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大天使のキス
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◆ ◆ ◆
固く閉ざされた扉の前で俺は歯をギリギリと音がするまで噛み締めた。このままだと人より発達してる犬歯が削れてなくなっちまうかもしれない。
扉の横にあるブザーを鳴らそうか、それとも扉を控えめにノックするか……。
歯を噛み締めたままで考えてみるが、なかなか行動に移すことが出来ない。
俺がいま、どうしてこんなにも悩んでいるのか、というと、それはすべて俺の部屋の隣に住んでいる飄々とした吸血鬼のせいだ。
ラファエルという大天使みてぇな名前をしたあの男から借りた派手なエメラルドグリーンのシャツ、それがいま、俺を悩ませている。
一日悩んだ結果、別に返さなくてもいいだろ、という気持ちと、奴の物を持っているのが嫌だ、という気持ちが闘って、後者が勝った。
夜に帰ってきて、やっと隣の部屋の前に立ったのが現状だ。
――気配と音からして、いま、奴は一人だ。よし、ここはスマートにさらっとブザーを鳴らしてやる。で、服を返したら、すぐ帰るんだからな? 俺。
自分に言い聞かせながら、ついに俺はブザーのボタンを押した。
それと連動するように部屋の中でブザーが鳴る。次いで聞こえてくるのは中の人間の静かな足音。それから、扉の鍵が外れて、開く音……。
「あれ? また来たんだね」
扉の隙間から現れた色男は爽やかな笑みを浮かべていた。
開口一番、言い方がムカつく。なにが来たんだね、だ。分かってただろ、くそ。
「服を返しに来ただけだ」
奴にジトっとした視線をお見舞いしながら半ば無理矢理に「これ、どーも」とシャツを差し出す。
「じゃ、それだけだから」
シャツは返したから、俺のミッションはこれで終わり。そう思って、俺は横に歩き出そうとした。それなのに
「置いていった服はいいの?」
俺の視界の外でラファエルがさらっと言ってきた。ピタリと俺の動きが止まる。
そうだった、俺も服を置いていったんだった。
「綺麗に血を落とすの大変だったよ」
すっと横から綺麗に畳まれた俺の服が視界に入り込んでくる。しっかりと洗濯をして、しっかり過ぎるくらいアイロンを掛けられているようだ。
「あー、そりゃ、面倒掛けたな」
そう言いながら服を受け取ろうとしたのだが、奴は簡単には渡してくれなかった。ひょいっと俺の手を避け、扉の中に戻っていく。
「あ?」
思わず、俺の口から不満の声が洩れる。
「明日、博物館に来て」
「は?」
扉の隙間からラファエルに言われて、意味が分からなかった。無造作に髪を掻き上げる灰色の瞳と視線が合う。
「君に見せたいものがあるんだ。私にお礼をすると思ってさ、来てくれないかな?」
ニコッと笑った顔に「見せたいものってなんだ?」という目を向けそうになったが、いやいや、戸惑いなんざ見せてやるもんかと思った。
「ま、気が向いたらな」
さらっと答えて、ラファエルの手から自分の服を控えめに奪い取る。奴は「あ……」という顔をしたが、俺は今度こそ背を向けた。
「ジョン」
「んだよ? ――なっ……!」
去り際に名前を呼ばれ、まだなにかあるのかよ? とイラつきながら振り返ると、ラファエルの顔が近くにあり、俺の左頬に奴の唇が触れた。
「あの夜、君にキスしてあげるの忘れちゃったから。でも、ファーストキスを君が大事にしてたら申し訳ないから唇は避けたよ?」
腰に手が回り、奴が俺の顔を覗き込んでくる。
「はぁ!? ファーストキスなんざ、別に気にしてねぇっての!」
余裕ぶった態度にムカついて吠えた。すると、
「そっか」
奴の声が聞こえて
「んむっ?」
気が付けば、俺は唇を奪われていた。触れるだけのキスだが至近距離から吸い込まれそうな瞳がこちらを見つめている。
――はぁ? はぁああああああ!?
