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都会のモンスターには気を付けて
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◆ ◆ ◆
「ああ、ジョン、来てくださったんですね?」
品のある笑みにそう言われるのが嫌だった。
だが、博物館のゲート前をウロウロするよりずっと先に奴に見つかってしまったのだから、仕方がなかった。
本当はもう近寄る気もなかったが、俺は義理堅い性格なんだ、だから、無視も出来ない。
「先に言っとくが、あくまで礼のために来たんだからな?」
俺はふんっと視線を奴から背けた。またへんな喋り方しやがって、調子が狂う。
「分かってます。どうぞ、こちらへ」
チケットなしで、ゲートを潜って、博物館の中に招かれる。
豪華な装飾に大理石の床、歴史とかにあまり詳しくないが、昔の城みてぇだな、とも思う。
休日でもねぇし、昼前だってのに、案外、中には老夫婦だとか若い学生みたいな客が数人居た。
「あんた、他の人間の案内は良いのかよ?」
チラチラと周りを見ながら、前を歩くラファエルに声を掛ける。
「良いんです。私は自分が案内したい人しか案内しない」
こちらを振り返り、俺と視線が合うと奴はニコッと笑って俺の横に並んだ。そして、何食わぬ顔で歩き出す。
適当なこと言いやがって、博物館の評判が下がっても俺は知らねぇんだからな?
ムスッとした視線を、奴の横顔に突き刺す俺。
今日は紺色のベロアタイプのスーツをしっかりと着こなし、髪も顔が見えるように清潔感のある髪型に整えられている。
甘すぎない香水の匂いが品の良さを引き立たせていて、ジーパンに黒のティーシャツ、それにカーキのミリタリーコートを羽織ってるだけの俺が、ラファエルと並んでいると周りからは不釣り合いに見えるだろうな、と思った。
「私のことが気になりますか?」
前を向いたまま、ラファエルが言う。
「あんたのことなんか見てねぇよ」
俺が慌てて視線を外して答えると、奴は何故か黙ってふっと笑った。見てなくても嬉しそうなのが分かって腹が立つ。
また何か言われても困るからな、俺はそのまま展示されてるもんに視線を向けた。
壁に嵌めこまれたガラスケースの中には色んな動物の写真や剥製が説明書と共に飾られている。
イギリスに生息してる生き物だとか、絶滅した生き物だとか、その生態についてだ。
「こちらです」
気が付くと、隣にラファエルの姿はなく、奴はとある部屋の前から俺のことを呼んでいた。
乗り気のしないまま、部屋に近付いていくと、そこに展示されているものの全貌が見えてきて
「っ……」
俺は思わず、息を詰めた。
森をイメージしているのか、部屋を丸々一つ使って、偽物の草木が生い茂っている空間を作り出しており、そこには二匹の狼の剥製が設置されていたのだ。それも仲睦まじい姿の。
「心配は要りません。こちらは剥製ではなく、ただの人形です」
逃げ腰になりかけた俺の腕を掴んで、ラファエルが自分のほうに引き寄せる。
そう言われて、少しだけホッとした。
俺に狼の剥製を見せるってことは、人間の剥製を人間に見せるようなもんだからな。
「狼って、素敵ですよね。凜としてて格好よくて、好きになった相手に一途で。狼特有の愛情表現にロマンを感じます」
自分たち以外、人の居ない空間で、展示じゃなくて俺の顔ばかり見ながらラファエルが言う。
そんな期待した眼差しを向けられても困るんだが。
「知ってますか?」
「なっ」
壁に背中が当たってトンッという音がする。
ラファエルが俺のことを部屋の壁まで追い詰めたのだ。
すぐ横には部屋の出入り口がある。
「狼のオスに発情期はないらしいですよ。相手が発情したら自分も発情するんです。ああ、君は狼だから知ってますよね、そんなこと」
そう囁きながらラファエルは右手で俺の首元を押さえ、壁についた左手で俺の逃げ場をなくした。
「そんなこと……っ」
知らねぇし、考えたこともねぇっての!
