視線が見えない印を辿るようにゆっくりと横の路地に移動する。俺もその視線の先を見た。
「血の匂いだ」
ラファエルが呟く。
そこにあったのは男女どちらであったかも分からない、人間の残骸だった。
「……あ……?」
頭に触れる手の感触で目が覚めた。
もさもさと身体を起こすが、なんだか、いつもより視線が低い。
見上げた先にはラファエルが座っていて、すげぇ嬉しそうな顔で俺のことを見ていた。
そして、思い出す。
そうだ、昨晩、ラファエルの言葉なんか信じられるかって、奴にへんなことをされねぇように完全に獣化して寝たんだった。
「おはよう。ああ、なんて愛らしいんだろう」
両手で両頬を固定されたかと思うと、俺の顔面に無数のキスが降ってくる。
「やめ、やめろ」
「猫は苦手だけど、犬は大好きなんだ、私は」
全然、人の話なんざ聞いてねぇ。
身体を捻って逃げようとしたが、今度は仰向けにされて顔を腹に埋められ、吸われた。なにを吸ってんだが分からねぇが、なにか見えないものを吸われた。猫吸いってやつの犬バージョンだと思う。ただ大きくスーハーという音がしていた。
「本当にやめねぇかっ」
足をバタバタと動かして、今度こそ奴から離れて、ベッドの上に座る。
「なんだ、残念」
「そんな顔してもダメなんだからな?」
俺はこの男のこの顔に弱い。本当に残念がってるような顔。
だが、逆に本心かどうか分からないのが怖い。
ラファエルはなにか隠しているような気がするんだよな。これはただの俺の勘だが。
『君を誰かに取られたくないと思ってしまった』
昨日、この男はそんなことを言っていたが、まだ本心だと確定されたわけじゃない。ただのタラシかもしれねぇし、誰にでもそんなこと言ってるのかもしれねぇし、なんの証明にもなってねぇ。
好きだと言われたわけでもねぇ……、ってことは、やっぱり俺を事件の犯人だと疑ってて、近付こうとしてる、のか? 犬の本能が言ってやがる。この男はなにか危険だって。
「ハッ、ハッ……」
緊張のあまり、口呼吸になり息が荒くなる。犬特有の反応だ。
「どうしたの? 具合悪い?」
「いや、なんでもねぇ」
顔を覗き込まれて、慌てて俺は人間の姿に戻った。耳も尻尾も隠せたから、よし、上手くいったぞ。
いまは何食わぬ顔して、奴の様子を伺って、こっちになにか被害が出そうなら逃げればいい。別に俺はなにも悪いことはしてねぇんだから。
「そっか。――じゃあ、お散歩しながら朝食でも食べに行こうか?」
ベッドから降りながら、ラファエルが言う。
――散歩!?
その単語は呪いの言葉だ。俺たち犬にとって、めちゃくちゃ嬉しい言葉。だが、不思議なことに俺の口から転がり出たのは散歩のことではなかった。俺自身もびっくりした。
「今日はあんたが作るんじゃねぇのか?」
まさか、こんなことを言っちまうなんて。
「ジョン……」
派手なワインレッドのシャツを裸体に羽織っただけで、ラファエルが俺のほうにグッと寄ってきた。なんだか嫌な予感がする。
「そんなに私の手料理が食べたかったのかい? すまないね。当分、君とは会わないと思っていたから、君用のお肉はストックしてないんだ」
ほら、なんか調子乗りやがった。緩んだ顔しやがってムカつく。
「べ、別にいいって、いまのは言葉の綾――」
「でも、喜んでくれたまえ。君のために黒いシャツを買っておいたんだ」
どっから出してきたのか、視界の端から登場したラファエルの手にはシルクっぽい素材の黒いシャツがあった。
なんだ、くれたまえ、って? 全然嬉しくねぇんだが? この男のセンスは俺に合わない。同じ黒いシャツでも、もっとテカらない地味なもんがあるだろう?
「これを俺が――」
「昨日汚れた服はあとでランドリーに持っていくから。さあ、とっとと着替えて、お散歩に行くよ?」
全然俺に喋らせてくれねぇ……。
勢いに押され、半ば諦めて、俺は言われた通りにラファエルが用意した服を着た。
そして、背中を押されるままにアパートから出る。
「いい天気だね」
散歩は本能的に好きだが、俺より浮かれている奴が隣にいる。吸血鬼のくせに太陽の光が大丈夫って、どんな仕組みしてやがるのか。それに今日は曇ってる。というか、イギリスはほとんど毎日が曇りだ。晴れてる日のほうが少ない。
「おい、腕を組もうとすんなよ」
上着のジャケットに手を突っ込んで歩いていたら、隙間の出来た腕にラファエルが自分の腕を絡ませてきた。慌てて俺はそれを振りほどく。
誰かに見られたら、おかしいと思われるだろうが?
「いいじゃないか。君が迷子になったら困る。――ああ、それともリードが良かった?」
「なっ」
――ほんっと、クソ野郎だな。
悪戯な笑みに意地悪なことを言われ、腹が立った。
「あんたなぁ! ……ん? この匂い……」
ボロクソに文句を言ってやろうと思ったが、他のことに気を取られ、足を止める。ラファエルの足も同じように止まった。
「あんたも気付いたか?」
「ああ、これは……」
ラファエルの視線が見えない印を辿るようにゆっくりと横の路地に移動する。俺もその視線の先を見た。
「血の匂いだ」
ラファエルが呟く。
そこにあったのは男女どちらであったかも分からない、人間の残骸だった。
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