心の中で叫びながら、ぶわわっと顔面が熱くなった。
「本当に初心だね。顔が真っ赤だ」
俺の頬をつつっと指でなぞって、ラファエルが揶揄うように笑う。
「う、うう、うっせぇ! に、ににに、二度とこんなことすんな!」
戸惑いから吃りまくり、「じゃあな!」と勝手に扉を閉めてさよならした。ぐぐっと強引に閉めたのは仕方のないことだ。だって、奴が……、奴があんなことするからぁあああああ。あーあ、後悔しかねぇ。なんで、ここに来た? 落ち着け、俺。
「明日、待ってるから」
扉越しに聞こえたラファエルのその言葉に、俺はふいっと視線を逸らして自分の部屋に逃げ込んだ。
固く閉ざされた扉の前で俺は歯をギリギリと音がするまで噛み締めた。このままだと人より発達してる犬歯が削れてなくなっちまうかもしれない。
扉の横にあるブザーを鳴らそうか、それとも扉を控えめにノックするか……。
歯を噛み締めたままで考えてみるが、なかなか行動に移すことが出来ない。
俺がいま、どうしてこんなにも悩んでいるのか、というと、それはすべて俺の部屋の隣に住んでいる飄々とした吸血鬼のせいだ。
ラファエルという大天使みてぇな名前をしたあの男から借りた派手なエメラルドグリーンのシャツ、それがいま、俺を悩ませている。
一日悩んだ結果、別に返さなくてもいいだろ、という気持ちと、奴の物を持っているのが嫌だ、という気持ちが闘って、後者が勝った。
夜に帰ってきて、やっと隣の部屋の前に立ったのが現状だ。
――気配と音からして、いま、奴は一人だ。よし、ここはスマートにさらっとブザーを鳴らしてやる。で、服を返したら、すぐ帰るんだからな? 俺。
自分に言い聞かせながら、ついに俺はブザーのボタンを押した。
それと連動するように部屋の中でブザーが鳴る。次いで聞こえてくるのは中の人間の静かな足音。それから、扉の鍵が外れて、開く音……。
「あれ? また来たんだね」
扉の隙間から現れた色男は爽やかな笑みを浮かべていた。
開口一番、言い方がムカつく。なにが来たんだね、だ。分かってただろ、くそ。
「服を返しに来ただけだ」
奴にジトっとした視線をお見舞いしながら半ば無理矢理に「これ、どーも」とシャツを差し出す。
「じゃ、それだけだから」
シャツは返したから、俺のミッションはこれで終わり。そう思って、俺は横に歩き出そうとした。それなのに
「置いていった服はいいの?」
俺の視界の外でラファエルがさらっと言ってきた。ピタリと俺の動きが止まる。
そうだった、俺も服を置いていったんだった。
「綺麗に血を落とすの大変だったよ」
すっと横から綺麗に畳まれた俺の服が視界に入り込んでくる。しっかりと洗濯をして、しっかり過ぎるくらいアイロンを掛けられているようだ。
「あー、そりゃ、面倒掛けたな」
そう言いながら服を受け取ろうとしたのだが、奴は簡単には渡してくれなかった。ひょいっと俺の手を避け、扉の中に戻っていく。
「あ?」
思わず、俺の口から不満の声が洩れる。
「明日、博物館に来て」
「は?」
扉の隙間からラファエルに言われて、意味が分からなかった。無造作に髪を掻き上げる灰色の瞳と視線が合う。
「君に見せたいものがあるんだ。私にお礼をすると思ってさ、来てくれないかな?」
ニコッと笑った顔に「見せたいものってなんだ?」という目を向けそうになったが、いやいや、戸惑いなんざ見せてやるもんかと思った。
「ま、気が向いたらな」
さらっと答えて、ラファエルの手から自分の服を控えめに奪い取る。奴は「あ……」という顔をしたが、俺は今度こそ背を向けた。
「ジョン」
「んだよ? ――なっ……!」
去り際に名前を呼ばれ、まだなにかあるのかよ? とイラつきながら振り返ると、ラファエルの顔が近くにあり、俺の左頬に奴の唇が触れた。
「あの夜、君にキスしてあげるの忘れちゃったから。でも、ファーストキスを君が大事にしてたら申し訳ないから唇は避けたよ?」
腰に手が回り、奴が俺の顔を覗き込んでくる。
「はぁ!? ファーストキスなんざ、別に気にしてねぇっての!」
余裕ぶった態度にムカついて吠えた。すると、
「そっか」
奴の声が聞こえて
「んむっ?」
気が付けば、俺は唇を奪われていた。触れるだけのキスだが至近距離から吸い込まれそうな瞳がこちらを見つめている。
――はぁ? はぁああああああ!?
心の中で叫びながら、ぶわわっと顔面が熱くなった。
「本当に初心だね。顔が真っ赤だ」
俺の頬をつつっと指でなぞって、ラファエルが揶揄うように笑う。
「う、うう、うっせぇ! に、ににに、二度とこんなことすんな!」
戸惑いから吃りまくり、「じゃあな!」と勝手に扉を閉めてさよならした。ぐぐっと強引に閉めたのは仕方のないことだ。だって、奴が……、奴があんなことするからぁあああああ。あーあ、後悔しかねぇ。なんで、ここに来た? 落ち着け、俺。
「明日、待ってるから」
扉越しに聞こえたラファエルのその言葉に、俺はふいっと視線を逸らして自分の部屋に逃げ込んだ。
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