俺がキッと睨み付けても奴は「また顔が真っ赤」と嬉しそうに笑うだけだった。
ググッと右手で目の前の身体を押しのけようと試みたが、壁から離れた左手が俺の手をそのまま覆った。指を絡められて、本当に逃げられなくなる。
押しても引いても、どうしようもない。
一方的に距離を詰められるだけ。
「血、いただいてもいいですか?」
間近に近付いた透き通るような灰眼が俺に囁いた。
香水の匂いで頭がくらくらする。心臓がうるせぇ。
だが、俺は負けねぇ。
「こんなところでなに言ってんだ? あのなぁ、なんか勘違いしてるみてぇだけど、俺は別にあんたの血液パックになった覚えもねぇし、一緒に居る理由もねぇから」
場所に配慮して、声を押し殺しながらも、俺は強気な態度で言った。なんなら牙まで見せてやる。
「そうですか」
品の良い笑みを引っ込めることなく、ラファエルは易々と俺から手を離した。
――そう、ですか?
やけにあっさりと引き下がられて、拍子抜けする。思わず、何回も瞬きしちまった。
いや、待て待て、こんな顔したら、まるで俺が血を吸われたかったみてぇだろ。
「では、これを」
最初から渡そうと思っていたのだろう、ラファエルは部屋の隅辺りからどこに隠していたのか新聞を一部持ってきて、俺に差し出してきた。
「なんだ? これ」
訝しげに受け取り、新聞を開いてみる。なにかが隠されてるってわけでもねぇな。
「見て分かりませんか? 新聞です」
「あ?」
さらっと揶揄うように言われて腹が立つ。
「というのは冗談です。最近、この辺りで不可解な殺人事件が起きているんです。それも手口が人間の仕業とは思えません」
開いていた新聞をラファエルの手によって閉じられた。そして、とんとんと奴の人差し指が大見出しを叩く。
ムッとしたまま、紙面に目を通してみると、たしかに、大見出しには不可解な殺人事件と書いてあった。若い女が獣のような鋭い爪で腹を切られた、とか、なんとか。
「君も気を付けたほうがいい。都会には野蛮なモンスターが潜んでいますから」
ニコッと笑って、ラファエルは俺の手から新聞を取り上げ、そそくさと部屋から出て行ってしまった。一度も振り向くこともなく、今日のことを何か言うでもなく、ただ颯爽と。
「あんたのことじゃねぇのかよ……」
そうボソッと呟いて部屋から出ると、もうすでにラファエルの姿はなかった。
複雑な気持ちで歩き出し、はたと足が止まる。
――いや、もしかして、俺が疑われてるのか……?
「ああ、ジョン、来てくださったんですね?」
品のある笑みにそう言われるのが嫌だった。
だが、博物館のゲート前をウロウロするよりずっと先に奴に見つかってしまったのだから、仕方がなかった。
本当はもう近寄る気もなかったが、俺は義理堅い性格なんだ、だから、無視も出来ない。
「先に言っとくが、あくまで礼のために来たんだからな?」
俺はふんっと視線を奴から背けた。またへんな喋り方しやがって、調子が狂う。
「分かってます。どうぞ、こちらへ」
チケットなしで、ゲートを潜って、博物館の中に招かれる。
豪華な装飾に大理石の床、歴史とかにあまり詳しくないが、昔の城みてぇだな、とも思う。
休日でもねぇし、昼前だってのに、案外、中には老夫婦だとか若い学生みたいな客が数人居た。
「あんた、他の人間の案内は良いのかよ?」
チラチラと周りを見ながら、前を歩くラファエルに声を掛ける。
「良いんです。私は自分が案内したい人しか案内しない」
こちらを振り返り、俺と視線が合うと奴はニコッと笑って俺の横に並んだ。そして、何食わぬ顔で歩き出す。
適当なこと言いやがって、博物館の評判が下がっても俺は知らねぇんだからな?
