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第3話 天邪鬼
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そこからずっと亜蘭さんのことを見守っていた。
けれど、八歳くらいの子が一人で生きていけるわけがない。雪の降る中、亜蘭さんは飢えと寒さで動けなくなった。ふわっと魂が抜ける。
先生である僕は見守りながらいつかたくさんお金を手に入れて弟にたくさん美味しいものを食べさせてあげたい、幸せにしてあげたいと思った。次の人生こそは、と。
それから二人は魂だけになって再会した。でも亜蘭さんは
「兄ちゃん、僕はあやかしになるよ」
「亜蘭!」
あやかしになってしまった。先生はあとを追った。両親に再会することもなく、亜蘭さんを追うように自分もあやかしになった。
こうして弟を幸せに出来なかった兄は、弟を幸せにしたいがために金にがめつい良いあやかしになり、弟は自分が幸せな子供でなかったために幸せな子供が許せず、彼らを苦しめる悪いあやかしとなってしまったのだった。
先生が教室で質問を募集したときに、水野さんから兄弟のことを聞かれて先生の答えに変な間があったのは弟が一人〝いた〟ということだったんだ。弟が亡くなってしまったことを先生は引きずっていたんだ。
「待て、亜蘭!」
僕は夢の中で幼い亜蘭さんをまだ追いかけていた。
――あれ?
急に金色のススキの中で小さな背中が立ち止まり、僕が追いつくとそれは大きな背中に変わった。
「やっと来たんだね」
その声にハッとなって我に返ると、僕は暗闇の中に立っていた。首から掛けている勾玉が真っ赤に光っている。その光で辺りが見えて、夏の姿のススキが見えた。その真ん中に亜蘭さんが立っている。彼の横には姑獲鳥さんらしき人が膝立ちにさせられているのが微かに見えた。
僕は姑獲鳥さんに呼ばれて夢遊病のように歩いてここに来たのだろう。亜蘭さんは「やっと」と言った。多分、僕はこの土地に来てからずっと呼ばれていたんだ。それをなぜか寝相の悪い透キヨさんが止めてくれていた。だから、あの人は毎朝僕の腕を掴んでいたんだと思う。
「ごめんなさい、操られてしまって……」
姑獲鳥さんはか細い声でそう言った。
「大丈夫、姑獲鳥さんが悪いわけじゃないです」
この状況が怖いわけじゃない。でも亜蘭さんたちの過去を見てしまったから、僕は複雑な気持ちだった。怖くても強く優しくあろうと思ってしまう。
「優しいね、君」
亜蘭さんは僕を褒めているわけではなさそうだった。まるで偽善者とでも言いたそうだ。
「僕は、やっとこの女を苦しめることが出来て嬉しいよ」
「うっ」
ニヤリと笑って亜蘭さんは姑獲鳥さんの首をがっと片手で締め付けた。
けれど、八歳くらいの子が一人で生きていけるわけがない。雪の降る中、亜蘭さんは飢えと寒さで動けなくなった。ふわっと魂が抜ける。
先生である僕は見守りながらいつかたくさんお金を手に入れて弟にたくさん美味しいものを食べさせてあげたい、幸せにしてあげたいと思った。次の人生こそは、と。
それから二人は魂だけになって再会した。でも亜蘭さんは
「兄ちゃん、僕はあやかしになるよ」
「亜蘭!」
あやかしになってしまった。先生はあとを追った。両親に再会することもなく、亜蘭さんを追うように自分もあやかしになった。
こうして弟を幸せに出来なかった兄は、弟を幸せにしたいがために金にがめつい良いあやかしになり、弟は自分が幸せな子供でなかったために幸せな子供が許せず、彼らを苦しめる悪いあやかしとなってしまったのだった。
先生が教室で質問を募集したときに、水野さんから兄弟のことを聞かれて先生の答えに変な間があったのは弟が一人〝いた〟ということだったんだ。弟が亡くなってしまったことを先生は引きずっていたんだ。
「待て、亜蘭!」
僕は夢の中で幼い亜蘭さんをまだ追いかけていた。
――あれ?
急に金色のススキの中で小さな背中が立ち止まり、僕が追いつくとそれは大きな背中に変わった。
「やっと来たんだね」
その声にハッとなって我に返ると、僕は暗闇の中に立っていた。首から掛けている勾玉が真っ赤に光っている。その光で辺りが見えて、夏の姿のススキが見えた。その真ん中に亜蘭さんが立っている。彼の横には姑獲鳥さんらしき人が膝立ちにさせられているのが微かに見えた。
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「ごめんなさい、操られてしまって……」
姑獲鳥さんはか細い声でそう言った。
「大丈夫、姑獲鳥さんが悪いわけじゃないです」
この状況が怖いわけじゃない。でも亜蘭さんたちの過去を見てしまったから、僕は複雑な気持ちだった。怖くても強く優しくあろうと思ってしまう。
「優しいね、君」
亜蘭さんは僕を褒めているわけではなさそうだった。まるで偽善者とでも言いたそうだ。
「僕は、やっとこの女を苦しめることが出来て嬉しいよ」
「うっ」
ニヤリと笑って亜蘭さんは姑獲鳥さんの首をがっと片手で締め付けた。
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