ムスッとした視線を、奴の横顔に突き刺す俺。
今日は紺色のベロアタイプのスーツをしっかりと着こなし、髪も顔が見えるように清潔感のある髪型に整えられている。
甘すぎない香水の匂いが品の良さを引き立たせていて、ジーパンに黒のティーシャツ、それにカーキのミリタリーコートを羽織ってるだけの俺が、ラファエルと並んでいると周りからは不釣り合いに見えるだろうな、と思った。
「私のことが気になりますか?」
前を向いたまま、ラファエルが言う。
「あんたのことなんか見てねぇよ」
俺が慌てて視線を外して答えると、奴は何故か黙ってふっと笑った。見てなくても嬉しそうなのが分かって腹が立つ。
また何か言われても困るからな、俺はそのまま展示されてるもんに視線を向けた。
壁に嵌めこまれたガラスケースの中には色んな動物の写真や剥製が説明書と共に飾られている。
イギリスに生息してる生き物だとか、絶滅した生き物だとか、その生態についてだ。
「こちらです」
気が付くと、隣にラファエルの姿はなく、奴はとある部屋の前から俺のことを呼んでいた。
乗り気のしないまま、部屋に近付いていくと、そこに展示されているものの全貌が見えてきて
「っ……」
俺は思わず、息を詰めた。
森をイメージしているのか、部屋を丸々一つ使って、偽物の草木が生い茂っている空間を作り出しており、そこには二匹の狼の剥製が設置されていたのだ。それも仲睦まじい姿の。
「心配は要りません。こちらは剥製ではなく、ただの人形です」
逃げ腰になりかけた俺の腕を掴んで、ラファエルが自分のほうに引き寄せる。
そう言われて、少しだけホッとした。
俺に狼の剥製を見せるってことは、人間の剥製を人間に見せるようなもんだからな。
「狼って、素敵ですよね。凜としてて格好よくて、好きになった相手に一途で。狼特有の愛情表現にロマンを感じます」
自分たち以外、人の居ない空間で、展示じゃなくて俺の顔ばかり見ながらラファエルが言う。
そんな期待した眼差しを向けられても困るんだが。
「知ってますか?」
「なっ」
壁に背中が当たってトンッという音がする。
ラファエルが俺のことを部屋の壁まで追い詰めたのだ。
すぐ横には部屋の出入り口がある。
「狼のオスに発情期はないらしいですよ。相手が発情したら自分も発情するんです。ああ、君は狼だから知ってますよね、そんなこと」
そう囁きながらラファエルは右手で俺の首元を押さえ、壁についた左手で俺の逃げ場をなくした。
「そんなこと……っ」
知らねぇし、考えたこともねぇっての!
俺がキッと睨み付けても奴は「また顔が真っ赤」と嬉しそうに笑うだけだった。
ググッと右手で目の前の身体を押しのけようと試みたが、壁から離れた左手が俺の手をそのまま覆った。指を絡められて、本当に逃げられなくなる。
押しても引いても、どうしようもない。
一方的に距離を詰められるだけ。
「血、いただいてもいいですか?」
間近に近付いた透き通るような灰眼が俺に囁いた。
香水の匂いで頭がくらくらする。心臓がうるせぇ。
だが、俺は負けねぇ。
「こんなところでなに言ってんだ? あのなぁ、なんか勘違いしてるみてぇだけど、俺は別にあんたの血液パックになった覚えもねぇし、一緒に居る理由もねぇから」
場所に配慮して、声を押し殺しながらも、俺は強気な態度で言った。なんなら牙まで見せてやる。
「そうですか」
品の良い笑みを引っ込めることなく、ラファエルは易々と俺から手を離した。
――そう、ですか?
やけにあっさりと引き下がられて、拍子抜けする。思わず、何回も瞬きしちまった。
いや、待て待て、こんな顔したら、まるで俺が血を吸われたかったみてぇだろ。
「では、これを」
最初から渡そうと思っていたのだろう、ラファエルは部屋の隅辺りからどこに隠していたのか新聞を一部持ってきて、俺に差し出してきた。
「なんだ? これ」
訝しげに受け取り、新聞を開いてみる。なにかが隠されてるってわけでもねぇな。
「見て分かりませんか? 新聞です」
「あ?」
さらっと揶揄うように言われて腹が立つ。
「というのは冗談です。最近、この辺りで不可解な殺人事件が起きているんです。それも手口が人間の仕業とは思えません」
開いていた新聞をラファエルの手によって閉じられた。そして、とんとんと奴の人差し指が大見出しを叩く。
ムッとしたまま、紙面に目を通してみると、たしかに、大見出しには不可解な殺人事件と書いてあった。若い女が獣のような鋭い爪で腹を切られた、とか、なんとか。
「君も気を付けたほうがいい。都会には野蛮なモンスターが潜んでいますから」
ニコッと笑って、ラファエルは俺の手から新聞を取り上げ、そそくさと部屋から出て行ってしまった。一度も振り向くこともなく、今日のことを何か言うでもなく、ただ颯爽と。
「あんたのことじゃねぇのかよ……」
そうボソッと呟いて部屋から出ると、もうすでにラファエルの姿はなかった。
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